ライトノベル第一章一話【幾度となくすれ違う関係】

「なあ、詩音(しおん)。詩音ってば!」
 いきなり背後から肩を掴まれ引っ張られる。一気に現実へと引き戻されたような感覚になり、詩音というのが俺であり、そう呼んだ相手が今のバンドのメンバーの一人であると理解するまで、少し時間がかかった。
 といっても、わずか数秒。ものの一秒かそこらだと思うが。
「あ? 悪い。なんだっけ?」
「おーい、起きてるか? 次のアー写の衣装の打ち合わせ中だろう、オレたちは。」
 ああ、そうだった。
 今のバンドは何組目だったか。最初こそは意気投合して同じ目標に向かっていると信じて突き進むが、次第に同じようで見ている終着地点が違うことに気づく。
 結果的にそれにたどり着けるなら過程は気にしないというヤツもいるだろうが、俺はそれがどうにもできそうにない。
 過程も大事だし、意識は常に高く、目指すは高みを・・・だが、それを疎ましく思う者もいる。
 こいつらがそう感じるのも時間の問題か。
 それとも、俺の方から切り捨てるか・・・。
 たぶん、次のライブが分かれ目だろう・・・。
「次のアー写の衣装よりも目先のライブの方が重要だろう? いいのか、俺たちはこれで。」
 それよりも重要なことがあるだろう・・・俺は幾度となくそれを主張してきたが、彼らがそれに同意してくれたのは、最初のライブまでだった。
 はじめてのライブまではメンバーが入れ替わる度に遠慮しているところがある。手探りな感じもあり、俺も言いたいことの半分も言わなかったと思う。
 しかし、最初のライブが成功しても失敗しても、その時点から溜め込んでいたものが少しずつ外に溢れ出していく。特に今のメンバーは、前のバンドでそれなりの固定ファンを引き連れてきた者もいて、そういう立場の意見は成功例の意見として重視されつつある。そして、彼らから新しい発表をしたいと次の衣装に関しての意見が出始めた。
 たしかに新しい発表をするならば、世界観を表現するために衣装に力を注いだ方がいいという意見には賛成できる面もある。だから今決まっているスタジオ練習やライブスケジュールと並行して、と条件付きで納得した。
 だが、それではまだ納得できないメンバーたちは、新しいアー写を発表してこそ注目を浴びるのだと、衣装をしっかり決める時間を取ろうということになった。
 俺はそれで彼らがやる気になってくれるならそれでもいいと思うようにして、そこまでは渋々だが意見を取り入れて来たが、バンド練習に使う時間を削り、ライブのクオリティが下がる可能性があるのに衣装、ましてや次の衣装に時間をかけようとするこいつらには、賛成し兼ねる。
「は? なに言ってんの、詩音。見た目、大事だから!」
 ・・・ああ、そうくるか。
 さらにこいつは持論を語りはじめる。
「そもそも女っていうのはさ、見た目から入るわけよ。別次元に自分の王子様像を重ねるっていうか。まあ、男だって不細工な女がいい声で歌うよりは、多少下手っぴでも見た目が好みの方がいいだろう? でだ。言っちゃなんだが、オレたちは平均してそこそこイケていると自負している。だったら、もっとそっちに金も時間もかけるべきじゃないかって。前にもこれ話しただろう? 詩音だってそれで納得したからここにいる、・・・だろ?」
「べつに、納得したわけじゃない。」
「はあ? いまさら、それを言う? いい加減、腹括れよ。わかるよ、わかる。こうヒラヒラしたものや、エナメル系はコスプレみたいで抵抗感があるからさ。でも、一度やれば病みつき。奇抜な方が話題にもなる。どうせなら、メイクもコテコテにしようって意見も出ているけど、詩音が嫌がるんじゃないかって意見もあって、言わなかっただけ。とりあえず、次のアー写の衣装はオレたちに任せろって。サイズ合わせと見た目の統一感は大事だから、それくらいは付き合えよ。」
なんだろうか、やっぱり・・・こういう展開になるんだな。こうなると俺は何度も同じ事を繰り返しているデジャブのようなものを感じる。だいたいメンバーが抜けていくのはこんな感じで意見の衝突、もしくは利害の一致ができずに喧嘩別れだ。親しくなったってある時突然、手のひらを返す。
 何度経験してもそれを回避することはできない。煩わしい・・・そんな感情がじわじわと押し寄せてきた。
「見た目か。俺たちはメジャーになるって同じ高みを目指してんだろ? 目の前のライブ以上に次のアー写って必要か?」
「うわっ、詩音のそれ、はじまったか。確かにメジャーになるならそれなりの音楽性は大事さ。それなりの技量、質の高さ。そんなのわかってる。けど、それと同じくらいライブはショーでありパフォーマンス性も求められると思うんだよね。詩音はビジュアル的にもけっこういい線いってるから無自覚なのも理解できるけどさ」
 容姿で音楽をするんじゃない。音楽は磨けば磨いただけ心揺さぶる音を奏で、そして鷲掴むような歌で魅了するものだ。あの時、渋谷の雑音の中で俺を惹きつけたあのバンドの音楽のように。
「部屋着でやろうとまでは言ってない。だが、練習時間を割いてまで次の衣装に今、時間と金をかける必要があるのかって話だ。」
「あるからに決まってるだろ?」
「今のライブよりも先の衣装を大事にして、メジャーになれるか?」
「ああ、それな。確かに集まった時は夢と希望は抱いていたさ。けどさ、いつまでも夢だけ追ってられないって自覚することもある。たとえば、このバンドならいけるかもしれないと組んだ時は思う。でも時間の経過やそれぞれの人生観を考えた時、一度しかない人生賭けるほどのことかって思うことを責められるか?」
「つまり、メジャーになる気が失せたってことか?」
「そこまでは言ってない。ただ漠然とメジャー、メジャーといっている夢見がちな時期は過ぎたってことだ。詩音がメジャーを目指しているのはみんな知っている。それに付き合う気がある奴もいる。けど、そのメジャーになるという意識が詩音と同じとは限らない。だいたいさ、意見があるなら話し合いの時に言えって。今更だろ。次回は俺の考えたビジュアルで行く。予算も時間も今の活動を抑えて充てる。とにかく、一度オレがプロデュースした衣装で発表しようぜ。批判はそのあとだ。」
 熱意は個々で違うか・・・。
 初めの頃の熱意が別の方向に行っているのは薄々勘づいていた。
 それをこうもはっきり言われては・・・。
 たしかに、今意見を出すのは非合理的だ。今更、方向転換を意見したところで、次のライブは決まっている。
 ここで脱退者が出て流れてしまうよりは・・・難しいな、人付き合いというものは。この煩わしささえなければ、バンドで音楽をやってメジャーを目指すという線は悪くない。俺が思い描く音楽に近いからだ。
「勝手に言ってろ。衣装は任せる。俺は先にスタジオに行ってる。」
 それが今、俺が出せる精一杯の答えだ。衣装の打ち合わせに付き合っていられない、その分も練習をしたいなら任せるのが一番いい。
「安心しろ。決まった衣装に文句は言わない。」
「は? そういう話をしているんじゃないだろ? こういうのもコミュニケーションで、仲間意識を高めるためにも必要なことだ。服のセンスで人柄や好みもわかる。そもそも、詩音みたいな奴は感情表現が下手なんだから、現物見て好きか嫌いかで判断するしかねーだろ。ていうか、それくらい協力しろ!」
「俺のことをどう思おうが勝手にしろ。俺は音楽さえ真面目に取り組んでくれればいい。」
「え? ちょ、詩音? おい、少しは足並み揃えろって!」
 背後でキャンキャンと騒いでいる雑音がするが、俺はそれを聞き流した。

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