ライトノベル第二章一話【奏との一日】

 連絡待っているから・・・と奏に言われてから二日が経過していたが、俺は連絡をしなかった。意図としてしなかったわけじゃない。連絡をする理由がなかったからだ。たしかにDOOMSDAYのサポートメンバーに入ることを望んだが、まだベースとドラムが決まっていない。連絡を入れるのはそれからだと思っていたのだが。
「よっ!」
 相楽さんのスタジオに行くと、その入り口に奏が立っていた。日中、人通りが比較的少ない時間帯だからよいものの、日祝日の昼間であったなら、すれ違う瞬間、振り返ってしまうだろう。それくらい目を惹く容姿と服装だった。
 いや、容姿が整いすぎているから服も映えるのだろう。
「暇なのか?」
「え? 二日ぶりの再会の言葉がそれ? 俺はさ、連絡待っているからって言ったよな? 二日も放置ってどういうこと?」
「別に、用がなきゃ連絡はしないだろう。」
「用がない? でも俺はあるんだよねぇ・・・。今、こうしてスタジオに俺たちはいる。これは立派な理由だ。」
「はあ?」
「ほかのメンバー募っているんだから、少しは俺を頼ってくれよ〜。」
「いい人材でもいるのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど。じゃあ、バンドの音楽性とか。話し合うことはなんでもあるだろう? とりあえず、中に入ろう。」
 言い終わる頃にはもう、入り口の扉を開けていた。奏が入ると、受付にいた相楽さんの顔が上がる。見知った顔が続いて入ってくるのを確認した彼は、軽く手をあげ「おう!」と声をかけてくる。
「さっそく、二人でご来店か。今ならどのスタジオも選び放題だぜ。」
 平日の日中は、学生は学校、大人は仕事が定番だ。だから日中の方が空いているのは当然といえば当然だ。
 だが、俺と奏がすでに意気投合しているかのように思われるのは心外だった。
「俺はそんなつもりはないし、待ち合わせたわけでもない。」
 ここははっきりと否定しておくべきだろう。
「そうなのか? 相方は借りる気、満々のようだけど?」
 相楽さんは俺の話に耳を傾けながら、受付で名前を記入している奏の姿を指した。
「おい、また勝手に!」
「いいじゃないか、別に。俺としてはもっと詩音のことを知りたい。詩音にも俺のことを知ってほしい。バンドマンなら言葉より実践の方が早いだろう?」
 言われてみればそれもそうかもしれない。まだ曲作りは終わっていないし、あと数曲は作らなくてはいけない。奏の実力はこの前見せてもらったが、もっと別の曲を聞いてみたいし、彼の得意な曲調というものも知っておきたい。
 俺の目指す音に近いといいのだが・・・。
「わかった。二時間だけな。」
「二時間? 用事でもあるのか? まあいいや。そういうことで相楽さん。ギターも貸してほしいんだけど。」
 借りられるギターをいくつか吟味し、奏はひとつのギターに決めると、借りたスタジオへと歩き出す。俺は黙ってその後ろからついていった。
「自分のギターがないってことはないよな?」
「当たり前だろ!ただ、今日は賭けみたいなものだったから、持ってこなかったんだ。」
「賭け?」
「ここのスタジオで再会できたらそれでいい、できなかったら今晩でもこちらから連絡しようって賭け。ここの店長、相楽さんとはずいぶん親しそうだから、ここで待っていれば会える確率は高いと思ってたけど、まさか一発で会えるとは・・・運命だな、俺たち!」
「運命って・・・気持ち悪いな。」
「まあまあ。そう露骨にイヤな顔するなよ。じゃあ、とりあえず俺のギターをもうちょっと見てもらおうかな。そうだな、なんかリクエストあるかい?」
「ない。勝手に弾いてろ。」
「え〜、冷たいな。じゃあさ、詩音はDOOMSDAYをどんな曲調のバンドにしていきたいの? 今はまだその過程って感じなのはわかる。最終的な構想とか、ある? ギタリストに求めるものとかってある? こうしてくれた方が歌いやすいとか、曲作りしやすいとか。」
「いや。」
「え・・・ないの?」
「そうじゃないが。」
 俺にだって理想や構想はある。なにももたずに漠然とした状態で音楽活動はしていない。多少の回り道はあるかもしれないが。それでも語り合い、切磋琢磨しながらバンドと音楽を育てていく、そういう関係に俺は憧れていたし求めていた時期もあった。
 が、それは最初だけだ。きっと奏も興味あるようなことをいいながら、メンバーが揃いひとつのライブを成功させれば、それで終わりだ。それまでの関係なのだから、俺が抱いている音楽への情熱をさらけ出す必要はない。理想を分かち合う、そんな関係に絶望をしたから、今の形態にしているのだから。
「あのさ、いままでがどうだったかは知らないけど、いいものを作りたい、最高の音をつくりたいって気持ちに偽りはないから。それは詩音もだろう? 最高の歌を披露したい。だから曲を書き、練習をする。音楽以外の共有を求めないっていうなら、それでもいいさ。けど、音楽に関して俺は詩音を裏切らない。DOOMSDAYのサポートメンバーでいる限り。その点だけは信じてほしいといっても、信じられないかい?」
 奏の目は真剣に感じられる。初対面から軽いノリの印象が強い男だったが、こんな顔もするんだと俺は珍しく驚いた。
 だが。
「今日で二回目だ。それで信じろという方が難しい。」
 信じてもいいと思う反面、また同じことの繰り返しになることは避けたい。
 必要以上に関わるな。
 テリトリーに踏み込ませるな。
 そして俺も、相手に必要以上の期待を抱くな。
 俺は奏に背を向け、マイクの調子を確認しはじめた。
 彼がどんな顔をしたかは知らない。
 だが、背中越しに聞こえてきた奏の声は意外なほど明るかった。
「まあ、そりゃそうか〜。ここで信じるって言われるのも微妙だ。じゃあ、こうしようじゃないか。」
「え?」
 なにを言い出す気だ?
 嫌な予感しかしない。
「俺が詩音と行動を共にする!」
「はあ?」
「おまえの行く先々にくっついて行くってことだ!」
「迷惑だ。」
「速攻で断るなよ!別に邪魔をしようって思ってるわけじゃない。俺も詩音のことを知りたい。とすれば、より多くの時間を共有するに限る!」
「時間をかければいいというものでもないだろう。」
「それも一理ある・・・。が、それは自分というものを見せられる立場同士で成り立つことだ。俺はかなり自分を晒しだしている・・・と思っている!が、詩音は違う。素っ気ない態度が自分のありのままだと思っているのだとしたら、多分それは違うんじゃないかって思った。話す気がないなら観察するしかないだろう?」
「・・・っく!」
「ああ〜そうやってすぐ壁をつくる。それでも、俺は詩音のことが気に入っているんだ。」
「どうだか。壁を作っていると言ったのはそっちだ。そんな人間といて楽しいか?」
「楽しいよ。観察しがいがあると思ってる。というわけで、改めてよろしくな、詩音!」
 言い終わると奏は俺の両手を握ってくる。思わず手に持っていたマイクを落としそうになり、俺は慌てて手を振り払い、しっかりとマイクを握り直した。勝手なやつだ・・・と思う反面、好意を向けられているのだと感じると胸の奥がほっこりしてくる。
 バンドを組むとき、新しいメンバーが入ってきたとき、相手の抱く感情がわかってくると胸の奥が熱くなり通じあえていることが嬉しく、未来に続く希望が明るくなるのを感じるが、それはまやかしでしかない。時間の経過はそのときの思いを劣化させ、そして人は俺の前から去っていく。
奏も同じだ。
 いずれ、俺の抱く理想について来れずに去るのだ。
 一時の感情に流されるな。
 俺は胸の奥で小さなものが熱くなるのを押さえ込んだ。
 すると、チューニングをし終えた奏はギター弾き始めた。
「そっちはどう?」
 奏が聞いてくる。マイクの調子など、楽器のチューニングに比べればさほど難しくはないし、時間もかからない。
「問題ない。」
「そうか。じゃあ、なにか一曲、合わせてみないか?」
「合わせる?」
「それぞれが好き勝手にやったって意味ないだろう? バンドをやるんだからさ。詩音は好きに歌ってくれていいよ。俺が合わせる。」
「言ってくれるな。」
「それだけ自分の腕に自信があるってことだろう?」
「そうともいうな。で、どんな曲にする?」
「この間のライブで歌ってた曲なら、即席で合わせられると思う!」
 楽譜もないのに?と思ったが、前回、突然自分を売り込みにきた奏は、一度しか聞いていない曲を覚えていて弾いたのだ。
 それなら・・・。
「一曲目にやった曲、覚えているか?」
「ああ、テンションのあがるリズムが早い、あれな。かなり初心者向けのアレンジだったな。もう少し小難しいテクが入っても問題ない。俺がアレンジしちゃってもオッケー?」
「好きにしてくれていい。その自信があるならな。」
 俺がそう言い終わるかどうかのタイミングで慣らすようにギターの音を出す。続いてカウントをとったあとに曲を弾き始めた。それはたしかにこの間のライブでやった一曲目で間違いない。
 だが、ところどころに粋なアレンジを入れてくる。この間のメンバーでは演奏しきれない上等なテクニックが散りばめられていた。俺の体が無意識にリズムを取り始め、マイクを握っていた手にも力がはいる。ライブのときのような高揚感が漂い、気づいたときには歌っていた。
 気持ちよく声が出る。
 体全体がビリビリと音を感じて、体の奥底から声を発する。
 体全体で歌っているのだと実感したのは、いつぶりだっただろうか。一曲歌い終えただけでも達成感があり、そしてまだ歌い足りないと感じさせてくる。奏のギターはそういう音を自然と出してくれていた。
「いいね。伸びのあるいい声だ。感想は?」
「・・・気持ちよかった」
「うん、それはいい。俺もうまく詩音の歌声に乗せられたようなところもあるし。俺たちはいい関係を築けそうだ。そう思わないか〜?」
「・・・調子に乗るな。たった一回だろ。」
「たった一回で・・・の間違いだ。普通、一回でこんなに息が合うなんてのは普通はない。まあ、俺の経験上の話だけどな。」
 なんだかうまく乗せられたような気がしないでもないが、俺としても奏と共有した時間は悪くはなかった。相楽さんに「そろそろ時間だぞ!」と言われるまで、俺たちは幾度となく曲を合わせたのだった。

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