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freeeのデザインリサーチのこれまでとこれから【#ResearchConf 2023 レポート】

RESEARCH Conferenceは、デザインリサーチ、UXリサーチをテーマとした日本発のカンファレンスです。より良いサービスづくりの土壌を育むために、デザインリサーチやUXリサーチの実践知を共有し、リサーチの価値や可能性を広く伝えることを目的としています。

本記事は、ゲストスピーカーのfreee株式会社・粟村 倫久さんのセッション『freeeのデザインリサーチのこれまでとこれから』の模様をお届けします。

freeeにおける4年弱のデザインリサーチの取り組みの歴史を立ち上げから普及、拡大から定着、そして組織拡大に伴う今後の改善の3つのフェイズにわけ、その間に注力したリサーチの種類、リサーチャー以外のメンバーがどのように変遷したかなどをお話いただきました。RESEARCH Conference 2023のテーマ「SPREAD 広げる」に合わせて、freeeにおいてデザインリサーチが広がる軌跡と、広がった先にある課題と挑戦を共有していただいたセッションです。

■登壇者

粟村 倫久
freee株式会社

デザイン事業本部 エクスペリエンスデザイン課 Associate Manager & Design Lead (登壇時)
パロアルト研究所で身につけたエスノグラフィを核/土台に、B2B SaaSプロダクトマネジメントにおけるエクスペリエンスデザインやデザインリサーチを実践。


freee株式会社は「スモールビジネスを、世界の主役に」をミッションに、スモールビジネスのための、会計・人事労務・販売管理が核になった「総合型経営プラットフォーム」を運営しています。

今回は、freeeにおけるデザインリサーチ組織の動きをご紹介いただきました。

プロダクト開発のフェイズに応じたリサーチの種類

粟村さんは、「リサーチは、どの開発フェイズのためのものか、目的を明確化することが重要」とした上で、プロダクト開発のフェイズを「探索」「企画」「設計〜実装」の3つに分けて説明します。

また、デザインリサーチを「探索のためのデザインリサーチ」と「企画・設計のためのデザインリサーチ」の2つの種類に分けて考えています。

【立ち上げ〜普及期】リサーチを全員が使える手段へ

freeeのプロダクト開発体制は、PM、デザイナー、エンジニアを中心に構成されていて、デザインリサーチ組織はデザイン組織の一部として存在します。

「組織が立ち上がる前は、ドメインスペシャリストやPMの知識や原体験を着想源にした企画やプロダクトアウトを行っていました。まずは作って出す。それから、セールスやカスタマーサクセスからのフィードバックで顕在ニーズを汲み取っていたんです」と粟村さんは語ります。

事業成長を図るために、ユーザー基盤拡大を狙う必要がある時期。プロダクトアウトだけではなくマーケットインの取り入れを期待され、また社内では顕在ニーズの背景を理解したいという声が高まっていました。そこでリサーチの専門チームが立ち上がったのは2019年。当時のリサーチに対する思想は今でも組織に根付いており、2021年から加わった粟村さんも、実はこの思想に惹かれて入社を決断したそうです。

思想の主軸にあるのは“リサーチを特別視しない”という考え。

デザインリサーチの存在意義は、“コトをしっかり前に進める”こと。リサーチの完成形を目指すのではなく、プロダクト開発を前に進めるためのリサーチを常に意識したのだそうです。また、プロダクトチームの全員がドメインの一次情報に当たれるよう、適切な役割分担と、共同で進めるチームの動き方を設計した工夫も紹介されました。具体的には、プロダクトマネージャーとプロダクトデザイナーが協働してリサーチを進めることを基本とし、重要度や難易度によってはリサーチチームのメンバーもプロジェクトにアサインされる、という“分散型”の体制がfreeeでは実現しています。

分散型の体制が機能するために、

  • 自力でリサーチできるための資料を「kit」として作成

  • 週1回1時間、なんでも相談可能な全社向けのデザインリサーチサロンを実施

  • ResearchOpsを立ち上げ。アポ取りや謝礼支払いなど繊細なやりとりを要する工程の専門スタッフを雇用

  • 全社員がリサーチの知見を高められるよう「freeeのユーザーリサーチQ&A」を作成

などの環境作りを行ないました。freeeでは、各メンバーが自立してリサーチが行えるよう、教育が浸透しているそうです。

「【立ち上げ〜普及期】は、企画・設計のためのデザインリサーチを広める期間でした。ユーザーインタビューやアンケート、ジャーニーマップ、などを用いる、ユーザビリティテストや仮説検証リサーチが組織に根付きました」と、粟村さんは振り返ります。

▼【立ち上げ〜普及期】についてより詳しく知りたい方は、こちらの記事も参考にしてください。
freeeの「成果を生み出すデザインリサーチチーム」の秘密
UXリサーチを会社に定着させるには。freeeの成果を生み出すデザインリサーチチームのその後

【拡大〜定着期】業務観察で新たな領域を見出す

リサーチが広がった反面、リサーチプロセスの形骸化や、当時あった大玉の仮説検証がひと段落したことにより、当初ほどの効果実感が得づらくなってきました。組織は【拡大〜定着期】に入ります。

【立ち上げ〜普及期】では、企画・設計リサーチが主体でした。一方で、【拡大〜定着期】では、探索と業務観察がデザインリサーチ組織の注力ポイントとなります。その背景には、“探索と観察への期待の高まり”がありました。

「プロダクト開発の企画〜設計のフェイズにおいては全員でリサーチに取り組んでいたものの、取り組み領域の着想においては引き続きドメインスペシャリストやPMが中心でした。あるとき、“プロダクトチームを越えた全員で、探索〜企画に取り組んだらどうなるのだろう”という期待が芽生えたんです。そこから、メンバー全員の共通言語を育むための“観察”が着目されました。

また、クライアントとなるスモールビジネス経営全体の理解を深めようという機運も高まっていたんです。会計や人事労務など、プロダクトごとで考えずに、現場の業務が連なっているように経営全体を把握することが、経営プラットフォームを目指すfreeeには必要でした」と、粟村さんは当時を振り返ります。

そのため、今回の取り組みでは、エスノグラフィをビジネスへ応用した取り組み「業務観察」が主体となりました。業務観察とは、ありのままの業務実践を観察し、フィールドノーツ作成や分析ワークショップを通じて、ビジネスの機会領域とそれを表すアイデア群を導き、新たな企画につなげるという取り組みです。

この業務観察から改善すべき領域を見極め、機能リリースに至ったのが「freee会計 修正待ちリスト」です。

トップ画面のタスクリストに、帳簿付けで間違っている可能性があるものの件数が表示され、そこから修正待ちリスト一覧の表示ができる機能。カスタマーサクセスメンバーが作成した入力ガイドを見ながらどう修正すべきかを学べるようになっている。

freee会計ユーザーの記帳業務のインタビュー、オンライン観察、結果の分析ワークショップを通じて、この修正待ちリストの着想の元となった機会領域が見出されました。

粟村さんは、このプロジェクトを「“当たり前で、かえって光が当たらなくなっていたこと(hidden obvious)”に光を当て、リフレーミングし、ユーザー価値にすることができた」と意義付けします。

「とくに初年度のユーザーさんは、入力に常に不安を持っているはずなんです。これはカスタマーサクセスのメンバーにとっては当たり前なのですが、どうしても日々のなかではそれが忘れられがちでした。また、過去にあった帳簿のチェック機能の存在を振り返ることにも繋がりました。業務観察によって得られる“やっぱりこれが大事だ”という共感をベースに、埋もれていた知識を発掘する。これまでとは違う手段で持って、ユーザー価値につなげていく。こういった“編集”をして、新しい機能としてリリースできたことが、一つの意義だと感じています」と粟村さんは語ります。

機能改善に繋がった背景には、freeeのカルチャーもあったそう。freeeにはカスタマーサクセス留学をはじめ、ユーザーの声を聞きに行くことの大切さが、組織内で長年育まれてきています。

粟村さんから見ると、「SaaSを開発する会社なので、チャーンを防ぐカスタマーサクセスのメンバーに対しての尊敬が社内に共通してあります。彼らは日々、ユーザーの声を聞いている存在です。だからこそ、カスタマーサクセスにかじりついてでも、ニーズを取りに行こう、というスタンスが芽生えている」とのこと。社内で広くユーザーの声を聴く重要性が学べました。

【組織のこれから】会社の急成長に併せてリサーチも進化する

立ち上げから定着まで、フェイズごとに手法や着目点を変化させ、freeeのデザインリサーチ組織は拡大してきました。そして現在、新たな課題の解決へと踏み出しています。

課題の一つ目は、急速な組織拡大への対応。freeeは、2年で約2倍の組織へと急成長を遂げています。人が増えたことで、【立ち上げ〜普及期】に確立した環境を、アップデートするタイミングに差し掛かっているようです。

「タスクがないユーザビリティテスト、クローズドクエスチョンが多いユーザーインタビューなど、基本を踏まえないプロセスとなってしまっている例が見聞きされるようになりました。リサーチの再教育が必要だと感じますね」と粟村さんは課題感を述べました。

また、リサーチ分散型組織であるがゆえ、リサーチ結果が散逸しがちで、データの再利用が容易でない状況になっていることも課題に挙げられました。組織拡大に比例して、リサーチリポジトリの本格整備の必要性も高まるようです。

課題の二つ目は、組織内でのリサーチの過度な“拠り所”化です。

デザインリサーチが定着したことで、“リサーチをして、企画書を書く”という型ができました。本来、リサーチは意思決定の一つの材料ないしインプットに過ぎないが、“リサーチさえしていれば大丈夫”という拠り所になってしまっているのでは、と懸念しているとのこと。元々得意としていたプロダクトアウトの再促進、参与観察の取り入れなどによってさまざまな探索の手法をあらためて取り入れるべきだと考えているそうです。

課題の三つ目は、SaaS開発のスピード感を前提とした定性分析の手法化です。

「これまでの傾向として、インタビューをして、パッと振り返って、すぐ次に行きがちです。まだ個々のリサーチを十分に活かしきっているとは言えません。とはいえ、デザインリサーチを教科書通りに丁寧に行っていると、開発プロジェクトのスピード感とは乖離していきます。また、リサーチの効能はメンバーの視線が合うという点にもあります。今後は分析精度とスピードを両立させたSaaSに合う定性分析の手法化を進めたいです」と、粟村さんはいいます。

デザインリサーチが十分に広がった組織が直面する課題たち。粟村さんはこれらを解決するため、デザインリサーチ組織自体の新しいかたちを検討されています。

 デザインリサーチのチームを“特務チーム”として業務が固定化されると、デザインの可能性が限定されてしまいます。デザインリサーチは上流、プロダクトデザインは下流と、プロセスが分かれてしまうのです。

固定化された役割が進んでしまうと、モデリングやプロトタイピングにプロダクトデザイナーが入ったり、設計〜実装フェイズでデザインリサーチャーの着想を活かしたりする機会が少なくなってしまう恐れがあります。

「freeeはリサーチ分散型の組織です。いっそのこと、それぞれのメンバーが個々のプロダクトチームと結びつきを深めるほうがいいのではないかとも考えています。現在は、プロダクトチームのメンバーとして活動しながら、リサーチャー同士でも連携を取る形を検討中です」と、粟村さんは今後の展望を語りました。

リサーチが広がったその先に踏み出し始めているfreee株式会社のデザインリサーチ組織。その取り組みは、業界全体の新たな可能性として、ますます注目を集めそうです。

▼今回の動画・資料
今回のfreee・粟村さんの動画と登壇資料はこちらです。振り返りにご活用ください!

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[編集]若旅 多喜恵[文章]野里 のどか   [写真] リサーチカンファレンススタッフ

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