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3社のリサーチ事例から、文化の浸透、実践、活用方法を学ぶ(渡邊 光一さん、小川 美樹子さん、田中 友美子さん)【RESEARCH Conference 2022 レポート】

より良いサービスづくりの土壌を育むために、デザインリサーチやUXリサーチの実践知を共有し、リサーチの価値や可能性を広く伝えることを目的として2022年5月28日にオンラインで開催された「RESEARCH Conference 2022」。

スポンサーとして、25社の企業の皆さまに開催を応援いただきました。本記事では、Lunch Break・Sponsor Sessionとして設けられた株式会社カミナシ・渡邊 光一さん『カミナシにおける ”現場ドリブン” なプロダクト開発』、株式会社LIFULL・小川 美樹子さん『サービス品質として取り組むUXリサーチ』、KOEL Design Studio(NTTコミュニケーションズ株式会社内組織)・田中 友美子さん『未来探索型リサーチ「みらいのしごと」』、以上の3セッションの模様をお届けします。

RESEARCH Conference 2022のテーマは「START」。テーマに合わせて、カミナシ・渡邊さんからは会社でのリサーチの取り組みのスタート、LIFULL・小川さんからはUXリサーチチームのスタート、そしてKOEL・田中さんからはビジョンデザインとリサーチを掛け合わせたプロジェクトのスタートについてお話いただきました。

リサーチにおいて欠かせない「ユーザー視点」「文化の醸成」そして「仮説・検証」。3つの事例を通じて、これらがいかに重要であるかが伝わるセッションとなりました。

カミナシにおける ”現場ドリブン” なプロダクト開発

■登壇者

渡邊 光一 / 株式会社カミナシ UXデザイナー
ミャンマーでCtoCプロダクトのスタートアップを経て、2021年に株式会社カミナシに入社。現場への訪問観察をはじめとするUXリサーチ、要件定義や情報設計を担当。 現在はプロダクトマネジメントチームで、開発におけるリサーチ設計と、組織内のリサーチ文化の改善に取り組んでいる。ベトナム在住。

「ノンデスクワーカーの才能を解き放つ」をミッションに掲げる株式会社カミナシ。製造業や建設業などの肉体労働者や、PCやデスクを使わずに現場で作業をするノンデスクワーカーは58.2%(約3,900万人)もいるそうです。非効率でヒューマンエラーが起きやすい紙の作業のデジタル化を推進することで、クライアントの商品やサービスの品質、安全を保証し、働き方にも変革をもたらしています。

現在、現場DXプラットフォーム「カミナシ」が導入されているのは14の業界。「今日はオンラインで、皆さんを現場にお連れしようと思います!」と、渡邊さん。ノンデスクワーカーの職場でどのような業務フローが実施されているか、動画で分かりやすくご紹介いただきました。

【食品工場の現場の例】
①大量に食品を調理
②その日の製造量や品質を紙に記録
③パソコンで管理者がその日の記録に問題がないか目視で確認、問題なければ承認のため押印する
④記録をExcelに入力し、生産性や売り上げなどの管理を行う

カミナシでは、このような現場をリサーチし、サービスを改善しています。しかし最初は、「社内にリサーチャーやリサーチ経験者がいない」「インタビューをしてみるが、課題が分かりづらい」などの課題を抱えていたそうです。リサーチ文化を社内に根付かせるため、どのような取り組みが行われたのでしょうか? 3つの工夫をご紹介いただきました。

①<リサーチ分化の醸成>カルチャーを作る
カミナシは、バリューのひとつに、「現場ドリブン<課題は会議室にはない。現場に触れ、五感で体感しよう。ユーザーの痛みを自分の言葉で語れ、誰よりも。>」を掲げています。カルチャーにすることで、「リサーチャーはいなくても、組織全体でリサーチに取り組まなきゃ」という空気が醸成されたそうです。

②<本質的な課題発見>現場に行く体制を整備

現場へ訪問する日程をカスタマーサクセスが決定し、各チームから希望者を募って、短期的にチームを結成して現場訪問しているそうです。ここで渡邊さんは「ただ行くのではなく、仮説を立て、調査観点を持つことが大事」と強調します。事前の準備によって、現場から得られる情報の質が変わるため、先方から事前に資料をもらって読み込むことを大切にしているそうです。

③<リサーチの習慣化>毎週インタビューを実施
プロダクト導入に前向きな方へ実証実験を提案し、ユーザーインタビューの時間を毎週設定しています。インタビューには開発チームやデザインチームなど複数のチームから参加者を集め、課題や業務について直接質問しているそうです。その際に、導入いただいた際のコンセプト案をプレゼンすることで、直接サービスへのフィードバックをもらえる状態となるのです。自然とユーザー理解と仮説検証のスピードが加速します。

「最初は、インタビューするにしてもなかなか習慣化できずにいた」と話す渡邊さんですが、今回のセッションを通じて、会社全体でリサーチに取り組む素晴らしい文化が垣間見れました。まとめとして、渡邊さんから3つのアドバイスが。

「リサーチは全員で取り組める」
「思い切ってカルチャーを作ろう」
「全員でやるとリサーチの速度があがり、メンバーのユーザー理解が深まる」

全社員が調査観点を持つ環境作りはなかなか難しそうに思えますが、カミナシのように小さいチーム、小さな習慣から始めることで、着実に文化は根付いていくことが伝わりました。最後に「一緒に3,900万人の働き方を変革しましょう!」と参加者に呼びかけた渡邊さん。目の前にいるユーザーの目線に立つことを忘れないからこそ、その先にいるたくさんのユーザーの働き方にインパクトが与えられるのだと感じました。

カミナシでは、プロダクトづくりやカルチャーに関する情報をnoteで発信しているそうです!ぜひチェックしてみてくださいね。

サービス品質として取り組むUXリサーチ

■登壇者

小川 美樹子 / 株式会社LIFULL テクノロジー本部 品質戦略部 ユーザーファースト推進G
制作会社でのWebサイト制作を経て、2008年に株式会社LIFULL入社。情報設計やユーザビリティに興味を持ち、担当サービスを開発しつつユーザビリティテストを実践し始める。
現在は自社サービスの品質を横断で改善・推進する部署に所属し、ユーザビリティ評価やユーザーインタビューを担当。UXリサーチを通してユーザーファーストな開発を推進している。HCD-Net認定 人間中心設計専門家

「あらゆるLIFEを、FULLに。」というコーポレートメッセージのもと、事業を通して社会課題を解決し続けることを目指す、株式会社LIFULL。住まいにまつわるサービス「LIFULL HOME'S」のほか、介護や地方創生に関わる事業も展開しています。LIFULLが手掛けるたくさんのサービスの品質を向上させることで、開発生産性を高める役割を担うのが「品質戦略部」です。人間中心設計専門家の資格を持つ小川さんは、この品質戦略部で、「ユーザーファースト推進グループ」を立ち上げました。

そんな小川さんから、ユーザーファースト推進グループの2つの「START」についてお話いただきました。

①立ち上げ
ユーザーファースト推進グループが始動したのは2017年。それ以前は、ユーザーファーストの取り組みは各サービスの開発部門で行われていたそうです。2010年時点で、すでにユーザビリティやUXの取り組みがあったものの、部分的・一時的なものとなり、数年で途絶えてしまいました。その後は約10名ほどの有志の集まりでサークル活動をしていたものの、業務での実施は限られている状況。UXリサーチ浸透の難しさが、小川さんの経験から伝わります。

同じころ、品質戦略部でもサービスの仕様性に関する課題が浮き彫りになっており、ユーザビリティテストを実施していましたが、苦戦。そんなとき、サービス開発部門に所属していた小川さんの耳にその取り組みが届き、支援を申し出たことがきっかけとなりユーザーファースト推進グループが誕生しました。

当時は、自分の部署の仕事だけを見て「やりたいことをやるのは難しいよね」と考えていたという小川さん。しかし、社内に広く目を向けたことで、活躍の機会を得たのです。「リサーチに関心があるけど、実務として活かせてない」という参加者の方も多くいらっしゃったので、この言葉は励みになったのではないでしょうか。

②文化の醸成
こうして、LIFULLで一人目のUXリサーチャーとなった小川さん。立ち上げ当初の社内は「興味があるけど、実践したことがない」という人が多数でした。その結果、想定よりもUXリサーチの依頼が各プロジェクトから多く寄せられたそうです。しかし、小川さんには、リサーチが浸透・定着するか不安もありました。

その不安を解消するため、社内の過去の取り組みから学び、グループの3つの方針を立てたそうです。

1.ユーザーファースト推進グループが率先してUXリサーチを実践していく
2.専門家としてユーザー視点で指摘し、現実的な提案でプロジェクトをサポートする
3.組織に浸透させるための指標を持つ

<UX成熟度モデルの活用方法>

特に、さまざまなUX成熟度モデルを参考に「組織に浸透させるための指標」を明確化することで、リサーチの浸透・定着のために取り組むべきことがはっきりしたとおっしゃいます。また、LIFULL版のUX成熟度モデルの定義も行われました。

小川さんがユーザーファースト推進グループを立ち上げて5年。UX成熟度モデルの段階が2(UXへの関心がある)から4(計画的な取り組み)に上がった組織があったり、UXリサーチの相談・依頼件数が3倍に伸びたり、UXリサーチャーが増員されたりと、さまざまな成果が出ています。ユーザーファースト推進グループの歩みは、組織内でリサーチの価値が向上しただけではく、本カンファレンスを通じて社内でリサーチ文化の醸成に尽力している参加者の皆さまの背中を押したことでしょう。

未来探索型リサーチ「みらいのしごと」

■登壇者

田中友美子 / KOEL Design Studio(NTTコミュニケーションズ株式会社内組織)
Head of Experience Design
ロイヤル・カレッジ・オブ・アート インタラクション・デザイン科修了。ロンドンとサンフランシスコを拠点に、Hasbro、Nokia、Sonyなどの企業でデバイス・サービス・デジタルプロダクトのデザインに携わり、デザインファームMethodでデザイン戦略を経験した後、NTTコミュニケーションズのデザイン部門「KOEL」の Head of Experience Design として、愛される社会インフラをデザインしています。

電話からAIまで、社会インフラの新たな領域を切り開いてきたNTTコミュニケーションズ。そのインハウスデザインスタジオとして設けられているのがKOEL Design Studioです。KOELではデジタルプロダクトの制作から事業開発まで幅広いプロジェクトを推進。デザインの取り組みのひとつとして、ビジョンデザインに取り組まれています。
 
そもそも、ビジョンデザインとはなんでしょうか。10年後・20年後の社会の在り方をビジョンとして描き、生まれるニーズの仮説から、ソリューションを構想し、具体的な事業として社会実装を目指すアプローチのことです。海外では、スペキュラティヴ・デザインとしての事例も多いといいます。

今回、ビジョンにたどり着くまでの4ステップをご紹介いただきました。その起点となるのがリサーチです。現在において、「起こり始めていること、業界/事象が向かっている方向を調査する」ことで、その先の仮説、検証へとつながり、ビジョン(未来)が見えるのだといいます。

ここで用いられるリサーチを、田中さんは「探索型リサーチ」と呼びます。探索型リサーチでは、

  • 世の中の動き

  • テーマの読み直し

  • 対象者からの発見

をバランスよく用いることで、より「ありそう」なビジョン(未来)に近づけるのだそうです。

「ビジョンは新しい事業の構想や、サービスプロダクト開発の際に活用できる」と田中さんはおっしゃいます。

使い方としては、

  • 未来で生活する人たちの価値観を想像し、そこから提供できるサービスを考える

  • 外的な変化によって生活が変わることを想像する

という2つがあるそうです。

「未来の人々の生活の課題を想像し、そこに対してテクノロジーはなにができるか模索すると、サービスやプロダクト需要まで考えられる」と、持続可能性の高い視点を持ってリサーチに取り組んでいることを教えていただきました。

昨年度、ビジョンデザインのプロジェクトとして取り組んだ超高齢化社会の未来を見据えた「みらいのしごと after50」というプロジェクトを実施したとのこと。「未来都市の想像図で描かれる社会は、人口減少が進む現実とマッチしないのでは?」という疑問から出発したプロジェクトだそうです。

近い未来の人口の3分の2を高齢者が占める日本で、50歳以上の方の暮らし方・働き方を知る、というテーマを掲げ、リサーチを開始。高齢化率60%弱の過疎地域である山口県山口市阿東地区で、創造的に働き、生きている3名の方を訪問してインタビューを行うフィールドワークを実施したそうです。

▽フィールドワークの内容など詳細は公式noteをご覧ください。

実際に訪問し、3名の方から直接話を聞くことで、「年齢の変化ではなく、社会システムの変化に合わせて生きた方が変わっていくんだ」と新たな気づきを得たプロジェクトチームは、リサーチのテーマを「トランジション時代に働くということ」にアップデートさせたといいます。探索型リサーチのポイントが活用されていることがわかりますね。

視点を変えてリサーチを重ねることで見えてきたビジョンは、シナリオを書き、ストーリーとしてまとめて共有。ストーリーを通して登場人物それぞれの働き方を見せたり、社会の変化を表現したりすることで、イメージを具体化できたといいます。「みらいのしごと」プロジェクトの事例は、リサーチ結果発表の手法として、とても参考になるものでした。

まとめ

DXプラットフォーム、組織とチームの連携、フィールドワークを伴うプロジェクトと、全く異なる視点でリサーチについて語っていただきましたが、それぞれから「START」の物語が見えました。

RESEARCH Conference 2022には、現在リサーチャーとして働かれている方にとどまらず「リサーチに興味がある、これから挑戦したい」という方にも、多くご参加いただきました。また、本セッションの感想として、「リサーチの価値を社内に広めているところなので、励みになる」という声も。すでにリサーチャーとして活躍している方々から、その失敗も成功も課題も共有いただいたことで、参加した皆さまがリサーチを「START」するきっかけになったのではないでしょうか。

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3社ともアーカイブ動画が公開されているので、ぜひチェックしてみてくださいね!

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それでは、次回のnoteもお楽しみに🔍

[編集]若旅 多喜恵[文章]野里 のどか [写真] peach

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