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ステーキの芯温を1℃刻みの正確さで焼く方法(2)54℃実験編


前回のおさらい

改めてステーキの芯温を1℃刻みの正確さで焼く方法(1)考察編で考えた4cm x 4cm x 4cmの牛ランプ肉のステーキをフライパンで焼いてみる実験の方法をおさらいします。

ステーキ実験の方法

目標中心温度=54℃
(1)冷蔵庫から出したての牛ランプ肉を4cm x 4cm x 4cmの立方体にカット。(前塩をする場合には、塩をしてすぐに冷蔵庫に戻して30分待つ)
(2)40℃で10分間湯せんした後、室温で10分待って、肉の中心温度を4℃前後→25℃前後まで上げる。
(3)フライパンで30秒づつ6面を均等に焼き、アルミホイルに包んで3分間休ませる。
(4)(3)を1ターンとして、目標中心温度に近づくまで繰り返す。
(5)目標中心温度に近づいたら、最終的に温度上昇が止まるまでさらに3分間休ませる。

(6)加熱温度を140℃(低温)・160℃(中温)・180℃の3パターンに変えて焼き、比較する。

Reproのレシピ(マルチステップ)としては、このようになります。

実験結果

外側の灰色部分の薄さ

さっそく140℃・160℃・180℃の3パターンに加熱温度を変えて焼いたFLIPステーキの完成写真をごらんください。
「外側の火の入った灰色の部分を限りなく薄くする」
という1つ目の目標はごらんの通りです。写真では140℃と160℃の違いがちょっと分かりにくいですが、やはり加熱温度が高くなるにしたがって「灰色部分」は厚くなっていきます。
この点に関しては「140℃」に明らかに軍配が上がっています。

伝統的な「肉は一度しか返さない」方式で焼いた3.5cm厚のステーキ

これは前回の「ステーキの芯温を1℃刻みの正確さで焼く方法(1)考察編」でも紹介した、伝統的な「肉は一度しか返さない」方式で焼いた3.5cm厚のステーキの写真です。
この写真と見比べてみると、加熱温度が140℃であろうが180℃であろうが、「FLIPステーキ」方式は伝統的な「一度しか返さない」方式と比べて、「灰色部分を薄くする」という意味では圧勝と言えます。

加熱時間は短縮できたか?

前回の「ステーキの芯温を1℃刻みの正確さで焼く方法(1)考察編」で触れましたが、そもそも料理家 樋口直哉さんが、この30秒ごとに肉を裏返す「FLIPステーキ方式」を提唱している最大のメリットは、この火入れ方法が伝統的な「肉は一度しか返さない方式」より
速く火が入るので、よりジューシーに仕上がる
ことでした。今回の実験では、中心温度が25℃前後になっていれば、「30秒づつ6面を焼いて、3分間休ませる」というターンを、加熱温度が140℃と160℃の場合は3巡、180℃の場合は2巡で、目標とする温度帯に到達できました。つまり、

140℃の場合 3分x3巡→合計加熱時間=9分 合計休ませ時間=12分
160℃の場合 3分x3巡→合計加熱時間=9分 合計休ませ時間=12分
180℃の場合 3分x2巡→合計加熱時間=6分 合計休ませ時間=9分


と言う結果です。
伝統的な「肉は一度しか返さない方式」では3.5cm厚の上下面を

140℃で6分 x 2面 合計加熱時間=12分

かけて焼いていたので、同じ140℃で焼いても「FLIPステーキ」は伝統的な方式の3/4に合計加熱時間を短縮することができています。加熱時間は十分に短縮できたと言えるでしょう。

表面のメイラード反応と食感はどうだったか?

写真で見ると160℃が一番、表面に焼き目がついているようにも見えますが、実際には180℃が最も焼けていました。180℃が最も加熱時間が短かったのですが、140℃と比べるとかなり焦げた感じで、表面の硬さも感じられました。
ここは主観的な評価になってしまいますが、140℃でも十分な焦げ目はありつつ表面の柔らかさも残っており、食感の観点から言うと表面についても140℃が最も良かったと思われます。

ターン数の適正さは?

今回の実験では「140℃と160℃なら3ターン、180℃なら2ターン」でした。
複数回の実験で、これ以上、もしくはこれ以下のターン数だと、表面が焦げすぎたり、逆にメイラード反応が少なすぎたり、してしまいます。
結論としては、このターン数が最適と言えました。さらに焼き方を洗練させるとしても、このターン数はできるだけ変えないように調整を図るべきなのでしょう。

前塩はするべきか否か

これは、まさに主観的な問題なので軽く触れますが、今回の実験では結構赤身勝ちな、モモよりのランプ肉を使用したせいか、開発チーム複数名の感想としては「前塩した方が柔らかくて食感は好ましい」でした。これは肉の部位(柔らかい脂肪の多い部分か赤身の筋肉がしまった部分なのか)にもよるので、いったんの結論としておきます。

常に目標中心温度=54℃プラスマイナス1℃にステーキを焼く

今回の実験で最も重要なポイントはここからです。
常に安定的かつ半自動的に、ほぼ目標とする中心温度にステーキが焼けるとすれば「画期的」ではありませんか?
しかし、先の写真のとおり、加熱温度=140℃は中心温度が54.0℃ちょうどになっていますが、160℃は57.6℃、180℃は56.0℃とオーバーシュートしています。
実際は、ここに至るまで最初の実験方法から、やり方を変えつつ、数十回もステーキを焼き続けました。

同じ140℃で焼いても結果はこのグラフの通り。最低は51.2℃、最高は55.7℃で目標温度54℃プラスマイナス2.8℃となってしまいました。(煩雑になるのでグラフは9回分しか記載していませんが)

ステーキは「余熱調理」です

Reproは、フライパンの加熱温度と加熱時間を1℃単位・1秒単位で制御できますが、一定ではないタイムラグで余熱により中心温度が上昇するものを予測することはできません。
Reproを使っても4cm角の立方体ステーキを目標温度プラスマイナス1℃以内の正確さで焼くことが難しいのは、まさにステーキが「余熱調理」の最たるものだから。
しかしながら数十回の実験の末に「目標中心温度=54℃プラスマイナス1℃にするFLIPステーキの焼き方」がちょっと見えてきました。
その「焼き方」を順を追って説明しましょう。表面の仕上がりは140℃・3ターンが一番良かったので、話をシンプルにするためにも、ここからは加熱温度=140℃のみで話しを進めます。

4cm角の立方体に肉を切るのは案外難しい

実は仕上がりの目標中心温度がバラつく最大の原因は肉の重量に差があったからでした。

これが肉屋さんで厚さ4cmに切ってもらったランプ肉です。右側の一番細い部分で幅が8cmあります。

これを斜めの部分は切り落として、右側から4cm幅に短冊に切り、それをまた半分にします。

それを横にしてみると…アレ?
同じ厚さだったはずなのに左側の肉の厚さが微妙に増えて直方体になっています。
たくさんの筋繊維とそれを固定している腱やスジ、筋膜で一つの形になっている肉を細かく切っていくと、多くの筋繊維などが切られて、元の形を保てなくなるということでしょう。
まだサシ(脂肪)が細かく入っていると変形率は少ないのですが、筋肉質の赤身であればあるほど、変形の度合いは大きくなっていくようです。
これを後から4cm角の立方体に整形しようとカットすると、元の肉(うまく4cm角の立方体にできると68g〜70gぐらい)より最大で20gぐらい重量が減ってしまいます。
そこで前提を少々修正します。

修正した前提
4cm角の立方体→重量が68〜70gで4cm角の立方体(もしくはそれに近い直方体)

「肉を常温で戻す」のは思いのほか重要です

さっきのグラフを見ていただくと一目瞭然ですが、試行毎の中心温度のバラつきは工程が進むにつれて開いています。

「加熱温度が高いほど中心温度のバラつきは大きくなる」

当然ながら一番加熱温度が高いのは140℃のフライパンで焼いている時で、一番加熱温度が低いのは室温で戻している時、それよりもちょっと加熱温度が高いのは40℃で湯せんしている時です。

【中心温度のバラつき】
フライパン140℃加熱>湯せん40℃加熱>室温での戻し>冷蔵庫内での保存


加熱温度が低ければ低いほど、肉の表面温度と中心温度の差は小さく、つまり肉全体が均質に温まっていきます。当然ながら加熱温度が高いと表面温度と中心温度の差は大きくなり、全体の均質性は低下します。(40℃の湯せんも肉全体が40℃になるまで長時間、湯せんすれば均質化できますが、今回は湯せん時間=5〜10分なので均質性は常温戻しより損なわれます)
そして、前工程での均質性と中心温度は次の工程のバラつき具合に影響します。つまり、

冷蔵庫内の温度→室温→40℃湯せんの時間→フライパンでの加熱温度→仕上がりの温度

と、それぞれが順に影響して次第にバラつきが増幅されていく感じです。
実験の結果では、仕上がりの均一化に思ったより影響を与えるのが「常温(室温)戻し」でした。
そもそも、うちの冷蔵庫だと冷蔵庫から出した肉の中心温度で、1.9℃〜4.8℃と3℃近い差がありました。
スタート時点で3℃違うまま、同一工程をたどれば最終的なブレは3℃以上に増幅するはずです。そこで冷蔵庫でのバラつきを補正するために「常温での戻し」工程を「40℃湯せん」工程の前にはさみました。「常温での戻し」の良い点は、肉全体がかなり均一に温度が上がるのとともに、「温度計を挿したまま決まった温度になるまで戻す」という作業ができること=「室温のバラつきを気にせず冷蔵庫内でのバラつきを温度そのもので補正できる」ことです。(その分、時間もかかりますが)

冷蔵庫から出したばかりの中心温度3℃前後の4cm角の立方体は、室温が23〜25℃ぐらいであれば、約40〜45分で14℃まで上がります。14.0℃になったら、次の工程=40℃の湯せんをすみやかに行います。
ちなみに、なぜ「14.0℃」なのか?その理由は、単に数十回試行した結果から、この温度が最も成績が良かったからです。
…しかし。
実はこの方法が間違いでした。

冷蔵庫内の温度によって結果が異なる?

そもそも実験をする時には、実験条件を揃えるため、前日に肉屋さんで4cm厚のランプ肉を買って、4cm角の立方体にカットした後に、うちの冷蔵庫で一晩寝かせて、中心温度をほぼ同じにします。
うちの冷蔵庫はアメリカ製にありがちな「冷えすぎ」な感があります。
肉屋さんで購入して4cm角の立方体にカットした肉は中心温度=6〜7℃ですが、一晩冷蔵庫で寝かせると中心温度は3℃前後まで下がります。この状態から14℃に上がるまで「常温戻し」をすると、上表(多くの試行の一部を抜粋したもの)のようにかなり目標温度=54℃に近い良い成績になるので、この方法が正しいと考えていました。
これを、あえて肉屋さんから買ってカットした状態のまま冷蔵庫で一晩寝かせず試行したのが左から2つ目のベージュ色の試行です。
するとこれだけが目標温度から2℃近くズレてしまいました。

うまくいった試行は、冷蔵庫から取り出した直後の中心温度が3℃前後ですが、肉屋さんで買った直後の中心温度は6.3℃。しかしその差を埋めるために「14℃までの常温戻し」をしていたわけですから、冷蔵庫内の温度が問題ではないはずです。(と言うか、冷蔵庫の温度が問題なら今回の実験結果はまったく汎用性のないものになってしまいます)
そこで注目していただきたいのは、14℃までの到達時間です。成功した試行はすべて常温戻し時間が40分〜45分ぐらい。失敗したものは元の中心温度が高いので26分と短くなっています。
もしかしたら実験を成功させていた要因は「中心温度を14℃に揃えること」ではなく、「常温戻し時間を揃えること」にあったのではないか?

中心温度だけが指標ではありません

そこで「常温戻し」している肉を直上からサーモグラフィで、時間経過とともに温度分布がどう変化するかを撮影してみました。サーモグラフィは肉の表面温度しか分かりませんが、一番左の赤丸の部分を見ると、肉の中心部分に挿した温度計の針が途中まで透けて見えています。(写真が小さくて分かりづらいのですが)
つまり、サーモグラフィで撮影される表面温度の分布は、間接的に肉の中心部分の温度変化を反映しているのだと思われます。
そして、このサーモグラフィを見ると冷蔵庫から出した直後の肉が次第に室温に近づきながら、温度分布が均質化していく様子が見て取れます。30分後ではまだ冷たい部分と周辺の温まりつつある部分のムラがありますが、45分後にはほぼムラがなくなり、1時間後には完全に均質になっています。
つまり、常温戻し(室温23〜25℃ぐらい)で4cm角立方体の肉の温度を均質化するためには、最低でも「45分」は置く必要がある、と言うことです。もし次の工程に与える影響が、

温度分布の均質化>中心温度の統一

だとするなら、つまりは14℃が17℃になっても、このサーモグラフィ写真右端の1時間常温戻しした肉の方が、7.6℃スタート・26分で14℃に統一した肉 より良い成績になるはず。
と言うことで試行してみた結果は、

このように、決して良い成績とは言えないものの、目標である中心温度=54℃±1℃の範囲内になんとか入っています。
この結果から、「常温戻し」の工程は、「14℃に到達するまで」ではなく、

「45分間 常温(23〜25℃ぐらい)で戻す」

に修正しました。これまでの「14℃に到達するまで」の試行結果は、スタート温度=3℃前後の場合、45分戻しと結果的にほぼ条件が同じになるので「再試行の必要はなし」といったんしておきます。

40℃で7分の湯せん

40℃の湯せん時間は「7分」です。なぜ「7分」という数字なのか?は「常温戻し」と同様で数十回の試行の結果から導き出されました。
湯せん後は10分間常温に置き、中心温度の上昇が収束するのを待ちます。10分経ってもまだ中心温度が上昇している場合には、おおむね収束するのを待ちます。14℃まで室温で戻した肉を7分間湯せんして10分ぐらい待つと、ほぼ28℃〜30℃になります。

フライパンでの加熱開始温度=28〜30℃

この「28〜30℃」がフライパンの加熱開始温度です。140℃・30秒 x 6面のFLIP=合計3分+アルミホイルでくるんで休ませる時間=3分を3ターン(合計加熱時間=9分+休ませ時間9分)繰り返し、最後は中心温度の上昇が止まるまで待ちます。

目標中心温度=54℃の実験結果

実験結果は、このグラフのとおり。66.4g〜69.8gの4cm角にほぼ近いランプ肉を、想定したやり方で焼くと、5回の試行で、すべてが54℃プラスマイナス1℃の範囲に収束しました。

⑦収束温度は、最低が53.0℃、最高が54.4℃。なんとか54℃プラスマイナス1℃の範囲に収まり、平均収束温度=53.8℃となっています。
この実験は、

「ステーキの中心温度をプラスマイナス1℃の誤差で半自動的に制御することは可能」

という可能性を示しています。

中心温度=54℃実験レシピのおさらい

これが、修正されたReproの「FLIPステーキ(目標中心温度=54℃」マルチステップ(レシピ)です。

【STEP01】肉を常温戻しする

最初のSTEP01は45分の待機ステップです。40℃で湯せんするための鍋をReproに載せて外部センサーをつけ、肉を冷蔵庫から出すのと同時にスタートします。
この最初の45分の待機ステップは、常温戻しのためのステップです。

これも多くの試行からの抜粋ですが、冷蔵庫から出したばかりの中心温度が2.7℃〜4.3℃ぐらいだと、24℃〜25℃の室温で45分間「常温戻し」をすると、おおよそ14〜16℃ぐらいに中心温度が上昇します。

【STEP02〜03】40℃で7分間湯せんする

STEP02〜03は、湯せん用のステップです。45分間の常温戻しを終えたら、スキップボタンを押して、すみやかにSTEP02に移行してください。肉をジップロックに入れるか、真空パックして速やかにスキップボタンを押し、7分間の湯せんを開始します。

【STEP04】10分間の休ませ時間

40℃で7分間湯せんすると、中心温度の上昇が収束するまで約10分かかります。なのでSTEP04は10分間の待機ステップになっています。この10分間の間にReproの上の湯せん用鍋を取り外し、フライパンに置き換えておきます。10分経過すると勝手にフライパンを140℃に加熱し始めますが、まだ中心温度が上昇していたら、これも放置しておきましょう。ただ140℃をキープしているだけですから。

【STEP05〜12】FLIP30秒 x 6面+休ませ3分間

湯せんでの中心温度の上昇が収束したら、ドリップを軽く取ってフライパンに肉を載せ、スキップボタンを押します。ここからは30秒づつ6面を焼いていきます。
実験では、最初の面を焼いたら、その反対側の面を焼き、次にまだ焼いていない面を下にして焼いたら、その反対側の面を焼く…と言う順番で焼いていきました。

6面すべてを焼き終わったら、素早くアルミホイルに包み、合計加熱時間と同じ3分間、休ませます。

【STEP13】ループバック

3分間の待機ステップ(STEP12)が終わり、FLIPの1ターン目が終了すると次のSTEP13はループステップです。STEP05へループバックして、また同じようにFLIPしていきます。
そしてこれを合計3回繰り返して終了です。3ターン目は、休ませ時間を3分間にこだわらず、中心温度の上昇が収束するまで休ませます。

改めて各工程での温度の目安

先に記載した実験データの表を改めてごらんいただければお分かりですが、おおむね工程がうまくいっていれば、平均値付近に中心温度が上昇しているはずです。

(1)湯せん後10分間休ませた時の温度(フライパンでの加熱開始温度)=29.4℃
(2)FLIP1ターン終了後の温度=36.6℃
(3)FLIP2ターン終了後の温度=47.4℃
(4)FLIP3ターン終了後の温度=53.4℃
(5)そのまま中心温度上昇が収束した時の温度=53.8℃

そして、目標中心温度=54℃の場合は、

「加熱開始温度=目標温度ー24.4℃(平均値)」

が望ましいようです。

次の実験は好みの目標温度で正確に焼く

なんとか「54℃」はクリアしました。
このデータを元に、次回は54℃だけでなく、自分が求める好きな温度にすることはできるのか?そしてそのためには、どの「変数」を調節すれば良いのか?
を実験・検証していきたいと思います。

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