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回想と回顧(番外編)

前回のラストで、「小規模な大事件」の予告をしていたのですが、その小規模な大事件を振り返って、書くという行為が自分の精神的にキツ過ぎるので、閑話休題して、アマチュアミュージシャンからお笑い芸人に転向した経緯を綴ります。

約15年、音楽活動をしていましたが、その間、全くの鳴かず飛ばず。
ずっと低空飛行どころか、離陸すらしてません。
滑走路をグルグル走っていただけの15年間。
概ね楽しくやれてはいたんですが、最後の3年くらいはしんどいだけでした。

何故しんどいか?
「売れたい!」という一心だけで頑張るから、しんどいんです。
先輩にも後輩にも、生計は別の仕事で立てて、音楽は趣味の延長と割り切って続けている人がいます。
それを否定するつもりは全然ありません。
ただ、僕はあくまで音楽で生計を立てられるようになりたかった。

例え話で恐縮ですが、草野球チームがプロ野球チームと対戦できる、となれば当然、「プロと試合ができる、プロの胸を借りられる!」と、前向きな気持ちになれますが、プロに勝とうと思ったら、もの凄くしんどいですよね?
「プロから1点取るまで帰れません!」というバラエティー企画を想像して下さい。
ただの苦行です。
アマチュアがプロと夢の交流!というテンションだからこそ、楽しめるのです。

よく聞いたのが、「音を楽しむと書いて音楽だよ!」という言葉。
はっきり言って、説得力があるのは売れてる人が言った時だけです。
売れてない人に言われても、「そりゃ、あなたは楽しいだろうけどさ」としか思えません。
それでいて、僕は「売れていなくて、楽しんでいない奴」だったので、売れるはずがない。
完全な悪循環です。

今後、どうやらミュージシャンとして売れることは無さそうだと、自分の才能に見切りを付けるのに、15年掛かってしまった。
15年と云えば、M-1グランプリの出場資格も結成15年以内なので、意図せず、結果的に区切りの良いタイミングになりました。
引き合いに出したM-1になぞらえると、ミュージシャンとしての僕は1回も準々決勝以上に行けなかったんです。
···すみません、見栄を張りました。
3回戦も行ってないです。

音楽を諦めてお笑いの道へ、と云うと必ず出現するのが、
「お笑いナメんな!警察」

音楽はダメだったけど、お笑いならワンチャンあるかも、という認識は確かに甘いかもしれません。
ただ、それを言い出したら、どの職種、ジャンルでも同じことじゃないですか?
音楽を辞めて、一般企業に就職するのもキツいですし、何ならお笑いから音楽に転向するのだって同じくらいキツいですよ!

こういうロジックで、僕は自分の進路を正当化しているのですが、今のところ、お笑い芸人の先輩方から「お笑いナメんな!」と言われたことは一度もありません。
···内心で思った方はいるかもしれませんが、はっきり言われなかった分はノーカンです!

「お笑いナメんな!警察」と化したのは、他ならぬかつてのアマチュアミュージシャン仲間達でした。
アマチュアミュージシャンの中には、それぞれの事情で、音楽をきっぱり辞めて、生業に専念する人も少なくありません。
アマチュアミュージシャンは、そういう仲間に対しては、「第2の人生に幸あれ!」と言わんばかりに祝福して送り出します。

一方、アマチュアミュージシャンから、お笑い芸人に転向した僕に対しては総スカンでした。
「お笑いナメんな!警察」は、芸能から芸能への鞍替えに対しての取り締まりが厳しいのです。

いや、しかし!
つい先日、4月27日のことですが、AIR-GのビーラジことBe My Radioにサプライズゲストという形でピカレスク澤田、出演させて頂きました。
音楽活動中の15年間、メディアへの出演オファーを頂いたことなど1度もなかった僕が、ですよ!?
つまり、「音楽よりもお笑いの方が、まだ少しは売れる可能性がある」という自己評価は、そこまで的外れではないと思うのです。

そりゃ、1度のメディア出演で、売れるの確定!一生安泰!ということはありませんが、無い才能をあると信じ込んでいた音楽活動中よりは、気持ちが充実してますよ!

お笑いの才能ある···かもしれない!
売れる···かもしれない!
どっちが前だか分かりませんが、取り敢えず風が吹いてる方を前と決めて、前向きに頑張る所存です。

この文章を読んで頂いた貴方様、
ピカレスク澤田を何卒お見知りおき願います!

以上、ものすごく長い閑話休題でした!














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