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SNSを全部断捨離した話。

しょうもない承認欲求で、四六時中乾いた人だらけ。
そんな窮屈さから抜け出したければ、SNSを全部断捨離がすっきりするだろう。

【Twitter(X)】文字数制限が合っていなかった


一応SNSと言われるけれど、このnoteしかやってない。気楽だ。

好きな時に書けばいいだけだ。とくにTwitter(X)なんてのは、文字数制限システムなのも合わなかった。

【明日は我が身】軽い気持ちで拡散炎上

社会的な誠実さのかけらもなければ、軽い気持ちで拡散しては炎上を楽しむなんて、それは生きた心地はしないね。

マトモな人はもちろん、気にする性格や繊細さんは向いてないように思う。

インプ稼ぎや、マウント、ほぼ集落の風習と化した集まりなんか見たくもない。

オンライン上で傷の舐め合いをしては、傷つけ合う…
わけわかんないっしょ。

SNSは魔物ツール!?SNSで様子がおかしくなりゆく人たち



最初は比較的無難に思えた人も、だんだん様子がおかしくなってきたのを見たのは、もう数え切れない。
それを見る事も、もう耐え切れなくなっていった。

SNS全断捨離して、今になって分かることだけどね。

無自覚なのが1番怖い!SNSの感覚麻痺は自分自身もそうだったこと



私も、SNS独特の
・日々煽られる承認欲求の世界
・本来要らなかった過剰な気遣い
・気狂いにも思える暗黙の了解
に迎合しようとしてた。

ほとんど感覚が麻痺してしまっていた。
そしてそれに気づくのが遅かったのにも今は恐怖さえ覚える。

SNSは好きを嫌いにさせる!?

例えばこんなことがある。
いや日常茶飯事。日刊ではなく秒刊。それはツイ廃というのも出て来る。
インスタも、美女を嫌いになりかけた。

強要される「幸せのかたち」「楽しみ」

楽しみは人の数だけ違うのに、かたちを1つに縛り上げ、周りと違うと村八分。
「自分の楽しみ=他人もそうあってくれ」という、なんとも奇妙な世界がそこにはあった。

楽しみが楽しみじゃなくなり、
義務になり、
苦しみになる。



おすすめに別に見たくはないノイズが溢れる。
ある日プツンと糸が切れ、SNSを全部退会してしまった。結果は正解。

無理してやる必要もない上に、どれだけ義務に思わされてきたのだろう。

各SNSの元相互の人たちの事をたまに思い出すが、
SNSで繋がりが切れるのは、それまでの人だということ。

そんな時の「小夜曲」の歌詞


SNS。
とくに長年やっていて、そして絶って、
それでもまだモヤモヤが残る時はある。

そんな時は、古のV系バンド「Raphael」のこのフレーズが思い浮かぶ。

所詮はただの花
あの場所を離れたら

小夜曲/Raphael 作詞:華月

現代社会の悩みも救う!?Raphaelの歌詞

この曲を書いた華月さんは、
「舞台ではちやほやされるけれども、そこを降りたら、途端にだれも振り向かなくなる寂しさや虚しさがある」的な感じをテーマにした歌詞らしい。
(諸説色々)

華月さんの歌詞へのこだわりや想い、
これらは「見つかりにくい」Raphaelホームページで書かれている。

お酒のおつまみとひっそり1人楽しむ時間を。

Raphael。
彼らの残してあるホームページは、検索がなかなか難しい。

ご興味ある方は、Googleの何ページ目かに潜ってるので、探して見つけて、夜のお酒やおつまみと共に楽しんで欲しい。

これらはRaphaelの歌詞を嗜む以外にも、
1人で楽しむ時間、
共有を強要されない時間が、

人間らしい生活だと思ってこれを書いている。

しかし、華月さんはこんなに素晴らしい歌詞と曲を残したのに、彼の曲へのコンセプトや歌詞への思い入れの書いた本さえ遺してないのはなぜだろうか。

SNSを予見していた!?黎明期に居たとされる「インターネットが嫌い」な人

そして、華月さんはインターネット黎明期に
「ネットは嫌い」だと話していた事をどこかで聞いたことがある。

勝手な憶測だが、
華月さんは頭が良いとの事(←歌詞や話し方、所作などから)で、後々このような社会になるという事を予見していたのだろうか。

SNSの病み垢と繋がってたら、距離置きます

ちなみにRaphaelの歌詞は、
SNSをやっていた頃、
ファンの人同士との通話状態で「今の時代に必要な歌詞!」と話していたのを覚えている。

後の話だが、
その人は、結局病み垢と沢山繋がってたため、
恐怖心から関わりを絶ってしまった
沢山のつながりなんて、あっても良い事はない。

断腸の思いだった。
ネットリンチなどの回避策もあるが、やはり病み垢と繋がってる人は後々同じくトラブルやら粘着されたり面倒な事になりがちだ。

ネット、もといSNSは人の潜在的な悪意や闇を引き出す最強のツールとさえ思えて来た。


さいごに


ネットやオンラインで便利になった側面はある。
それと引き換えに失ったものや、人間としてなくてはならないものを沢山なくしてしまったと感じる。

華月さんの歌詞がもっと広まるのなら、どれだけの人の生きづらさが救われるのだろう。

ネット上で転がっている情報だけじゃなく、自分の力で足でネット以外の景色が重要視される時代になってるなとも思わされました。

一服吸います。


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