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コンビニとおじさまと私

(「コンビニと私と」の続き)

入ってきたのは見覚えのある出立ち。おじさまだった。こちらにある陳列棚にまっすぐ向かってくる。

まずい!

私は急いで店員さんから賞品を受け取り、1等のぬいぐるみを脇に抱えて店から出ていく。必死に下を向いていたので、どのタイミングでおじさまとすれ違ったのかは分からない。

地面のアスファルトの色が移り替わっていく。気がついた時には、コンビニが遠くの方で光っていた。

たぶんバレてないはず。

ぬいぐるみを脇に抱えて歩くのが慣れてきた頃、目の前にマンションが見えてきた。
あと一歩でマンションの敷地内に入るその時。

「すみません」

遠くの方で、息切れとともに声が聞こえた。
ちらっと後ろを振り向くと、そこにはおじさまがいた。少し皺の寄ったスーツ、緩ませたネクタイ、艶のある髪、手にはビールが入った袋がぶら下げられている。おじさまの目線を見る限り、明らかに私を呼んだようだ。

え! 私何した?!

美しい出立ちでおじさまが近づいてくる。一気に私の体が今の気温を感じた。

「これ。さっきのコンビニに」

おじさまが差し出した手には、ベージュ色の私の財布。コンビニに忘れたのを、おじさまが届けにきてくれたのだ。

「あ、あ」

頭の中が混乱してうまく言葉にできない私に、おじさまは優しく言葉をかけてくれる。

「同じマンションの人だなって思ってたんで。追いつけて良かったです」

少し頭が落ち着いた私も声を出す。

「ありがとうございます」

私は、おじさまの長い指から差し出された財布を受け取る。数センチ横にずれたら触れる距離。強張っていだが、なぜか安心感も同じようにそこにあった。

「それコンビニのくじですか?」

え?と思い、自分の今の姿に改めて気付かされる。片脇に大きなぬいぐるみを抱え、おじさまとは正反対な滑稽な姿である。

「あ、はい」

この世の中、本当の自分を見せるのは誰だって怖い。本当の自分はそこにあるはずなのに、いろんなもので塗り固められる。

「その映画良いですよね」

しかし、何でもない一言が、私に塗られたペンキをゆっくりと溶かしてゆく。

そして私は、もうペンキなど必要ないというように、こう言った。

「お好きなんですか?」

すっかり冷え込み、マフラーと手袋なしには生活できないこの季節。星たちは、暗いこの夜をまだ支配できていない。そんな中、マンションの光が私とおじさまを暖かく包み込んでいた。


こんばんは。れんこんです。

これにておじさまシリーズは完結です。
最後までご覧いただきありがとうございました!
マガジンにもまとめていますので、ぜひまた呼んでみてください☺️

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