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洋服記録84_小指の爪舞うスリッポン

ここ数年、スニーカーの増加が止まらない。

NIKEに始まり、IENAコラボのニューバランスが続々と増え、
最近は原点回帰のコンバースも仲間入りしてきている。

コンバース以外はまあまあ幅を取るシューズ達のため、
1段に1つというコレクター的な収納にならざるを得ず、
いよいよシューズボックスが満杯になってきた。

そんな中異色を放っているのが、
ポロのスリッポンである。

クマの刺繍に釣られて思わず買ったのであるが、
スリッポンなんて本当に何年ぶりに購入しただろうか。

ここ数年スカート派の生活を送ってきた私にとって、
紐のないぺたんこのカジュアル靴というのは
コーデを組むのが非常に難しい。

おまけにどういうわけか、
スリッポン=作業靴 のような印象が根強く、
あまり積極的に選んでこなかった経緯もある。

この、作業靴という感覚。
これはまさに、
新入社員だった私が自ら植え付けてしまったものである。

地方支社で営業をしていた頃の話。
営業車を運転して得意先の工場やバッグヤードに赴くことも多かった。

このころの私はスーツの救世主で触れた通り、
似合いもしないのにいつもパンツスーツを着ていて、
体型を少しでも誤魔化すために、
5㎝ヒールのパンプスは必須アイテム。
その日もそんな格好で出掛けて行った。

折しも極寒の日で、
外には小雪が舞っていた。

そんな中、
工場の外階段を5㎝ヒールで歩く女。

手すりも冷たいが、
それ以上に得意先の工場長の視線が冷たい。
この女、こんな靴で来てやる気あるんかい、とその目は語っている。

ここで少しでも躓いたりよろけたりしてはならない。
私は細心の注意を払いながら、
なんでもないことのように敢えて軽快に動いてみる。
カツカツ音をさせないように、踵を浮かして歩いてみる。
もはや商談以上に、
足元に意識を集中させる。←仕事しろ

そうして工場巡回を終えた私は、
最後の難関、下りの外階段に挑んだ。

滑らないよう、よろけないよう、
慎重に段差を降りる。

が、悲劇とはそういう時に起こるもので、
最後の最後で見事に一段踏み外した。

身体がふわっと宙に舞い、
右小指で着地。

痛みと寒さで、小指の感覚を失う。

が、ここで痛がったりしようものなら、
ここまでの努力が水の泡。
一段飛ばしの元気キャラ(何者)を必死に演じ、
そのまま別棟を巡回し、事務所にもお邪魔し、
営業車を運転して笑顔で敷地から去った。

その間も、小指の感覚は戻らない。

が、厚手のタイツを履いているので、
運転中に自分の足の状態を確認することもできないまま、
2時間ほど掛けて帰社。

ロッカールームで小指を確認すると、
小指の爪が・・・ない・・・。

え、足の爪って無いのがデフォルトだったっけ?
これまで私が見ていたものは何だったのか。
爪って溶けるのか。

そんなわけないと思い直し、タイツをひっくり返して爪を発見。
黒いからわからなかったが、
夥しいほど出血していた。

経緯を説明しながら応急処置をしていると、
事情を知った事務のお姉さまが一言。
「すぐ労災申請して!」

当時その会社では、労災申請書類に手書き欄があり、
そこにイラストで詳細状況を説明しなければならなかった。

私は横からのアングルで階段を描き、
そこにうっかり足を滑らす棒人間を書き込む。
足元にはギザギザの衝撃マークをあしらった。
もちろん棒人間の目はバッテン。(× ×)

こうして申請された労災は、
月1回の労災情報として全社に共有される。

個人情報に配慮して書かれる、
〇〇支社、20代、女性 のボカシ情報。
当時この条件を満たすのは私一人だったため、即特定。

そしてその直後、
「女性社員が工場に行く際には、ヒール禁止。
 脱ぎ履きがしやすいスリッポンタイプの靴を着用すること。」
という全社ルールが通達された。

一人の女のせいで、
全国の女性社員に強いられるスリッポン着用。
間違いなく、逆の立場だったら私はキレている。

スリッポン=作業靴 という感覚は、
まさにその経験に起因しているのである。

今では、作業靴で散歩もするし、ご飯も食べに行く。
心なしか右足の小指が痛む気がするが、
気のせいだと信じている。

スリッポンのコーディネート備忘録

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