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洋服記録85_革靴と牛肉

もしかしたら、初めて購入したかもしれない。
 
コンバースはコンバースでも、
ハイカットのコンバース。
 
長年スカート派だった私にとって、
ハイカットスニーカーは諸々不利になる。
 
足首が隠れてすぐふくらはぎが現れる、というスタイルは、
ほっそりとした足を持たないスカート派の人間にとって、
あまりメリットがないのである。
 
だがパンツ派になったらなったで、
今度は新たな問題が発生した。
 
座った時に、
靴下から覗くふくらはぎが現れる。
 
個人的な好き嫌いの問題にはなるが、
中途半端な靴下が見えることは極力避けたい。
 
じゃあ長い靴下を履けばよいのだが、
ずり下がってくる靴下をいちいち上げるのも面倒くさい。

ならばいっそ、
ハイカットスニーカーにしてしまおう。
どうせ覗くのなら、靴下よりも靴の側面の方がよかろう、
という結論に至ったのである。

ということで初めてのハイカット人生を開始したのだが、
先日、早速洗礼にあった。

着脱に時間が掛かる。
これである。

初めて赴く居酒屋で、
靴を脱ぐスタイルの店だと気付いた瞬間のあの焦燥感。
すべての同行者に場所を譲って、しんがりで靴を脱ぐ。
遅れて席に着こうとすると、すでに偉い人の隣しか空いていなかったりする。
 
そして帰り際が近付くと、またソワソワしてくる。
一人だけ端の方に陣取り、まごまごと靴を履く。
ここでも時間が掛かるのでできれば他の人を先に送り出したいけれど、
酒の入った大人たちの行動は思うようには制御できない。
 
各々が各々のペースで靴を履き始める。
履き終わった人とこれから履く人が入り交じり、
さらに新たに店に来てこれから脱ごうとしている人とも交差する。

こんな難しい場面にも関わらず、
自分にも酒が入っているのだ。
 
まごまごは加速し、何ならふらふらしてくる。
大きくよろけようものなら、物凄く酔っぱらっている人扱いされるリスクもある。
なんなら幹事がお会計に席を立った瞬間に、
もう先んじて靴を履きに行きたくなるほどだ。
 
こんな思いをしながら、ふと思い出した。

自分が若手社員の頃、
会社のおじ様が後輩数人を誘ってごはんに連れて行ってくれたことがある。
 
このおじ様がかなりの資産家でいらっしゃったこともあり、
行先は人形町の格式高いすき焼き屋であった。
 
約束の日の1週間ほど前、
おじ様から後輩たちへ業務連絡が入った。
 
「安物でもいいから、必ず靴を磨いてくること」

この指令。
若手男性社員たちに対して発令されたものであるが、
当時の私はよく意味がわかっていなかった。
 
店に到着して、理解。
 
敷地に上がる広い玄関に、
法被を羽織ったベテランの番頭さんがいた。
おじ様曰く、
預けた靴に来店客の格を見られるのだと言う。
 
脱ぐなり、素早いスピードで靴を片付けていくプロ。
脱いでいる姿でも何かをジャッジされているようなプレッシャーに追われる。
よろけないよう、もたつかないよう、そして何かに誰かに迷惑を掛けないよう、
ピリッとした空気の中で靴を脱いでいく。
 
そんな中、
この日にあわせてピカピカの新品の革靴を履いた男性の先輩が一人。
よりによって、紐で編み上げていくタイプの革靴を選んでいた。
 
紐をほどく手が、心なしか震えている。
ほどき切っても、新品の革は硬い。
穏やかに かつ 力づくで足から革靴を引き剝がそうと奮闘するその額に、
冬にも関わらず汗が光る。
 
本当は踵を踏んづけて脱ぎたいだろうに、
段差に腰かけて思いっきり引き剝がしたいだろうに、
その場の空気はそんな愚行を許さない雰囲気である。
 
そして先輩だからと先に道を譲った後輩の女(私)に、
ひたすらその姿を見守られる屈辱。
もはやホラーである。

他人事ながら、帰りにまたこの緊張感が待っていると思うと、
せっかくの高い牛肉に集中できなかった気がする。

あの頃のあの先輩も、
今頃は後輩に靴を磨けと指令を出しているかもしれない。
紐靴を避ける旨をあわせて伝えるか否かに、
彼の後輩育成方針を見て取れるだろう。
 
アラフォーにして謳歌し始めたハイカット人生に、
ほろ苦い割下の味を思い出した春の宵であった。

ハイカットスニーカーのコーディネート備忘録

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