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森と湖の国のあの人(フィンランドを訪ねて)後編

フィンランドでの海外研修で出会ったホストファミリーのピニー。(前編はこちら

ピニーと暮らした数日間


ピニーは一緒に暮らした数日間でも、初対面の印象と変わらず、ほんとうにチャーミングな女性だった。
ピニーは赤が好きだった。
リビングも赤、ベットカバーも赤。家の壁も赤。
リビングにはピニーが描いたという、チューリップの大きな絵を額縁にいれて飾っていた。それもやっぱり、赤いチューリップだった。そしてその赤の全てが調和がとれていた。

夜は小さなサウナ併設のベットルームで、大きなベットでくつろぎながら「最近恋人と別れてさみしいのよ」と穏やかにわらっていた。
前の旦那さんとは離婚しているそうで、子ども達はもう大きいのよと、壁にかかった子ども達の写真をみせながら、穏やかな顔で話をしてくれた。
わたしたちは、互いに、慣れない英語とボディランゲージで、お互いのことを伝えあった。

フィンランド人の朝は早かった。

ピニーは毎朝、薄暗いうちからめざめて、朝食をふるまってくれた。作り置きしたボウルいっぱいのサラダ、小さく切ったパン、庭でとれたりんご、あったかいカフェオレ。
朝食のラインナップはだいたい毎日おなじだったけど、飽きのこないあじだった。
部屋の灯りはキャンドルのみ。
少しずつ明るくなる外の景色をながめながら、しずかに朝食をとりながら、毎日幸福感に満たされていた。

「ほんとにすてきねぇーー。ねえりつこさん!」と、静寂をつきやぶるカーリーの甲高い声すらも、幸せにひびいていた。

保育園にいけば、ピニーは責任者だ。
たくさんのスタッフと子ども達がいる。でも園長はいつも変わらなかった。
自然体で、おだやかなピニーのまま、誇りを持って働いていた。
言うまでもなく、子ども達はとてもかわいくて、保育園もゆったりした時間が流れていた。保育園のことも、いつかまた書きたい。


ピニーは保育園の園長でもあり、ダンスもプロ並みに上手で、ダンスを愛していた。
そんな彼女は、金曜日の夜、私とカーリーをフィンランドの社交場につれていってくれた。

フィンランドの社交場であるダンスホール。

金曜日の夜、ダンスホールは仕事も早々にきりあげて集まった大人達の熱気で溢れていた。
ピニーは先程の仕事着からダンス用のユニフォームに着替え、さっそくおどりはじめている。
とってもたのしそうだ。
ワルツ、タンゴ、ルンバ…
陽気な生バンドのお兄ちゃんたちが、次から次へと音楽を奏でていく。
音楽は大好きだ。ただ、ここは異国の地、フィンランドのダンスホール。そんな場所に慣れていないわたしは、音楽に体を揺らしながらも、壁に張り付いて気を消しながら、ただダンスホールを眺めていた。

しかしながら、東洋人の女性が珍しかったのだろう。
ひとりの男性がニコニコと近づいてきた。
僕と踊りませんか、というようなことをおそらく言っている。そのまま問答無用でダンスホールにつれていかれた。
その時の心情をひとことでいうなら、「ひぇーーー」という感じだ。

ワルツもジルバもサルサも踊れない。
でもここはもう開き直ろう。腹を括ろう。
とにかく目の前の見知らぬフィンランド人に身を委ね、とりあえず見よう見まねでおどった。
あ、楽しいかも。
その後も何人かフィンランド人が一緒に踊りましょうと声をかけてきた。それも案外、楽しいものだった。


横をチラッと見ると、カーリーもフィンランド紳士と楽しそうにダンスしていた。慣れない英語も積極的に使い、恐れずトライするカーリー。
さすがだよカーリー。さすがだよ。
あなたのそのマインドには、この旅で何度も救われたよ。あなたがペアでよかったよカーリー。


生バンドの人たちに「コンニチハーサヨウナラー」と見送られつつ、わたしたちはダンスホールをあとにした。
大好きな場所につれてきてくれたピニー。ありがとう。

ピニーの家ですごした数日間。
園長として働くピニーも、ダンスホールで踊るピニーも、森できのこ狩りをするピニーも、サーモンスープを一緒につくったピニーも、わたしの記憶にある彼女はどれもずっとチャーミングだった。
そして、彼女が、彼女らしく生きている姿が、なにより美しかった。
そしてそんな彼女のまわりには、あたたかくて豊かな空気が流れていた。


帰国の前日。
感謝の気持ちをこめて、ピニーには文字をかいて贈ろうと思い立った。
和紙など当然持ち合わせておらず、手元にはボール紙しかなかった。
それを彼女の大好きな赤の千代紙でふちどり、パッと周りを明るくする彼女に贈りたい一文字を書いた。
ピニーはとてもうれしそうだった。
同時に、別れを前に、少しさみしそうでもあった。

あれ以来、フィンランドには行けていないけれど、心のどこかにいつもあの風景がある。
見たもの出会ったもの、感じたこと。
理由はわからないけど、思い出すと今でも、懐かしさや、心が豊かになるような感覚がある。

たまにしか開かないけど、今も繋がっているFacebookでは時折、ピニーの近況がながれてくる。
ダンスで出会ったであろう恋人と、やっぱり10年経ってもチャーミングな彼女がそこにいる。

いつか、ただいまと会いにいこう。


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