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山とご飯と相方と


はじまり

 自由に旅が出来なくなってずいぶん長い時間が過ぎた。

 最初その不自由さに愕然としたのは、コロナウィルスの影響で発令された緊急事態宣言時の事。毎年夏休みには相方と旅と海水浴と温泉を楽しんでいたけれど、いつもの宿が、夏休みの営業を取りやめにしてしまったのだ。

突如として夏休みの行き場を失った私たちは、自分たちで長い休みの予定を再構築するために考えを巡らせ、泊まる場所がないのならば自分たちで創ろうという考えに至った。シニアスカウトの経験のある相方は、テントを担いでキャンプに行けばいいと言い出した。

私たちの夏休みは、日常を手放して、宿でごはんを食べたり旅先で美味しいお店を開拓したりするのが楽しみのひとつだったので、晴天の霹靂というか、休みも自炊か…と思わなくもなかった私ではあったのだけれど、幼少期読んだ本であこがれた山暮らしを思い出し、学生時代の野外活動や、子供たちが小さい時期に出かけたちょっとした義務的なキャンプではなく、自分たちの楽しみのためだけのキャンプは初めての事だと思いなおして、二人で新しい夏旅に繰り出すことに決めたのであった。

 後にそれは今後の人生に大きな喜びをもたらしてくれる事になる。

旅じたく

 月日は百代の過客にして行きかふ人もまた旅人也―とは、古の旅のエキスパート芭蕉翁の奥の細道の冒頭である。今、思いかえせば、その時の旅じたくは、短い時間で『旅』と『食』について深く考える時間となり、芭蕉とおなじくこれからはじまる新たな夏休みにワクワクが止まらなかったのを思い出す。今までは旅先で自炊することはなかったけれど、旅の日程中『何をいつどう食べるか』『食材何をいつどこで入手する?』といくつもの旅本やレポートを見ながら情報収集して自分たちで描いていく手作りの『旅』が楽しくてたまらないじゃないか!と思うようになった。

 相方はボーイスカウト時代、キャンプといえばまずい飯という思い出しかないらしく、なんとか美味しいものを食べたいと思ったらしい。今まで料理というものに何の興味もなく、“食べるものは腹を満たせばそれでよし”という考えから一歩出て、『食材』『料理』『準備』『後片付け』といったプロセスに興味を伸ばしてきた。コロナのおかげで生き場を失った私たちが辿りついた『キャンプ』という選択は、これからの二人のライフスタイルを大きく変える事になった。


自然の中へ

最初のキャンプ地は、日本最多雨地域と呼ばれる三重県大杉谷。旅計画を立て始めたのは夏休み間際で主だったキャンプ場は軒並み満員という時期で、たまたまそこが空いていたのもあるし、テレビで絶景の滝があるという情報も得て決定した。口込みで、『辿りつくのが困難な場所』というだけあって、山深くまで車を走らせてようやく着いた初日はあいにくの雨となり、当初の計画だった焚火でバーベキューは取りやめ、ミニマム化した簡易なごはんになってしまったけれど、購入した装備のシングルバーナーとメスティンが大活躍して美味しくご飯を炊くことも出来たし、ちゃんと肉を焼くことも出来た。ごはんは半分おにぎりにして次の日のお弁当にして初回にしては上出来の自炊。普段の私と相方から考えると意外な手際の良さであった。二人で共働したのも効果を発していたと思う。

令和のキャンプは、リビングルームがそのまま自然に出てきた、というイメージだが、私たちはキャンプそのものだけでなく、アクティビティも重要な要素。近くに絶景の滝があるいうので、次の日は登山道を歩くことにした。

渓流とごはん

前知識がほとんどなくトライした登山道はとんでもなく厳しいものだということが入口すぎてすぐから判明。いきなり岩盤をくりぬいた狭い道に鎖場からスタート。相方は、私が帰ると言ってくれると思ったそうだ(彼は高所恐怖症)。その後山道は鎖場だけではなく谷や沢を超える吊り橋があり、修行僧のごとく辛い山登りではあったけれど、多雨地域らしいジブリのごとく見事な苔に覆われた原生林が広がり、険しい山道をぬけて大きな美しい清流に出会った時、それまでの疲労がどこかに翔んでいく思いがした。

 時間的に食事を取って引き返す時間になっていたのでそこで腰を下ろし、清流を見ながら途中で汲んだ水でコーヒーを沸かしてラーメンを作ってご飯を楽しむことにした何てことはない、コーヒーとインスタントラーメンとおにぎり。ロケーションでこうも美味しいご馳走になるのかと二人でもりあがりながら外ご飯を作る過程と共に楽しい時間を過ごした。


新たな愉しみ 山ご飯

やむにやまれぬ状況からはじめた『キャンプ』『トレイル』『自炊』だけれど、家族の為の行事ではなく、人生の折り返し地点で初心に帰って見つけた新しい『旅と食』のカタチ。中でも自然の中二人で『山ご飯』が何よりも楽しい。もちろん自然を汚さないのは大切な事。

日本人はその昔、『山を楽しむ為に登る』という概念はなかったとか。外国人が居住するようになって、彼らが日本のリソースである『山』を楽しんで歩くのを見て、改めて日本人が山を楽しむようになったそうで。

私と相方も随分年を重ねて遅まきながらも、自然の中を歩いて、山ご飯を楽しめるところを探しに、二人で日本全国津々浦々を歩いて行きたいね。と今日も計画を立てているのである。

2022/02/05 にこる

蓮園はお人形の和風衣装デザイン制作を中心に活動する園長にこると影武者2名のユニットです。現在ベクトルが他に向いているので、ドール写真少な目? ttph://www.ren-en.jp/