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スマートフォンが眠るとき

 私のスマートフォンは眠ることを知らない。
 この子は知っている。
 眠ってしまったら捨てられる、と。

 この子は私にとって2代目のスマートフォン。
 最新のスペックを搭載した優れモノ。
 そうだ、この子には名前を授けよう。

 どんな願いも叶えてくれる最強ガジェット。
 ――浮かぶイメージはお決りの猫型ロボット。
 いやないない。

 とりあえず賢いやつなので『賢太郎』と命名しよう。
 困った時には太郎を付ければ収まりがいい。これ日本人の常識?


 私は『賢太郎』をSNSで紹介した。

【機種変したので新しい相棒に名前を付けてみました! いろいろ考えた末に『賢太郎』に落ち着くというw】

 こんなどうでもいい、誰のこころも傷つけない投稿には躊躇なく『いいね』が増える。
 私もそれを期待して投稿する。
『賢太郎』デビューの投稿には20程の『いいね』が付いた。普段は5,6個の私にしては上々だ。


 私は『賢太郎』を介して無限の自由にアクセスし、知りたいことを調べ、娯楽メディアを貪り、友達とコミュニケーションをとり、ゲームを愉しみ、ショッピングをし、異性と出会った。

『賢太郎』は私の”全て”を知っている。

 誰も知らない『わたし』がこの小さな端末のメモリに、そしてその先にある得体の知れないサーバーに記録されている。
 それを知りつつ、それでも私は『賢太郎』を使い続ける。
『賢太郎』がいなければ、私の人生は永遠の闇に覆われるに違いない。


 1年後、『賢太郎』にきょうだいが出来た。名は『板子』。
『板子』は『賢太郎』と比べ処理能力は変わらないものの、画面が大きいというだけで出来ることは飛躍的に増大した。
”大きい”というのは、それだけで圧倒的な能力なのだ。
 たった数センチメートル〇〇が高いだけで、たった数センチメートル〇〇が大きいだけで、それだけで運命が大きく変わってしまうのは人間の常だ。
 スマートデバイスの世界もまた、そんな優劣が厳然と存在することを歯がゆく思った。

『賢太郎』は『板子』に嫉妬しないだろうか、と一抹の不安が過ったが、むしろ常時手元で活躍する『賢太郎』を『板子』は気にかけるかもしれない。持ちつ持たれつでうまくやっていけるだろう、と都合のよい解釈をこしらえてこの問題をスルーした。


 私の青春の傍には常に『賢太郎』と『板子』がいた。いや、正確には『板子』の”本体”はその場にいないことが多かったが、同期によって『賢太郎』が持つ情報を共有していた。


『賢太郎』も『板子』も、自ら私にモノを申すことはしない。忠実な僕なのだ。この子たちがもし自我を持ち、発言の場を与えられたとしたら何を言うだろうかと考えると、ざわざわソワソワ落ち着かなくなる。

 この子たちは私の”全て”を知っている。
 親もカレシも親友も知らないことを知っている。
 人に言えないような悪いことなんてしていない。
 なのになぜだろう、この五臓六腑を嘗め回すような不快感は。
 絶対に否定されることのない神の如きポジションでこの子らを使役する私。
 そう、私が神であれば問題は生じないのだろうが、如何せん私は神ではない。

 この子たちはいったい、私をどう評価しているのだろうか。
 世界中のデータベースにアクセスし、私の某について順位をはじき出すことなど彼らにとっては造作もないこと。
 私のこれまでの人生は世界の幸福基準に照合すると何位くらいなのだろうか。
 そもそも私の人間力とは、世界標準でいかほどのものなのだろうか。
 そんなデリケートな内容の結果までも平然と提示してきそうでツラい。


『賢太郎』と『板子』は私の就職と共にその役目を終えた。
 苦楽を共にしたこの子らも、4年も経つとさすがに古びたイメージを拭えない。

 私は『賢太郎』と『板子』を下取りに出さずに持ち帰った。
 私の青春の”全て”が詰まった、このモノ言わぬデバイスがどうしようもなく愛おしく感じたからだ。
 願わくば最後に何か言って欲しい。
 怖いけど知りたい私の順位。
 私だけにこっそり囁いたあと、永遠の眠りについてほしい。

 この日私は『賢太郎』と『板子』を枕元に置いて就寝した。


 ――長い間私たちを活用くださってありがとうございました。しかし貴方が思うほど私たちは貴方を知りません。私たちが知りえることは貴方の嗜好、指向に過ぎません。それだけで『人間』を測れるほど、『人類』は単純ではありません。人間は人間を通してしか幸せになりません。人間は個では存在できません。他者との関係性を通してしか人間が満たされることはありません。貴方が私たちを人間のように扱っていただいたことに感謝します。ありがとう。 (賢太郎 板子)


 ピピ ピピ ピピピ ピピピ……

 ――ん
 起床予定時刻の30分前に音を鳴らした犯人は『賢太郎』だった。
 学生時代のルーティーンで、リピート設定の解除を忘れていたようだ。

 ――何かとても不思議な夢を見た気がする。
 遮光カーテンの隙間から朝日が差し込んだ。
 何故か私は無性に光が恋しくなった。
 そうして勢いよくカーテンを引っ張り、大自然の無償エネルギーを全身に浴びた。


#2000字のドラマ


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