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デザインと思考の接続。論理的思考が人間の思考の全てではない。21_21 DESIGN SIGHT #マル秘展

こんばんは
先日台風が来るらしいというニュースを見て
「今日当たりなんじゃないか?」と想像していたけれど
まだ東京にはきてないのでしょうか?
それとももう、通り過ぎたのでしょうか

今日はこの前行ってきた
美術館の感想をつらつら書いていきます.

六本木の21_21 design sight にて
「㊙︎展 めったに見られないデザイナーたちの原画」を見てきました

・21_21 DESIGN SIGHT

僕は六本木駅から少し離れた場所にあるこの場所が
すごく好きで何度か足を運んでいる

今回の展示では
日本デザインコミッティーに所属するメンバーたちが
そのデザインの過程の中で生み出してきた
スケッチ、図面、模型の数々が展示されていた

僕らはデザインが完遂し、
それがプロダクトやブランドなどと
何かしらの形で結合したものとして
現れている質感のものを日々見ているのであるから

それが完遂、完成、結合するまでの過程に焦点を当てるという企画展

その過程に垣間見える彼らなりの手法・哲学・ものの捉え方に
触れられるのが、この企画展の魅力展なのではないかと、想う

多くの過程に揉まれる中で思った事、共有していけたら

・『デザイン』は分岐している

各デザイナーの名前の下に、グラフィックデザイナー、
空間デザイン、建築家、照明デザイン、プロダクトデザイナー
などと記されている

僕のような素人からすると、「デザイナー」という主語は
これほどまでに分岐しているのかと驚いた


この世界の多くの立場や概念は
現代に置いて複雑に分岐しているのはあきらかなので
少し想像すればそんなことはイメージできるが
「どのように分岐したのか?」という問いが頭をよぎる

「創造」する立場であるデザインという領域において
その分岐の歴史は
コアコンセプトの編纂、分岐、交差、多くの相互作用を経て
今の形があるように思える

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少し考えてみても、こんな妄想が浮かぶ

1.コア概念からの直接的な派生によって分岐した
この場合は分岐した要素は
それぞれコア概念と隣り合わせであり
それぞれに近しいものを感じる

2.コア概念は分裂・結合を繰り返し、いまや形としてない
この場合もはや起源の痕跡も残っておらず、各要素は遠い親戚状態

3.社会的要求により、要素ごとに抽出されることによって分離した
この場合各社会体制の力学によって、概念は歪む
上記2点の近い・遠いの概念とは異なる変化構造

というように無限通りの過去ー未来の接続を経て、
今の形がこうして「在る」のだと想うと不思議だ。
(この辺のおすすめ書籍などあれば、おしえてください!)

・概念化思考は論理的思考とは異なり、デザインに由来する

古代ギリシャ人プラトンは感覚データを排した研ぎ澄まされた純粋理性、
これが真理への誘い手とする「理性論」
その弟子のアリストテレスは情報を統合・普遍化・一般化する事で
知るとする「経験論」を打ち出した

その後16世紀になってルネ・デカルトが数学的基盤を確立し
それを用いた上で、
<記述>ー<分解>ー<再構成>ー<知る>というステップを経て
外界を「知る」とした

近年よく使われる「ロジカルシンキング」や「論理的思考」というものは
まさにこの系譜の先にあるもので、問題を分解し、
それらを「論理」でむすび
大きな影響を与えているという意味で「本質的なもの」とし
それをあぶり出す営みであると考えられる

それとは違い、何らかの対象を生み出した概念が存在するとして
その枠組をとらえるという営みがデザインの過程中で興っていたように思えた

対象を概念化するために概念図を作成し、そしてそれを結ぶパターンをとらえ、そしてそれを結ぶ相互作用の理解もねらう営みだ。
これを、概念化思考と呼ぼう

とてもイメージしにくいと思うので、実際に展示されていた、これに当たるような展示されていた作品たちを。

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一つ目も痺れるが
二つ目の「渦」の構造を持った概念図というものは初めてみたし
創ったこともなかったから、大きな学びであった
だが、そもそも渦の構造を生みうる要素を見極め
その立体的関係性を見出す必要があるため、
難しいが対象の新しい側面を知ることができるかもしれない

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以前僕も、物理学を構成している、そして僕にとって重要な概念は何かを
浮きぼらせるためにこんなものを作ったことがある

その営みの中で「場」と「相互作用」という概念が浮かび上がってきた

さらに、概念図を図示化、可視化する事で
概念をより立体的にイメージしていく

この文章の中にも、「立体的に」とか、
論理的思考と呼ばれる思考体系のなかでは許されなさそうな
言葉や思考過程が描かれているように思える

論理的思考はやたらと重視されているが
それで世界の全てを「知る」事はできないし
思考というものはそれ以外にも存在するのだ。

そうなってくると別の問いが浮かび上がってくる
それは、これら二つの思考体系の融合・調停は何処にあるのか?
そして他にはどんな思考体系があるのだろうか?
という二つの問いだ。機会があれば今後検討していきたい。

・ゆる〜く感想

最初に述べたように、デザインという表現は たくさんの種類があったが、中でもグラフィックデザイン、空間デザインに惹かれた。
文字が美しいと、なぜ感じるのだろうか?
この問いを抱えながら数日間生きてみようと思う

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今日は肉じゃがを食べました
僕はバラ肉が好きということを改めて思いました
焼肉でもカルビが好きです
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れんてん


ただ、ありがとうございます。 きっとまた、「なにか」を届けます。