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トレドとバルセロナ

スペインに来て3年がたち、この国で起きることの全てに対して新鮮味が失われていた。周りの人に恵まれたものの、ネガティブなことばかりが目につくようになった。
まずスペインの人のルーティーンは非常に単調だ。5日間定時で働き、週末にパーッとクラブにでかけてストレスを解消したりサッカーを見たりして、また仕事をする。娯楽や給料が日本より少ないので日常の習慣に多様性が見られない。当たり前だが、サイゼリヤもKALDIも紀伊國屋書店もスポッチャも温泉もない。外国人として普通の生活をしていると、人生が変わる転機が街に転がっているような気配もなく「刺激」とは程遠い生活である。
だらだら書いたが要するに退屈なのだ。
自分にはこの退屈さが何故か、不便さよりもストレスを与えるものだった。

ただせっかく長いことスペインにいるのだからポジティブな側面にも触れたい。

2019年の年末に、高校のサッカー部で最も仲の良かった友達がマドリードに1週間ほど遊びに来た。彼は「サッカーを見に来た」と言っていたが、シーズンオフに来たので彼の滞在中は自分はずっとオフだった。その後ちゃんとプロの試合を観戦できたのでとりあえず目標は達成できたといえよう。

当時の自分は、ユース時代での功績むなしく初年度の大人カテゴリーで試合にとことん出れていなかったので、陰鬱な生活を送っていた。外に出るのは日用品を買う時と語学学校に行く時と練習に行く時だけ。住んでいる家も給湯器が真冬に壊れていて、絶叫しながら水シャワーを浴びていたこともあった。そんなときに彼は遥々日本から自分に会いに来てくれたのだ。よく知る友達がスペインの空港に降り立ち、一緒に観光する。この事実だけでとても嬉しかったし、空港に行く電車に乗っているときは何年かぶりにワクワクしていた。

今もそうだが当時の自分は特に出不精で、友達が観光しに来ているというのに移動を面倒臭がった。マドリードは2日もあればだいたい観光できてしまう。
それだけじゃなく他にも行こうよ、と彼と話し合ってトレドとバルセロナに行くことになった。太陽光が差さず、明かりをつけないと暗い部屋で二人でスマホを片手に観光地を相談し合った。当時の部屋にはベッドと変な布団マットしかなく、彼がホテルを取っていなかった何日かのうちは床で彼を寝かせてしまった日もあったが、「ホテルの部屋がかなりオシャンティーそう」というだけでなにかと嬉しかったものだ。彼はそうじゃなかったかもしれないが。

次の日、私達はバスターミナルからバスに乗りトレドに向かった。マドリードから30分くらいバスを走らせれば着く。広くないバスで他愛のない話をしながら特になにもない砂漠のような平原を見ていた。街から街をつなぐ道には本当に何も建っていないことが多い。東京のようにどこにいってもぎっしり建物がある光景とあまりに違いすぎてちゃんと海外にいるんだな、と実感させられた。

トレドに着いた。昔のスペインの首都である。要するに京都府のような街か。そう思うと急に歴史を感じるし建物もシックでかっこよく見えた。実際かっこいい建物しかなかった。その建物に挟まれた狭い石畳の路地も、ただの路地とは思えないくらいフォトジェニックでちゃんとしたカメラを持っていないことが少し口惜しかった。高台の上にあるこじんまりした、まさにテーマパークのような場所であった。特に大聖堂は入った瞬間に、人生で体験したことのない雰囲気に圧倒された。あらゆる音が反響していて、聞いたことのない音しか入ってこなかった。「すげぇ…」とふと言葉を漏らしただけで自分の声はふにゃふにゃと変形して吸い込まれていく。晴れていて装飾されたステンドグラスから入ってきた太陽の光も神聖さを出すのに一役買っていた。自分が大好きな「ゼルダの伝説」というゲームを無性にやりたくなった記憶がある。雰囲気がそっくりだった。
そこからまたバスを走らせると、高台からトレドの街を一望できる場所がある。さっきまでいた街がリアルなプラモデルのようなサイズになっていて、見ていて飽きなかった。
その街をバックに自分を入れて写真を撮ったが、つらい状況だったのに自分はちゃんと笑っていた。それくらいの力がこの街にはあった。
彼は橋の間に架かっているロングジップスライド、いわゆる人間ロープウェイに興味を持った。カメラロールを見ると、ヘルメットを眩しそうにつけている画像が出てくる。肝心の滑空時はカメラを回すも彼が小さく写りすぎて迫力に欠けた。本人は楽しそうだった。自分は高所恐怖症で出来なかったが、みんな楽しそうに滑空するので羨ましかった。

また別の日。眠い目をこすりながら私達はカフェで朝食を済ませ、新幹線に乗りバルセロナに向かった。スペインにはAVE(アヴェ)と呼ばれる新幹線が各地をつないでいて、かつて各都市の交流を妨げていたと言われる山岳を物ともせずマドリードとバルセロナを3時間ほどで結ぶ。出発してすぐに加速した電車は、マドリードの街をどんどん小さくした。
この時に自分は初めてバルセロナに訪れた。それまで行こうとすらしていなかった。駅に降り立った時、バルセロナを中心に使われるカタルーニャ語で書かれた掲示板を見てちゃんと来たのだとハッとした。この一年後にバルセロナでプレーするとは露ほども思っていない。
着いてからはカサ・ミラ、サグラダ・ファミリア、FCバルセロナのスタジアムであるカンプノウを始めとした有名な場所に行こうと決めていて、チェックインしたホテルは値段からは想像もできないくらいアタリだった。

個人的には「サンタエウラリア大聖堂」と「カンプ・ノウ」が印象に残っている。
旧市街のゴシック地区にかなりどデカい大聖堂があるのだが、名前は調べるまで知らなかった。主祭壇の真下に地下室のようなものがあり、厨二病心を非常にくすぐられる。調べると、少女エウラリアの棺が置かれている「霊廟」と呼ばれるものだそうだ。西暦290年に生まれた彼女は敬虔なキリスト教信者だったが当時バルセロナを支配していたローマ帝国に厳しく弾圧され、改宗を拒み拷問の末13歳で処刑されてしまう。その後彼女の遺体は大聖堂に埋葬された。
地下にあるとはいえ、真正面の最も目立つ位置に設置されている。
死してなお信仰を貫き通した人物として歴史を通じて人の心に残っていることが、どうにもかっこよく見えた。

サンタエウラリア大聖堂

そして大本命のイベントとして、カンプ・ノウに行った。小さい頃からバルセロナのサッカーに憧れていて、現地のスタジアムを見に行けるというのはとても興奮した。シンプルに驚いたのは、スタジアムが意味がわからないぐらいデカかったことと、試合もなにもない日に行ったのにも関わらずイベントやお店が盛況になっていたことだ。試合もないのにかなりの人がいて、イベントで盛り上がったりグッズを買ったりしている。そして試合でスターたちに会いに行ってチームを応援する。こうしてうまくお金が流れているんだなあ、と選手ながら勝手に感心した。
一緒に来た彼は若手のスターであるオランダ代表フレンキー・デ・ヨングのユニフォームを買っていた。服は特製ケースに入っていて(宅配ピザみたいな構造だったが普通にかっこよかった)ホテルに戻って開封してからは、フレンキー本人の記者会見かのように彼がユニフォームを真顔でひらひらさせていた。スマホにはシュールな写真が残っている。

その日の夜はどこか外で食べようということになったのだが、フラフラ歩いていて良さげな日本食のお店を見つけた。Restaurante FUTAMIという名前だった。丁寧に整備されたカウンターを抜けて二人用のテーブルに座り、日本人が握っているちゃんとしたお寿司や熱々のかき揚げを腹一杯になるまで食べた。学生である2人には非現実的な値段だったが、ここで出てくる料理はすべてが特別だと思えるほど美味しかった。

いろんな場所を彼と巡った。今まで外出を拒んでいたからか、スペインがこんなに美しい国だということを知らなかった。人が温かくて、食べ物が美味しくて、建物がカッコよくて、ストレスをいつのまにか解いていた。旅行が好きな人が多いことに、この時初めて納得した。そして同時に、なぜこんなに退屈だったのかがわかった。結局、この退屈さの正体は「孤独」だった。
うやむやに外に出ても全然楽しくなかった。一人でいる時間が高校のときに比べれば圧倒的に増えて、いつの間にか「一人でいる時間が好き」と自分に言い聞かせていた。それは間違ってはいないのだが、当然ながら一人でいるより馬の合う友達といる方が楽しくてどんなことでも話せそうだった。

スペインの建物は一人で入るのが難しい。誇張しているつもりはないが、一人で飲食店にいようものなら、犯罪でも犯したのかと思うくらい周りの目が冷たい。「うわ、あの人友達いないで外食してるじゃん…」といった具合だ。飲食店だけでなく、ほぼすべての商業施設は二人以上で楽しむのが常になっている。つまり一人で娯楽を消費するように設定されていない。
それ故に友達がきて懐かしい話をしながらいろんなことをする、というだけで妙に気が楽だった。今までメリットに感じたことすらなかった「一人でいろんなことが気兼ねなくできる」日本の良さにも気づかされた。スペインにおいて、孤独はいけないことなのだと言われているようだった。

今はマドリードにも日本人の友だちはいるが、寂しさを埋めるような付き合い方はしていないので自然と読書にはまるようになった。大学の授業もそうだが、サッカーとは別のことに没頭して孤独を紛らわせられると気づけたのはスペインの生活の中で良いことだった。

彼以外の友達はスケジュールや予算の都合でスペインに来ることができていない。関係が近い友達でもそんなに親密に連絡を取り合っているわけではないので、来る気配もあまりない。自分は普通に行ったり帰ったりしているのに、二国間の距離は遠いのだと勝手に寂しくなった。

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