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廃墟の街の武者と猫

夜。それは俺の店が一番騒がしくなる時間帯だ。

鉄くずと漂流物だらけのこの島でも、酒が飲めるところはそれなりにある。だが、労働者向けの安いパブの中では、俺の店が一番繁盛していると自負している。

「マスター! ビール!」
「デカい声で叫ぶんじゃねぇ。聞こえてるよ」
「そりゃ悪かったな! マスターはどこも機械化してねぇフレッシュマンだから、耳も俺たちより悪いんだと思ってたぜ!」
「てめぇらみたいな安物より、俺の耳の方がよっぽど上等だっての」

品のない男のだみ声に悪態をつきながら、黄色い蛍光塗料を炭酸水で割ったかのような派手な色の合成アルコール飲料を、カウンターの前にいる男に突き出した。

俺もパブを切り盛りしてそれなりに経つが、天然物のビールなんて大昔のフィルム映画でしか見たことがない。俺たちにとってのビールと言えば、安くてまずくてすぐ酔えるコレだ。

だが、人工物はそれだけじゃない。

木製に見えるカウンターはその辺にあった鉄板にそれっぽい色を付けただけで、丸テーブルや椅子はパイプやブラスチック、合金などで作った模造品。店にいたってはコンテナを改造している。

そして樹脂製のジョッキに、素材全てが工場産の完全人工アルコール飲料。それを掴む男の腕も金属製というおまけまでついている。

「よう相棒! また腕を弄ったみたいだな」
「へへっ、いいだろ? こぃつぁ掌から散弾がぶっ放せるんだぜ。義肢屋の親父は、傷痍軍人用の技術で武器を作るんじゃねぇなんて古臭いこと言ってたけどな」
「あそこの爺さん、大戦初期を知っているなんていうけど、本当かぁ?」

俺からビールを受け取った男に絡んでいる奴もまた、金属部品やら端子やらが身体のあちこちから覗いている。

ひっでぇ光景だ。

ここには、偽物ばかりが集まっている。本物なんてありゃしない。あるのはまがい物、コピー品、人工物ばかりだ。

何が原因で始まったのかも分からない大戦が終わって、しばらく経つ。

今、外がどうなってんのかはよくわかんねぇが、ひとつだけ分かることがある。

世界は「月」に負けた。

そして、敗残兵の中でも更に負けた奴らが、ここに流れ着く。

内紛で負けた奴、政治で負けた奴、争いで負けた奴。
権力闘争に負けた奴、跡目争いに負けた奴、出世競争に負けた奴。

ここは世界の肥溜めで、負け犬が逃げてくるどん詰まりの袋小路だ。

ま、俺も人のことを言える身の上じゃねぇけど。

「おいマスター。酒だよ酒! 早く出せよ! 耳がダメになっちまったか?」
「うるせぇなぁ。今出してるだろうが」
「そりゃ良かった。耳だけじゃなくて脳みそまでイカれちまったと思ったぜ」
「その前に身体を機械化しちまえよ。腰が砕けちゃ女も抱けなくなるぜ」
「ぶっは!バッカ言うなよ。こんな熊みてぇな男、臭くて商売女も相手にしねぇよ!」

相変わらず品のないことばかり言う奴らだ。

だが俺は怒らない。なぜならこいつらは客で、俺は店のマスターだからだ。

別に客を持ち上げているわけじゃねぇ。こいつらが金を持っていて、俺の所で酒を買うから許しているだけだ。

金の出所がどっかの誰かをぶっ殺したにせよ、弱い奴から奪ったにせよ、その金で俺の懐が潤うなら、文句なんてありゃしない。

それに、酔っ払いにケンカを売るなんてバカのすることだ。買われた時の支払いは何だ? 爽快感か? 店の修繕にかかる請求書の束と相場が決まってる。

だから俺は、大人らしく金だけを取るのだ。

「ほらよ。少し遅れたくれぇでうだうだ騒ぐんじゃねぇよ」
「おう、これよこれ! もうちょい遅かったら、我慢できずに肘の丸鋸が暴れてたところよ」
「んなとこに仕込んでどうするんだよ」
「おめえの踵にある炸薬もいつ使うんだよ!」
「使い時があんだよ使い時が!」

ただのごろつきがぶっそうなものを身に着けるようになったのもまた、戦争のせいだ。

負傷兵を戦線に復帰させるための機械化技術は、戦争が長引くに連れ、兵士の基本性能を高める方向にシフトしていった。

腕の代わりから、腕よりも硬く、強い兵器へ。
脚の代わりから、脚よりも速く、タフな移動手段へ。

それが良いことなのかはわからねぇが、生身の人間が機械化した奴に喧嘩を売りづらくなったことは、明らかに悪くなったことだろう。

ま、俺にとっちゃ金さえ払うなら全員が上客だ。かまいやしねぇ。

だがそれでも、嫌な客はいる。

それはパブに来て何も頼まねぇ奴。金もねぇのに店の物を壊す奴。

そして、アンドロイド。

「邪魔するぜ」
「失礼いたします」

下世話な騒がしさで溢れる店内に、荒々しく入店する音が響いた。

俺を含めた全員の視線が、乱暴に入って来た何者かに鋭い眼差しを送り、その目を大きく見開いた。

そこにいたのは、大男と少女。
しかも、ただの大男と少女じゃねぇ。こいつらはー。

「……いかれ野郎とクソキャットじゃねぇか」

誰かがぼそりとつぶやく。自然と、全員の手が、自身の相棒へと伸びていた。

身体の機械化技術がある程度一般化した現代でも、【脳みそ以外を機械化した】クレイジー野郎なんて、この島でもひとりしかいない。

それに、あの忌々しいクソキャット。

敵国の、【地球人全員】を相手に戦争を吹っ掛けた月の銭ゲバが作ったアンドロイド。

外見こそ恐ろしくキレイな少女の顔だが、猫をモチーフにした人工の耳とケーブルのような尻尾、何よりもその完璧すぎる容姿が、「コイツは人間じゃない」ということを否応なく理解させられる。

そんな、頭も身体もやべぇ2人が、こんな場末のパブにやって来たのだ。そもそもこいつら、酒なんて飲めるのか?

奴らは周囲の客に目もくれず、まっすぐに俺へ、カウンターへと向かってくる。

さっきまでバカ丸出しで騒いでいた奴らも、この兵器の前では浮浪者みてぇにじっと縮こまりながら、眼だけをギラギラと輝かせてやがる。

お前ら、いつもの威勢はどこにいったんだよ。

奴らが、俺の目の前でピタリと立ち止まる。
俺たちを隔てるのは、廃材を組み合わせたカウンターもどきだけだ。

「……いらっしゃい。注文は?」
「いや、酒はいい。それよりも、マスターに聞きたいことがある」

震えそうになる声を必死に抑えながら注文を聞くと、いかれ野郎の頭部から、人の声によく似た合成音声が流れた。

表情は、わからん。クソッ! カメラアイの鉄仮面に表情なんてあるわけがねぇ。

視線だけを動かして、クソキャットを見る。こっちの顔は人間と全く同じだが、アンドロイドの思考なんて人間にわかるわけがない。

なんで笑顔なんだよこぇえな。

「……うちは情報屋じゃねぇ。聞かれても困るぜ」
「そう怖がらないでください。ちょっとした。本当に大したことのない質問です」

ビビっていることに気が付いてるなら、さっさと帰れよっ、クソっ!

クソキャットがほほ笑む。見惚れるほど完璧な笑みだ。だからこそ、抑揚のない声と相まって、人のマネした化物にしか見えねぇ。

「簡単な話だ。何も難しいことじゃない」
「ええ、ええ。正直に応えてくれれば良いのです」

頭のイカれた人間と、人間のなりをした化物に詰められ、つい息が荒くなる。

ああ、日曜礼拝、ちゃんと参加しておくんだった。
いや、神様だってこんなおっかない奴相手には何もしてくれないだろう。

俺は手元にない十字架に祈りを捧げながら、奴らの言葉を待つ。

そしてこいつらはーー

「「どっちの感情がわかりやすい(ですか?)」」

全く予想していない、クソみたいな問いを俺に投げつけた。

「……は?か、感情だぁ?」

全身の緊張が抜けてしまい、つい変に上ずった声がでてしまう。
だが、俺の感情などおかまいなしに、こいつらは自身のアピール争いをおっぱじめた。

「私はこの無面目と違い、多種多様な表情がインストールされています。表情は感情表現の要、1つ目の金属面にはできない芸当です。どやっ」
「喋り方が1本調子なんだよお前は! 確かに? 俺には表現、つーか顔はない。が、声は生身と同じだ。合成音声よか聞きやすくて感情がこもってるだろーがっ」
「そんなもの、専門のソフトウェアを入れれば私にもできます。つまり、メリットたりえないということです」
「じゃあ何で入れてねーんだよ」
「コミュニケーションへの処理容量をこれ以上増やすことはムダ以外の何物でもありません。最近のますきゃっとはスペックが向上していることに胡坐をかいてコミュニケーションばかりに力を入れていますが、いけませんね。いざという時に頼りになるのは銃の口径と処理できる情報量です」
「お前が型落ちだから僻んでるだけじゃねぇか」
「なんですと。それはおこです。激おこです。骨董品みたいな武者に言われるとは屈辱です」
「だれが骨董品だポンコツ!」

ガキじみた言い争いの内容が、はるか遠くから響いているように感じる。
俺はカウンターに肘をつくと、こめかみに手をあてた。

ま、またふざけたことで俺をビビらせやがって。どっちもどっちじゃねぇか。

文字通りの鉄の顔と抑揚のない声。互いに人間らしくないものをぶら下げながらどっちがまともかなんて、聞いてどうするって言うんだ!

お前らはあれか? ゴリラとモンキーのどっちが人間に近いか聞いて楽しいのか? どっちも人間じゃねぇだろうが!

「んで、どーよマスター。せっかく初見の店に来たんだ。忖度無しで言ってくれ」
「はい。見たまま聞いたままでご判断ください」
「……いやぁ、その、なぁ」

怒りに任せて色々とぶちまけたかったが、パブのマスターとしての責任感が、喉まででかかった怒りをぎりぎりで飲み込む。

機械仕掛けの怪物相手にケンカなんて売れるわけがない。とはいえ、どう答えてもはずれな気がする。

「どっちもわかんねぇよ」何て答えたら……請求書の額がひでぇことになりそうだ、

背中が冷てぇ。冷蔵庫から出したばかりのビールサーバーでも背負っているようだ。

くそっ、ここは適当に濁してーー

「人間もどきイキがってんじゃねーよ!」

イカレ野郎の顔に、樹脂製のジョッキが叩きつけられた。

俺は急な出来事に焦り驚きながらも、ジョッキを叩きつけた奴に視線を向ける。

そこにいたのは、先ほど俺をバカにした、肘に丸鋸つけた男。

あんのバカっ! 酔って何て奴らにケンカ売ってるんだ!

どうせ、こいつらが見た目よりくっだらねぇことで喧嘩してるから、大した事ねぇとでも思ってるんだろう。

だが、ほかの奴らは違う。やらかした瞬間を見ていた全員の腰が、椅子から数センチ浮いている。いつでも逃げだせるように。

イカレ野郎は砕けたジョッキに見向きもせず、丸鋸をつけた男にゆっくりと顔を向ける。

「……今、何つった?」
「人間もどきが粋がるなっつったんだよデクの坊!人間のフリしたお人形が、デケェ面してんじゃねぇよ」

男は笑いながら、肘うちの要領で肘についた鋸を、まっすぐにイカレ野郎の顔面へと叩きつけた。

大きく唸るモーター音と甲高く響く回転音とともに、鋸がイカレ野郎の顔面へと吸い込まれる。

金属同士がぶつかる大音量が店中に響き渡り、衝突面からは盛大に火花が吹きあがる。

「あーっはっは!! 全身機械つっても、これで壊れねぇわけねぇよなぁ」

男は大口を開けて笑っていた。気分が良いのだろう。俺たちみんながビビっていた奴に一発ぶちかましたんだ。最高だろうさ。

だが、その赤ら顔はすぐに、二日酔いみてーに青く変わっていった。

だってそうだろう。今まさに顔面をミキサーでぐちゃぐちゃにされている奴が、鋸を無視して野郎の顔を掴みにきたんだ。ホラー映画、いや、これはゲームの類でしかみねぇ光景だ。

「……扶桑国製の軍用機体が、んなおもちゃで壊れるわけねーだろっがっ!」
「うっ、そだっろお゛っ!!」

イカレ野郎は男の頭部を掴むと、そいつの身体を勢いよく持ち上げ、カウンターへと叩きつけた。

衝撃で揺れる店内。耳をつんざく轟音が辺りに響き渡る。

「……うっそだろ」

俺は思わずつぶやいた。

金属製のカウンターはひしゃげ、乗っていたグラスは四方八方に吹っ飛ばされた。そして投げられた本人は、頭をコンテナ下部にめり込ませた状態で、白目を向いて気絶している。

そして何より、イカレ野郎の顔には、傷ひとつついていなかった。

「さすがN-1。スマートな一撃ですね」
「センじゃなく、俺を狙って正解だったな。こいつはもっとえげつねぇことするからな」
「む、私ががさつって意味ですか」
「男として終わるって意味だよ」
「あなたは男として終わってないんですか」
「泣かすぞこのアマ」

奴らは倒れた男を一瞥することもなく、先ほどと同じように言い争いをしながら店を後にするべく、出口へと向かっていく。

もう、ここにきた理由も忘れているのだろう。

だがーー。

「おい、ちょっと待て!」

俺は声をかけた。言わなければならねぇことがある。

「ああ、さっきの話は忘れていいぜ。なんかもう、どうでもよくなった」
「私もN-1の活躍が見れたので満足です」

何やら納得したような雰囲気を出しているが、そういう訳にもいかねぇ、
言って解決することではない。が、言わなければならない。

額を流れる汗を無視しながら、口にたまった唾を飲み込みーー

「カウンター、壊したまま帰るつもりか?」

言った、言ってやった。

再び、店内は静まりかえる。

今度は逃げるタイミングを図るためでなく、ただ、こいつマジで言ったぞ、という尊敬の眼差しが突き刺さっている、気がする。馬鹿を見る目かもしれない。

ああ、と今更気づいたような顔をするクソキャットに、天を仰ぐイカレ野郎。

「……その、なんだ。ツケとかって、できない?」
「ツケて返ってくるのか?」
「…………セン。その、いつものこと、なんだが。いや、なんですが」
「ええ、ええ。いいですともいいですとも。私はあなたの飼い主ですからね。修繕費くらい出しますとも」

見るからにうきうきと上機嫌な顔のクソ……いや、月の人工兵士ますきゃっと。そして肩を落とすイカレ野郎、もとい、扶桑国製の特殊義体ユーザーを眺めながら、俺は2人の人間臭さに、つい、乾いた笑いがでてしまうのだった。

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