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電脳神社に巫女ありて

VRCには様々なワールドが存在している。ファンタジーやSFといった定番ワールドから、現実に存在する場所を再現したワールドまで、本当に多種多様だ。

その中でも和風ワールドは、特にQuest対応がされている場所は、意外と多くない。
理由は不明だが、ワールドも個人が作成しているという現状、ワールド製作者の好みの問題やQuest対応をする上での問題があるのかもしれない。

そんなQuest対応ワールドの一角、とある神社に彼女はいた。

「神社には巫女がいなきゃいけないと思うんですよね」

初めて会ったとき、彼女は可愛らしい顔に似合わない野太い声でそう言った。

「……普通、神社に大事なのは巫女よりも宮司じゃね?」
「ここはVR、現実にしばられてちゃいけないっすよ」
「現実に縛られまくって巫女やってる人に言われたくないなぁ」

この会話がきっかけとなり、なんやかんや半年近くフレンドをやっているのが彼女?うんまぁ、彼女、との馴れ初めである。

どうやら、バーチャル巫女と称して様々な神社ワールドに出かけては、まるで「私このワールドの主よ」とでも言いたげな顔でワールド案内を行っているらしい。

俺も3回ほど説明会に出くわしたが、分かりやすい説明で悪くはなかった。参加者も、楽しんでいるようであり、むしろ彼女を求めてジョインする人もいるらしい。

だが、そういった活動をしている理由は、予想以上に私欲にまみれていて、それでいてぶっとんでいた。

「私のこれは、布教活動なんです」
「布教って、巫女の?」
「いえ、日本文化というか、和風世界の」
「和風?」
「はい。Questって、和風のワールドが少ないじゃないですか」
「まぁ、他のジャンルに比べると、少ないね」
「少ないんっす!PCワールドはあんなにあるのに、Questは少なすぎる!」
「いや、だけどしょうがないだろう。作っているのも有志なんだし」
「ええ、理解しています。ですので私が、未来あるビジターさんに和風の魅力を知ってもらおうと活動しているのです!彼らがワールドを作ってくれると信じて」
「ふーん。巫女服もそれが理由で?」
「いえ、これは趣味です」
「趣味なんかい」
「趣味じゃなきゃやってられないっすよ」

変な奴だ。だが、面白い人でもある。VRCには様々な人がいるが、彼女のような人には初めて会った。

「そんなわけで、あなたも巫女になりましょう!」
「なりません」
「えー。じゃあ和風世界だけでも好きになってください」

そう言って彼女は笑う。本当に、よくわからない人だ。

分からないと言えば、もうひとつ。

彼女はよく、境内でお参りをする。
目の前に置いてあるものがオーディオプレイヤーだろうが空っぽの空間だけが広がっていようが、本殿に向かって、綺麗な二礼二拍一礼をしているのだ。

「お参りしてもしょうがないだろう」
「どうしてですか?」
「だって、何もいないだろ。そこに」
「祈りは心です。そこに誰もいなくとも、神は見ています」
「神?稲荷とか伊勢の神とかが」
「いえ、電脳神が」

……やっぱり頭がちょっとおかしいだけなのかもしれない。もしくはゲームと現実の区別がついていないのだろうか。
俺はため息をついた。

「あのなぁ、電脳神なんてものはーー」
「1990年にWorld Wide Web、いわゆるwwwが生まれましたが、インターネット自体はその前からあります。今は2020年も通り過ぎましたから……だうたい80年くらいっすかね」
「どうしたいきなり」
「そして日本では、100年を超えた物品は神になるそうです。付喪神が良い例ですね」

ああ、彼女はこう言いたいのか。ネットが100年も存続すれば、神くらい宿るだろう、と。

「でも、100年前のものなんてどこにも残ってないぞ」
「けど、電波という概念は、そろそろ100年が立ちますよね」
「……おい、まさかーー」
「器に神が宿るなら、中身に神が宿らぬ道理はない!違いますか?」
「……極論すぎて引くけどな」
「私、極論って好きなんっすよ。ロマンがあって」

つまり、彼女は待っている、もしくはすでにそこにいると信じているのだ。新たな世界で今まさに生まれんとする、新たな神を。

バカげている、と思う。

科学が宗教の地位を失墜されてから幾年月。神の存在なんて疑わしいものを、科学の中から産まれることを待っているのだ。

見る人が見れば、バカみたいだろう。実際、俺もそう思う。

信じられないし、きっと産まれない。

だけど、まぁ。

「あなたは祈らなくてもいいんでしょう?」「そういうロールがしたくなっただけだ」「へぇ……」
「……なんだよその目は」
「いや、別にぃ。そのまま巫女服も着ない?」
「着ない」
「けち」

俺は神のいない本殿へ向かって、手を合わせて目をつむる。

祈る相手も願いもないが、こうして二人並ぶ時間を、感謝する言葉を胸の内でつぶやきながら。


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