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リモラン小説 たまにはこんな飲み方もいいじゃないか

2020.6.13

暑い。

暑い、暑い、暑い。

アツイ!!!

あまりの暑さに目を覚ます。冷房のついていない1DKの鉄筋コンクリート造マンションは、おおげさに言えばサウナのようだった。リモコンを探し当て、乱暴にスイッチを入れる。キッチンへ行きグラスを取り、蛇口を捻る。グラスに注がれた水を一気に飲み干してはみるが、この気温だ、適温とは言い難くぬるい。

「まだ6月だろ。」

去年の6月の気温なんて覚えちゃいないが、6月は梅雨とアジサイの奥ゆかしい季節だったはずだ。着ていたTシャツは僅かに湿っている。気持ち悪さを覚え、すぐに脱ぎ捨てる。

冷房というのはなぜこんなにも室内を冷やすのに時間がかかるのか。考えてもしょうがないことを考え、眠る前にエアコンを入れていなかった自分を呪う。

閉めきられていないカーテンの隙間から、穏やかな明るさが部屋へ滑り込んでいた。カーテンの向こうはまだ若干の明るさを残している。まさか明け方ということもあるまいし、夜というのにはまだ早い、そんな時間だろう。いつの間にか寝てしまっていたのか。頭が重いのは、決して寝すぎてしまったからだけではないことを俺は知っている。

昨日は久々に飲んだ。この状況で友達と会うのも久しぶりのことだった。記憶を辿ってみるが大丈夫、飛ばすほど飲んではいなかったようだ。少しハメを外しすぎたことを頭部の鈍痛が告げているものの、幸いなことに吐き気はない。

この辺りで今日が土曜日であることを思い出す。

土曜日は素晴らしい。

このまま寝たっていい、映画を10本観たっていい、このところ読めていない電子書籍を読んだっていい。もちろん飲み直したって、いい。

見方を変えればビールがうまい季節だ。飲み過ぎた日は迎え酒に限る。迎えてしまえば頭部の鈍痛もどこかへ行ってしまう。

冷蔵庫には俺好みの缶ビールが、いつかの飲み会の残りの缶チューハイと共に何本か冷えている。土曜日だから、というよく分からない理論で、今日はちょっと贅沢にギネスにしてやる。

黒い缶を取り出しプルタブを起こす。甘い香りと共にややコクのある液体が、喉を通り胃へ落ちる。先ほど口にした水道水とは雲泥の爽快感だ。二口、三口、四口と飲んでいくにつれ、頭部の鈍痛は裸足で逃げ出していった気がしてくる。

ダイニングテーブルに顔をつける。あんなに暑かった部屋にありながら、天板のウォールナットはまだ冷たさを残していて気持ちがいい。そのままデコにギネスの缶を押し当てる。これで鈍痛は跡形もなく逃げ去ったはずだ。

ピーロン

LINEの着信音がなる。そういえば起きてからスマホを見ていなかった。

なに?「夜のひとくちメモ」?

開いてみれば、以前リモートワーク中に登録だけしておいたオンラインキャバクラからの通知だった。毎日ご苦労なことだ。

オンラインキャバクラか。

LINE登録してみたものの、利用はまだしていなかった。なかなか可愛い子たちが揃っていたはずだ、とアイコンを見て思い出す。

なるほどいいタイミングでの連絡だ。俺は今日シャワーも浴びてなければ、髭も剃ってない。酒も飲んでしまっているので外に出るのも億劫だ。だが酒を飲んでいるからこそ、楽しく飲みたい。

スマホの時間を見ると、まだ19:00。LINEを送っているというなら、営業しているんだろう。

いいだろう、使ってやろうじゃないか。

スマホを操作しつつ、脱ぎ散らかされたスラックスの中のクレジットカードを探しに立ち上がる。そうだ、さすがにTシャツは着ないとダメだよな、と思い直しながら、くしゃくしゃに丸められたTシャツを持って洗面所に向かった。

夜というにはまだ早く、夕方というには遅すぎる時間。依然として俺はシャワーも浴びてなければ、髭も剃ってない。

スマホの小さな画面越しに写ったその子はもちろん可愛かったし、話もうまかった。くだらない軽口を叩く俺を笑ってくれながら、優しい表情で話を聞き、そして一緒に飲んでくれた。

たまにはこんな飲み方もいいじゃないか。

土曜日は素晴らしい。

このまま寝たっていい、映画を10本観たっていい、このところ読めていない電子書籍を読んだっていい。もちろん飲み直したって、いい。

スマホがなる。

今度は通知ではなく、着信みたいだ。さっきまで可愛い女の子が写っていた画面には、昨日飲んでいた悪友の名前が表示されている。

...いいだろう。

今日はまだ土曜日だし、明日は日曜日だ。

土曜日は素晴らしい。

これからシャワーを浴びて悪友と飲み直したって、もちろんいい。


※この小説はフィクションです。


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