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リモラン小説 何事もやってみなきゃ分からない

2020.6.9

「ではこちらの内容で見積書作成します。おそらく木曜日にはできると思いますので、メールお送りします。」

「よろしくお願いいします。」

今回は3人でのzoomミーティングだった。zoomを使ったテレカンも日常となり、慣れたものだ。俺の会社は今のところ「半リモート」といったところだろうか。情シスによれば回線のキャパシティが足りないらしくフルリモートへの移行はされていない。おかげでコロナ禍の4、5月であっても週に2度は会社に出勤していた。一時話題になったように捺印すべき書類もある。6月中旬からは通常業務に戻るという連絡が来ていたが、俺個人としては正直なところフルリモートでもいいくらいだ。

「ところでこのあと予定ありますか?」

不意に尋ねられる。時刻は20:00を少し回ったところ。テレカンの予定もこの後はないし、今日中にすべき仕事は既に終わっている。

「いえ特にないですけど。」

意図を図りかねて答える。少し冷たく聞こえてしまっただろうかと考える。

「でしたら、ほら、こんなご時世ですし、いかがですか?いま流行りのzoom飲み。」

そうきたか。彼らはこういった類のコミュニケーションが苦手だと勝手に思っていた。

何度かしたことあるzoom飲み。正直、俺は気に入っている。なにより飲み終わってタクシーで帰る手間のない気軽さは、何ものにも代えがたい。また相手以外に誰かが入り込む余地が無いから、個室居酒屋のような親密さも生まれる。

「いいですね。じゃあせっかくですし、飲みましょうか。」

キッチンへ行きタンブラーを取り出す。温度が変わりづらい真空断熱タンブラーはお気に入りだ。落として割れない所もいい。タンブラーにコンビニのかち割氷を入れる。ラフロイグをゆっくり注ぎ、それよりもゆっくり炭酸水を注ぐ。ピートの香りがキッチンに広がる。

彼らとは何度か打合せを重ねているが、思えば会食的なものは1度もなかった。この後メシでも、的な話にはならず(そもそもどちらかの会社のミーティングルームで行うことが多かった)、打合せ終わりでいつも解散していたのだ。そのため「仲を深める食事会」などは特に求めていない人たちだと認識していた。

あるいはこのコロナ禍で彼らの中に心境の変化が生じたのかもしれない。自粛生活も長くなると人恋しくなる人もいるらしい。俺は特段感じなかったが。

「それでは乾杯でもしましょうか。」

自室のデスクに戻ると、既に二人は揃っていて、各々のグラスを持ち上げながら先方の上司の方が言う。

「お待たせしました、乾杯。」

画面の前にグラスを掲げる。グラスも触れず、チンという音もならないが飲み会開始のしるしになる。

「何飲まれてるんですか?」

先方の部下の方が訪ねる。

「ハイボールです。スコッチが好きで。」

答えると何故か上司の方が、食い気味に言う。

「ウイスキーお好きなんですね!自分もこれ、アイラに目が無くて。」

画面に打ちしだされたのはボウモア12年のボトル。俺の飲んでいるラフロイグと同じアイラウイスキーだ。

「奇遇ですね!僕もアイラ好きなんですよ、これラフロイグです!」

「知らなかったなあ。ホントに奇遇ですね!今度ぜひ飲みにいきませんか?表参道にいいお店があるんです。TOKYO Whisky Libraryっていうんですが。」

「ああ!そこ行ってみたいと思っていたんです。ぜひ行きましょう!」

部下そっちのけで二人で盛り上がる。盛り上がったテンションが自然と言葉にも表れているのに気づく。

アイラウイスキーはスコットランドで作られるスコッチウイスキーの中でも特にアイラ島で作られたものをいう。強いピートの香りが特徴で、「薬くさい」とか「煙くさい」などとも言われる個性的なウイスキーだ。俺はこの強いピートの香りが好きで、昔から飲んでいる。

それにしても上司の方と酒の趣向が同じだとは知らなかった。今まで一緒に飲んだこともないのだから当然と言えば当然だが、まさかzoom飲みで意外な共通項を発見することになるとは思わなかった。


ウイスキーの話題を皮切りに、zoom飲みは結構盛り上がった。割と部下の方は置いてけぼり感もあったが、まあそんなもんだろう。こうして話に花が咲いた会食だと、決まって2軒目はキャバクラやクラブなどに移動するのだが、それが無いのが少しばかり寂しくはある。気が付けばコンビニのかち割氷も1袋目が空になっていた。

「そういえば、オンラインキャバクラってあるの知ってます?」

久々に口を開いたと思ったら、部下が耳なじみのない単語を言う。ちょうどキャバクラなどの2軒目が無いことを考えていた時だったので、心を読まれたような気まずさを少しだけ感じる。

「なんだそれ?キャバクラをオンラインで?」

上司も知らないようで話に食いつく。部下が言うには、zoomやSkypeといったテレビ電話のサービスを使って、画面越しに女の子が酒の相手をしてくれるらしい。

「以前、友だちと飲んでる時に利用したんですが、ここ良かったですよ。」

ブラウザが共有される。画面に映し出されたサイトにはキャバクラの宣材写真とは幾分様子の違う女の子たちの顔が並んでいる。

「へぇ。オンラインラウンジというのか。キャバ嬢でなく素人的な女の子を集めたお店なのか。どうです?呼んでみますか?」

画面に見入っていた俺に、突然上司の方から打診される。

「あ、はい。」

間の抜けた声で答える。反射的に答えていたが、楽しそうだなと感じているのも事実だ。

「分かりましたー!2人呼んじゃいますね!」

部下は仕事の時より仕事が早い。なにやらスマホを弄っているが、お店に連絡しているのだろうか。

しばらくすると

「準備出来たっぽいんで、一旦ミーティング解散しますね!3人のLINEグループにzoom招待のURLとIDとパス送るので、そちらで合流しましょう。」

と言い残し、ミーティングから退出していった。程なく宣言していた通りLINEが届く。ここにアクセスすれば普段行くキャバクラのように盛り上がった酒の席になるのだろうか。まあ何事もやってみなければ分からない。そうだ、先にハイボールを作っておかなくては。

「結構飲んだな。」

少し頭の中心部が重い気がする。やはり一人で飲む酒と比べ、人と飲む酒はうまいし、進む。自宅からのzoom飲みだからタクシーを捕まえて帰らなくてもいいし、あまつさえ道中寝てしまって気持ちいい眠りから目覚めさせられることもない。

1時間で終わるつもりが延長もしてしまい、たっぷり2時間利用していた。オンラインラウンジ、なかなか侮れないなと思う。時計の短針は、もう今日が始まったことを示している。

冷蔵庫を開け炭酸水をペットボトルのまま飲む。喉を刺す刺激に、幾分頭がすっきりしたような気がする。

この状況が落ち着いたら、表参道のウイスキーの店に今日の三人で行こう。上司の方とああでもない、こうでもないと蘊蓄を語らいながらウイスキーを楽しみたいと思う。もしかしたらその後六本木に行くのもいいかもしれない。

さあ、熱い風呂へ入ることから今日を始めよう。明日に頭の重さを残さないように。すっきりした頭で、今日の朝を迎えられるように。


※この小説はフィクションです。

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