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わたしはどこへいったのか。

○小学生時代 (学校)


わたしは幼児の時、活発で、好奇心旺盛で、負けず嫌いで、素直に気持ちを表現することができていた。とにかく外で遊んだし、公園にもよく連れて行ってもらっていた。

小学生になっても同じように、外で体を動かすのが好きであった。また、勉強もそれなりに好き。

勉強も、運動も、自分なりに努力して一生懸命行った。
すると、他の人よりも時間をかけずにできてしまうのだ。

逆上がりなんかもできた。連続逆上がりだってできた。一輪車だって乗れるようになった。


ある日、逆上がりができるようになったことが嬉しくて、まだ素直だったわたしは、友だちにすぐ伝えた。

「逆上がりができるようになったよ!見て!」

やって見せた。

わたしは一緒に喜んでもらえると思っていたが、思っていた反応とは違った。

**
「自慢しないで」**

驚いた。これは自慢なのか。できるようになるために、自分なりにたくさん練習した。それを友だちも見ていた。でもこれは自慢なのか。
その友だちはいい顔をしていない。ということは、あまり出来ることを言わない方がいいのか。

と、幼いわたしは考えた。思い返せばこれがきっかけだったのかもしれない。
笑って返せばよかったが、わたしにはそれが出来ず、小学生なりに考えて、傷ついてしまったのだ。

そして、出来ることを言うことは、自慢になるのかと考えた。

学んだこと

・できることを言うと、自慢になる。

○小学生時代  (習い事)

習い事でもそうだった。同じ年代の子たちに比べて、わたしはいろいろなことが器用によくできた。もちろん、努力している。一生懸命やっている。

だから、自然とよくできる子たちのグループに入ることになった。そこには、同じ年齢の子は誰もいない、年上のグループだった。

わたしはそこでも今までと同じように自分なりに一生懸命取り組んだ。

するとここで、目立ち始める。

他の年上の人よりも出来るようだ。すると他の人たちがわたしのことを気に入らない。

直接いじめられたり、嫌なことを言われたりはしなかったが、よく思っていないのは、子どものわたしでもわかるほどだった。
先生には気に入られ、期待されていた。

しかし周りの人たちは、そんな努力もしていなさそうな、年下のわたしが気に入らないのだ。

目立つってよくない

わたしはいつしかそんな風に考えてるようになった。

しかし、少し大人になっているわたしは、
多少のことは気にせず、とことん努力した。
周りから何を言われようと、必死で食らいついた。
このころは週の半分以上、習い事に通わせてもらっていた。
もっと上手になるために、自分の欠点や弱点を知り、それを克服するために研究し、何度でも何度でも練習した。

楽しかった。わたしはその習い事が好きで、しかも突き詰めるのが好きだった。でも必死だったのだ。

周りから何も言われないようにしようと、必死だった。

そんな風に過ごしていると、
だんだんと結果が出てくる。大会では賞をもらうことが増えた。すると周りの反応が変わった。

だんだんと周りの人たちが、わたしを認めるようになってきた。そうなると、陰で何かを言われることもない。
随分と居心地がよくなった。


しかし、ふっと、何がきっかけがあったわけではないが、体調を崩した。
しんどくなってしまった。
夜遅くまで、練習をし、次の日の朝には学校にいく。すると、睡眠時間も短くなり、生活リズムも崩れる。小学生の高学年だったわたしには、確かに体力的に限界だったのかもしれない。
体調不良はしばらく続き、

あ、もういいや。これ、やめてもいいかもしれない。

と思ってしまった。

今考えると、よくあるドロップアウトというものなのか。燃え尽き症候群というのか。

とにかくわたしは、その習い事をやめた。


それからは、のんびりと残りの半年ほど、小学校生活を送った。


学んだこと

・目立つのはよくない→嫌な思いをする

・頑張りすぎるとしんどくなる


○中学生

中学生になり、部活に入った。

新しいことに挑戦するのは好きだった。楽しかったから、必死で練習した。

すると、ここでもわたしは器用さを発揮する。

同じ年代の子よりも出来るのだ。

あ、また同じかもしれない。

多少成長したわたしはそう思った。


だから、今度は、出来るだけ目立たないように、周りから気に入られるように頑張った。

つまり、空気を読み、目立つことはせず、周りの人たちがいい気持ちになるように、行動した。


自分のことは出来るだけ隠した。
出来ることも、「そんなに出来ない」と謙遜するようにした。


そうすると、周りの反応が以前と違うものになった。

「いやいや!出来てるよ〜!いっぱい練習してるもんね。」

と笑顔で言ってくれるのだ。これにも子どもながらに驚いた。
わたしは、出来ないふりはしていない。やらなければいけない場面では真剣に全力で行っていた。

しかし、謙遜するだけで、空気を読んで発言するだけで、こんなにわたしへの見方が変わるのだ。

学んだこと

・謙遜すること

・空気を読むこと

・がんばることには手は抜かないが、出来ることも、そんなに出来ませんと言うこと



○高校生

この頃になってくると、空気を読み、周りに合わせ、上手く自分をコントロールしながら過ごせるようになってきた。


小学生の頃にしていた、習い事を復活させた。

しかし、これはわたしの試練だった。

もちろんブランクがあるから、前できていたことができない。当たり前だとわかっているが、恥ずかしかった。

前はできてたいたのにね。

どこかでそんな声が聞こえる気がした。しかし、前のような心配はいらなくなった。
こんなわたしを羨ましがる人はいない。
悔しかった。


小学生の時に比べて、体も大きくなっている。
身長も伸び、体重も増えた。体が重い。できない。走れない。つらい。恥ずかしい。悔しい。周りの人たちはできている。なのにわたしはできない。しんどい。

また、小学生のころと同じように、周りの人にも好かれようと頑張った。
中学生の時に学んだことを活かした。
それは自分を出さなず、周りに合わすこと。

とにかく、わたしは、全てのことに必死に頑張った。また、小学生の時と同じように、取り戻そうと、必死だったのだ。でもそれは楽しんでやっていた。



一方で、高校は、所謂進学校に通った。
入学式で、大学入試のことについて話されるような学校である。

大学にも行きたかったので、勉強も必死に頑張った。


朝は高校へ行き、そのあと習い事に行き、夜遅くまで練習して、家に帰り、課題や勉強をし、次の日は、高校へ行く。


そんな毎日を過ごしていた。
勉強も習い事も必死で頑張った。小さい頃からの負けず嫌いで、とにかく負けたくなかった。自分に負けたくなくて、必死だった。



すると、また体調を崩す。
今度は食欲がなくなった。
ご飯を食べられなくなった。


朝はチーズをひとかけら、昼は小さいおにぎり1こ、夜は、親が作ってくれたものを少しずつ。


もちろん親は心配してくれた。病院にだって連れて行ってくれた。習い事も、勉強もしなくていいよ。休憩しよう。と言ってくれていた。
しかし、わたしはわたしに負けたくない。頑固者だった。


ご飯は食べられないまま、出来る範囲で頑張った。
しかしそれにも限界はくる。


体重は10kg以上減り、もちろん生理も止まった。ずーっととまっていた。


ここでやっと、おかしい。わたし変かも。
と思った。
精神的にも肉体的にもおかしくなっていたのかもしれない。

このままではいけない。

やっと気がづいた。

それから、
自分は思っているほど強くない。
弱い人間だ。やりたいこともできないのだ。

と自己否定するようになったのと同時に、
わたしはできないのだと、諦めるようになった。



勉強も習い事も、諦めた。
体調を崩していたときは、学校も休みがち、遅刻しがち、習い事も行ったり行かなかったり。

2回目のドロップアウト。燃え尽きた。

わたしの自尊感情はがたがたに崩れていった。

ただ、救われたのは、親はもちろん、友だちだ。
ずっとわたしに寄り添ってくれる友だちがいた。
この子は今でもなかよくしてくれている。感謝である。


学んだこと

・自分は思ったほどできない。

・勉強も習い事もできない

・あきらめ

・自分に負けた

・自分は強くない

○大学生

そんなこんなで、ぐだぐだだったが、なんとか大学に行けた。
とにかく親をはじめ、周りの人たちに感謝である。 

このころになると、小学生、中学生で学んだことは、息をする様にできるようになっていた。
空気は吸って吐くだけでなく、読むのも得意である。
自分を目立たないように、行動する技も身につけた。

大学ではとにかくゆるく過ごした。
高校の時に落ちた体重も少しずつ戻ってきた。
体重が増えると、生理もくるようになった。
なんだかんだ、3年ぶりだった。

わたしは根は真面目なので、さぼったり遅刻したりはしない。ゆるく、それなりに頑張った。


面白そうなことには飛びついた。ただ、子ども時のように、何も考えずに参加はできない。

空気を読むことを息を吸うようにできる技を身につけたので、
わたしが入ったら迷惑かな。わたしがやってもいいのかな。新しいところは恥ずかしいな。周りがなんて思うかなと、いろいろ考えることができるようになっていた。

もう大学生の頃には、このように考えることが定着していた。


しばらくして、わたしは海外へ留学した。
ここでは空気を読むとか、そんな程度のことで周りからよく思われることはない。
日本人というだけで、差別があるのだ。それを実感して帰ってきた。
もちろん、海外の文化や、良いところ、言語など、いろいろ学んだし、新しい世界をみて、自分の視野が広がったし、楽しかった。
しかし、日本人という存在で、差別がある。
知ってはいたが、体験すると、つらい。
それが印象的だった。

就活は、持ち前の負けず嫌いを発揮し、行きたいところへ就職することができた。嬉しかった。努力が実った。
ここでももちろん努力したが、体調を崩すほどではない。
自分にあきらめていたので、そこまではしない。

そして、就活を気に、習い事もやめた。

ああ、なんか冷めてしまっていた。
わたしってこんなものか。

学んだこと

・力の抜き加減

・新しい世界と日本人差別があること

・全てへのあきらめ 

○社会人

社会人になってからは、やりたかった分野の仕事につくことができ、必死に頑張っている。
集中する対象が仕事だけになったので、
体調を崩すまでは頑張らないように、上手く調節しながら生活している。

今までの経験から学んだことをきちんと生かしている。


ある程度落ち着いてきたら、自分と向き合う時間ができてきた。


わたしはこのままでいいのか。
習い事をしていたころのような情熱はどこへ行ったのか。


周りをみて、周りに合わせ、空気を読み、その場その場で自分の意思とは関係なく、とにかく自分を抑えて、その場の人たちのことを優先してきた。

自分って何が好きなんだ?
得意なことってなんだ?
何ができるのだろう?
自分の存在意義って?


わたしは小さい頃から、どんなことも「それなりに」器用にできる。
仕事も、手は抜かないが、取り返しのつかないミスをして怒られたこともない。
もちろん失敗はしている。そして、その都度指導してもらってきたことにも、感謝している。


手を抜いて、ぼーっと生きているわけではない。
やらなければならないことは、しっかりやっている。
世間的には上手くやっている。
恋人とだって、その都度「それなりに」上手く付き合ってきた。

けれど、わたしは
「自分」と、ものごとに対する「情熱」をどこかへ置いてきてしまったようだ。
それと引き換えに、どこかで「あきらめ」を拾ってきた。

何をしたい?
なんでもいいよ!みんなは?

何が食べたい?
うーん、これもあれもいいなぁ〜!みんなは?

どこに行こうか?
ここもあそこも行ってみたい!みんなは?

まわりに合わせている方が、わたしは安心するのだろう。


わたしは誰の人生を生きてきたのだろう。
「わたしの肉体」で、誰の人生を生きてきたのだろう。

それがわからなくなってしまった。


○これから

わたしはわたしのはずだ。
誰でもない、嫌でもわたしなのだ。
そのわたしはどこへいったのか。

どこかで自分をぎゅ〜っと小さく小さくして、小さな「箱」に押し込んでしまっていたようだ。

その「箱」はどこに置いてきたのか、探さなければならない。

このままではいけない。



しかし、わたしは本当に恵まれている。
家族や友だち、習い事の先生、学校の先生、職場の人たち、本当に人に恵まれた。ありがたいことだ。
また、習い事をさせてもらったこと、心から心配してくれたこと、親に感謝である。


それはわかっている。いろいろな人から、大切に大切にしてもらった。
だから今、こんなことを思っているなんて、口が裂けても言えない。

さあ、わたしはどうしようか。


自己改革をしなければならない。
久しぶりに、負けず嫌いを発揮しよう。
自分に負けない。

このままではいけないのだ。
「箱」をさがしにいこう。


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