見出し画像

師範になっても学び続ける理由

私が正筆会でかなを学び続ける理由

私が正筆会でかなを学び続ける理由を改めて考えるようになりました。
かな作品をつくる場合、漢字とかなとをうまく調和させて作っていきますが、それがどうにも私が作るかな作品は、アンバランス感が否めないのです。

私が、かな作品で目指すところは漢字とかなの「調和の美」です。

かな作品作りで、ついつい悪い癖が出るのですが、それは初めにこれを書こうと決めたら最後までそれにこだわってしまうところです。
良くないと分かってても、途中で難しくてどうにもならないと思っても、変えようと思わず頑張ってしまいます。
ムキになっても良い作品は作れません。
いくらでも良い字がある、自分の好みに合う歌は他にも沢山あると通信の先生から、「かな」を学んで考えるようになりました。
創作は自分で直そうと思っても中々、自分の力だけでは、上手くいきません。
線ばかりに気を取られてもいけないし、文字造形も色々と工夫しないといけないところもあります。
と言っても、作品の決め手はやはり線なのではと思うのです。線が良くないと良い作品はできないと頭の中で思い込んでるからです。
文字の配列、空間の処理については私はまだ考えが足りてないです。
全体を見て1つの紙面構成が上手く出来上がっていったら理想的ですが…。
余白の活かし方もこれからも継続して学ばなければなりません
そういったことを考えてるので、正筆会でかなを学んでます。また、会派のかな文字が好みだからでもあります。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?