見えるからこそ見えないもの、聴こえるからこそ聴こえないもの
危ない、と思った瞬間だった。
右手に白杖を持ち、左手でキャリーケースを引いていた男性と、点字ブロックの上を歩いてきたスーツ姿の男性が正面衝突した。その瞬間、スーツ姿の男性が怒鳴った。
「目も見えねえくせに旅行なんかしてんじゃねえよ」
今朝の混み合う地下鉄駅での光景である。
大学時代、学習塾の講師のアルバイトをしていたことは何度か書いた。その中の生徒で、聴力が不自由な女の子がいた。補聴器を着けて辛うじて聴こえるらしい片耳で、私の授業に懸命に臨んでくれた。一対一の静かな空間である。
発声もあまり得意ではない様子で、とても寡黙な高校生だったが、ある日、授業の合間にこんな話をしてくれたことがある。
「オーケストラが好きなんです」
少し返答に困ってしまったところへ、
「音なんてほとんど聴こえないですけど、あの雰囲気と演奏の様子を見るのが好きなんです」
たどたどしい言葉では伝わらないと感じたのか、彼女は手元のノートに走り書きした。
「I like to watch orchestra.
↑英語、合ってますか?」
冠詞がない、と訂正することもできたが、私は大きく丸をつけた。冠詞の要否や用法など、別の機会に教えればよい。
はっとした。
音楽鑑賞とは、ただ音を聴くだけのことではないのだ、と改めて気づかされた瞬間だった。演奏者の表情や演奏場の空気、全員の一体感――、そういうものを彼女は感じ取っている。
その意味での動詞「watch」。オーケストラの会場には、目をつぶって巧みな旋律に耳を傾けている人がいる一方で、聴覚以外で楽しむ人もいるということ。そんな単純なことを、いつの間にか見失ってしまっているのではないか。自分自身の浅薄な先入観を、世界の常識と思い込んでしまっているのではないか。
――今朝の衝突を見かけた瞬間、そのエピソードを思い出した。知らない街を「見る」ことだけが旅行ではない。sightseeingが観光なら、sound-listeningだって観光であっていいはずだ。
白杖から伝わる触覚と、研ぎ澄ました聴覚で歩を進めていた男性は、突然耳元で怒鳴られて狼狽している様子だった。
男性が向かおうとしていた乗り換えの改札口まで連れていった。「ありがとう」と別れ際に頬を伝った彼の涙は、そっと哀しげにきらめいた。
その男性は、自分の涙の色を知らない。しかし、その苦さは心の内から一生離れないことだろう。
寂しい朝の出来事だった。
(文字数:1000字)
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