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無料という名の"ブラックバス"


はじめに

先日、こんな投稿をSNS上で見かけた。


【プロレス業界では、ファンに無料でモノを作らせてることが多い】という、デザイナーからの指摘…。


ただ、団体・プロモーション・選手側が無料ないし適正でない安価でオファーしている事例が多いのか、逆にファン側から団体・選手に「無料でやらせてください」と掛け合っている事例が多いのか、一ファンからの視点だけでは判別できないところはある。
だから、実際にデザインに携わってる業者側から、「無料でやらせてください」と掛け合っているファンが意外と多いとの指摘がなされたのは個人的に衝撃だった。


ただ、前者なら業者やクリエーターを安く買い叩いてる訳だし、後者は後者で諸々の思惑を見極めなければ、依頼する側にとってリスキーだと私は感じている。

私は絵を描いたり、仕事として写真を撮ったりするクリエイター側の人間ではないし、当然ながら中の人でもない。

そして、ファンアートから公式ビジネスの可能性に繋がっていく流れだとか、ファンが団体や選手側から見出だされて名を上げることの全てを否定するわけでもない。


しかし、「無料でやらせてください」というアクションは、例え出処が依頼主側であっても、クリエイター側であっても、最終的にクリエイターのやりがい搾取を助長・推進してしまう行為ではないかと憂慮せずにいられない。

その流れが変わらない限り、仕事の健全性は確保されないし、そこで仕事をしているプロにまで影響が及ぶだろう。

前々から何となく思っていたことだけど、こういう指摘を見て私なりに感じたことを、今回書いてみました…。


①「無料でやらせてください」は、価格破壊のアイコトバ

所謂お友達価格とか、付き合いとか、よしみとかで安くなっているなら未だしも、ファン側からの一方的な「無料でやります」という逆オファー…。

ハッキリ言ってしまえば「私はプロじゃないです」と宣言しているようなもので、仮にもしプロだとしたら、その発言は自殺行為に等しいのではないだろうか?

プロとして飯を食っている人ほど、そんなことは言えるような内容と思えないから。

自分から無駄に適正価格を押し下げることは、依頼主から足元を見られるし、「安く御仕事を頼めるんだ」という風潮を形成しかねない。
それは最終的に、刻苦した技術で飯を食べているプロのクリエーターに皺寄せとダメージが来るアクションではないかと私は思うのだ。

だからこそ、クリエイター側は自分から安易に無料や安価を提示してはいけないし、依頼する側も安易にそれを呑んではいけない。

金を伴った適正なやり取りこそがビジネスとして成立し、商売として繋がっていくのだから…。


②成立してしまっている歪なWin-Win状態

「ファンの人に無料で作らせている状況はプロレス業界くらいしかない」というクリエイター側から成された今回の指摘だが、こういうのがあると、SNSでイラストレーターの人とかが「条件提示されたけど『無償でお願いします』とか言ってきて舐めてたから断った」みたいな話が出てきてもおかしくはない。

でも、プロレスだと表立ってそういう話は中々聞いた記憶がない。
「自分の写真が無断でグッズやコラムに使われていた」という話はちょいちょい聞くけれど…。
(それもそれで問題あるんだけどね、後述…)


結局のところ、作っている側と依頼している側の需要と供給、利害が一致してしまったから、この関係性が今もなお成立しているのだと思う。
ただ、このWin-Winや関係は、私には金のやり取りよりも、双方の歪な思惑が蠢いているように見えてしまう…。


ファン側は、団体や選手から自分のイラストや写真を使って貰えるのは、(余程その選手が嫌いとかで無い限り)悪いこととは思わないだろう。寧ろ、嬉しいものだ。
「選手や団体に自分のものを使ってもらえた」という事実と嬉しさが、金銭的な見返りを求める気持ちよりも先に来るんじゃないかと。
そして何より、この事を自分の実績に出来るし周囲に誇れてしまうという現実がある。


一方の団体や選手側も、(誤解を恐れず言うなら)ノンプロの方がプロより費用も間違いなく安く抑えられるはずだし、相手から「無料でやらせてください」と言い寄られてる手前、そこに飛び付く可能性も無理はない。

それはもう、個人的には「結婚式や運動会といった晴れ舞台のカメラマンを、プロに頼むのか? それともカメラを持っている親族や知り合いに頼むのか?」という嗜好や価値観の問題になりそうな気はしてる。

しかし、金のやり取りを伴わない関係が当たり前になってしまうと、プロに仕事を依頼する流れで「あの人は無料で作ると言ってくれましたよ?」みたいな前例が出来てしまう恐れがある。
これはもう、「無料でやらせてください」と言ったり呑んだりしたばっかりに、ビジネスに支障を来す前例が産み出される悪例とは言えないだろうか?


③倫理観とリスク

これはあくまでも、個人的な推論として…。

個人的に、「無料でやらせてください」と自ら言わなくとも、熱心にイラストや写真をクリエイトしていれば、相手方から自然とオファーが届くこともあると勝手に思ってしまう。

だが、ファンアートが盛んでグッズになることも多いイラストの分野なら未だしも、それ以外の箇所で「プロの仕事をファン上がりに代替させてしまってる」状況があるのは、ファンから団体ないし選手に言い寄ってくる行為が少なくないからというのもあるんだろうなあと私は考えてしまう(偏見)。

ただ、前述したように「無料でやらせてください」と自ら相手に言い寄る行為は、プロとしてそれを生業にすることと相容れないアクションである。

そうした金銭的な見返りを放棄してでも「無料でやらせてください」などと言うのは、純粋に「団体や選手の力になりたい」という奉仕精神以上に「団体や選手に近づきたい」思惑も見え隠れしてしまうのだ。


プロだと威張らないような当たり前の内容も、ファン上がりはステータスにして威張ってしまう、みたいな。
「タダより高いものはない」と言うのは、何も仕事の精度だけではなく、素性の知れないノンプロを受け入れることのリスクも孕んでいる。
そして、そのリスクを背負う覚悟が、仕事を依頼した主には果たしてあるのだろうか…?


また、ファンが撮った写真だと、公式の写真より品質以外の面でもリスクが伴う。

よく選手などがSNSの投稿で使う写真を"借りる"くらいの範疇ならば未だしも、シャツなどのアイテム販売になった時ほど、なあなあな関係で終わらせると何の罪もない業者にまで批判の火の粉が飛びかねない。


過去に見かけた一例を…。

①:選手が、ファンが撮った写真をSNSで見つける

②:選手が写真を保存して、撮影者に一声かけぬまま、それを自身のグッズや連載に使う

③:①の撮影者が②で写真を使われている様子を見て、写真を使ってる業者や媒体に「無断転載」と抗議する

④:その写真自体、選手側から業者に持ち込まれたものだったと判明


こういう流れを見かけたのが1度だけではなかったりしたので、「公式でない写真を使うのは少なからずリスクが伴うんだよなあ」という懸念…。
「そういう写真を使った業者側も悪い」という落ち度はあるのかもしれないけど、当の選手側から持ち込まれている以上、全てをキッチリとチェックしていくことは受け入れた業者側だけだと限界もあるだろうし。

だからこそ選手や団体側も、撮り手と選手の関係性で成り立っている「写真お借りします」というグレーゾーンの感覚を、対価の発生するようなビジネスの場にそのまま持ち込んではいけないのだと私は思う。
そこをなあなあにしてしまうと、一番迷惑がかかるのはプロの業者の方なのだから…。


まとめ

私は団体の中の人とかでは無いから、グッズデザインとかカメラマンとかがどういう話で成り立っているのか分からない。
でも、しがないファン目線でも「そこはプロに任せてないのか…」と考えてしまう部分はちょいちょいあった。

その辺に関する疑問とか懸念をSNSに記したら、そこそこ反応をいただいたので、今回記事として吐き出してみた。


プロレス業界に限らず「テレビから解説のお願いを依頼されたけれど、安価だったので断った」、「イラストの依頼を無償でやってくる企業って何なん?」みたいな話はSNSで定期的に流れてくる。
そういう不当な話を断れるのは、その人自身がプロとして仕事をしてきたことの一般的感覚や自負なんだと私は思う。

だからこそ、「無料でやらせてください」という、なあなあでグレーな関係性をビジネスとして当たり前のように取り込んでしまうことは、最終的に仕事の倫理観や制度や業界の発展をも阻害しかねない由々しき事態だし、クリエイターから搾取する流れをも常態化しかねない。

事前許可無しで「写真お借りしました!」と使う感覚を、金のやり取りを伴うビジネスの領域にまで持ち込んでしまうと、トラブルを引き起こす原因にも繋がるし安価という条件以上のリスクが伴う。


そうした風潮を是正していくには「無償でやらせてください」と言い寄ってくる"ブラックバス"の要求を呑まないことが肝要だろう。
それは、選手や団体といった依頼する側にも、デザイナー側にも言えることではないだろうか?

そんなことを、私は今回の指摘を見ていて思ったのでした…。

無料でやるのは、チラシの裏の落書きだけでいいです。。。

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