見出し画像

本気で生きているのなら~2024.6.16『関札皓太vs佐藤孝亮』~


はじめに

2022.5.5、大日本プロレス横浜武道館大会。

毎年、こどもの日に横浜文化体育館で開催されるのが恒例となっていた大日本プロレスのビッグマッチは、2020年の横浜文化体育館閉館により、一時的に歴史が絶えた。

そこから約2年後の2022年、横浜文化体育館の斜向かいにオープンした横浜武道館に、大日本プロレスのビッグマッチが帰還した。


その記念すべき第1回大会は、個人的に2022年の年間最優秀興行だと言い切れる素晴らしい内容だったのだけれども、私自身その中で今でも忘れられない試合がある。

第5試合に組まれた、『関札皓太vs佐藤孝亮』によるBJW認定Jr.ヘビー級選手権試合であった。


後半に組まれた4大王座戦の先陣を切る一戦は、佐藤の負けん気の強さと、それを全て受け止めていく関札による熱闘となり、大会中盤に更なるガソリンを投下していった。


この大会は全試合良かったけれど、中盤で勢いを加速させたJr.ヘビー級選手権試合は、私の中で今でも大会ベストバウトだったと確信している程、忘れられない試合になった。


試合には惜しくも敗れたものの、デビューから約3年でJr.を牽引する試合を見せた佐藤の姿に、明るい将来を見たのである。



佐藤が欠場しているという話を私が聞いたのは、その年の夏頃だった。

大日本プロレスファンの方から話を聞いて、公式サイトでリリースを探していると、日付は2022年6月と書いてある。横浜武道館での激闘から僅か1ヶ月弱しか経っていない。


そこからハッキリした音沙汰は無かったけれど、団体関係者から「比較的キャリアの近い兵頭彰の引退セレモニーにも顔を出そうとしたものの、行くことが出来なかった」という旨の投稿が出た時に、(何となくではあるが、)只事ではないと私は察した。


佐藤が欠場後初めて公の場に姿を現したのは、2023年1月2日だった。

大日本プロレスの年始めにあたる後楽園ホール大会。
毎年恒例の所属選手による入場式で、佐藤が久々に姿を見せた。


客席の四方に一礼する佐藤だったが、何やら様子がおかしい。

全選手の入場をリングで待つ間、険しい表情で下を向き続けている佐藤。

選手入場を撮る為、私が客席から何回かシャッターを押した中に収めていた中に偶然その様子が写し出されていたけれど、その写真を私が投稿することは一生無いと思う。
「それを表に出したなら、きっと選手を追い詰めてしまうんじゃないか?」と思うくらいの深刻な光景が、SDカードに収まっていたからである。

全選手がリングに入り終えようとする頃、佐藤が体調を崩し、数名のスタッフと選手に連れられる形でリングを後にしていった。


後に、リングに上がったのは佐藤の意思であることが明かされた。


この時は病名も公表されていなかったけれど、素人目から見ても明らかに「2~3ヶ月休んで復帰できる」ような軽い状況ではない。

寧ろ、私は「貴方が元気で生きてさえいれば、それだけでもう充分素晴らしいではないか」と思った。
命より大事なことなんて、この世には無いのだから。

それでも佐藤はリングに上がって、皆の前に立とうとした。それだけでも前進だし、そんな貴方を誰も責めないよ…。


あの姿を見て「佐藤の復帰を待ってます!」なんて内容を投稿することにも、個人的には気が引けた。「言うのは簡単でも、それが本人にとって重石になるんじゃないか?」と躊躇してしまう。
2023.1.2の入場式で見た光景は私の胸に深く刺さっている。


次に佐藤が観客の前に姿を見せるようになったのは、2023年夏頃だったと記憶している。

欠場発表から1年が経っていたタイミングで、セコンド業務に復帰したのである。復帰自体は団体や選手から公表されることは無かったけれど、周囲は佐藤を放っておかない。


ある試合で選手がロープの上を歩いた時に(拝み渡り)、セコンドにいた佐藤を呼び出して参加させる場面もあった。
あの入場式で険しい表情を見せていた佐藤の姿は、そこにない。確実に前進しているのだと私は実感した。

2023.9.23御徒町パンダ広場大会


今でも私自身忘れられないのが、2023.10.12に新宿FACEで行われた『ぼくらは格闘探偵団』での出来事だ。
他団体選手が参戦する中で、1人で殆どのセコンド業務をこなしていた佐藤。

この日のメインイベントは『阿部史典vs野村卓矢』によるシングルマッチ。


個人的に年間ベストバウト候補の1つになった激闘の直後、氷嚢を持っていく為にリングへと上がった佐藤。
横たわる阿部に何か声をかけられていた佐藤の目には、溢れる涙を抑えることが出来なかった。


でも、この辺りで佐藤に感情の機微が戻ってきた様子を見て、何となくではあるけれど、復帰は近いのではないかと前向きに感じている私もいた。



そして、2024.1.2大日本プロレス後楽園ホール大会。
佐藤は約1年半ぶりに選手として復帰を果たした。

佐藤の復帰戦が終わるのを待つ形で明かされたのは、彼がパニック障害に罹患していた事実であった。
それまで公に病名を公表せず、復帰まで段階を踏みながら進めていたのだという。


病気の状況も鑑みて、暫くは限定参戦という形で発表されていた佐藤。
復帰から約半年後、佐藤が最前線に舞い戻るチャンスが訪れた。

関札がBJW Jr.ヘビー級王座を戴冠した、2024.5.4横浜武道館大会。
その試合後に、佐藤が王座挑戦を表明したのである。


2022年5月以来、実に約2年ぶりとなる両者のタイトルマッチが決定した。
しかも、後楽園ホール大会のメインイベントというシチュエーションだ。


ただ、この時の私は迷っていた。
タイトルマッチと同日に、私の好きな団体(プロレスリング・ノア)が関東圏内でビッグマッチを開催するからだ。

11:30に後楽園ホール大会が開始して、15:00には横浜BUNTAI大会が開始。
水道橋駅~関内駅までは移動だけで約50分~1時間はかかるから、14:00前までに後楽園ホールのメインが終わればハシゴできる。

でも、現実的に上手く行かない可能性も考慮したら、頭から見るのはどちらか1つしか行けない。
迷いに迷って、私は興行前日ギリギリまでチケットを押さえることが出来ずにいた。


でも、最終的な決め手になったのは、関係者のSNSによる投稿だった。
どんなに興行が重なっても、人の生み出す熱量には敵わない。


あとは、2022年の横浜武道館でのタイトルマッチ、1年半前の入場式を見て、今ここで行われる『関札皓太vs佐藤孝亮』を見逃してしまう事は、私にとっての後悔になりそうだった、というのもある。

結果的に後楽園ホールと横浜BUNTAIを無事ハシゴできた今だから言えるけれど、BUNTAIとのハシゴに間に合わなくても、一番好きな団体のビッグマッチがあったとしても、私の中で一番に優先される試合はこれだったんだと思う。

興行戦争であっても、好きな団体を差し置いても、生で見たい。その訴求力が『関札皓太vs佐藤孝亮』には間違いなくあった。


『関札皓太vs佐藤孝亮』

佐藤にとって、復帰後初となるタイトル挑戦。


断続的ではあるが、佐藤が復帰に至るまでの経緯を目にしてきただけに、この試合に関して言うと感情を排して見ることは困難だった。


戦前、関札が観客に向けて「この日は佐藤を応援してください」と異例の呼び掛けを行うなど、佐藤を後押しする観客の声援が試合中は常に続いた。
それは、彼の一歩を後押ししたい気持ちだとか、関係者が最後まで告知し続けてきた熱い想いが重なったからだと思う。


でも、この試合で何より評価されて欲しいのは、佐藤自身の試合内容である。

情や思い入れは、時として対象に向けた評価や感想を惑わせる。でも、佐藤はそうしたエモーショナルな下駄を履かずとも、試合内容で観客を唸らせていった。
欠場前に関札に挑んだ時のような強気の姿勢と積極性に満ち溢れる佐藤が、この日の後楽園メインにいたからである。


ネックロックを極める時の表情も、仰向けに倒れる関札の頭を足で蹴る姿も、1年半前、下しか向くことの出来ない状態だった事を思えば、大きな大きな進歩だった。


タイトルマッチでありながら、ある種、佐藤自身のチャレンジマッチという側面も強かった試合で、後楽園メインに相応しい試合内容を見せた事実は何より大きい。

関札の飛び技に向かってドロップキックを躊躇無く打ち込む姿、最高にカッコ良かったもの。


試合終盤には、佐藤が勝利を掴むところまでガッチリ手を掛けていた。


そんな佐藤の執念を全て受け止めて、反撃する関札。


2人の関係性は最早、【名勝負数え歌】という名のカテゴリーを超越していた。


最後に立っていたのは、関札皓太。

それでも、この試合に(勝負とは言えども)勝者と敗者という区分は意味を成さない気がした。
心の病から復帰して全力をぶつけた佐藤と、それを受け止めた関札、この関係性だけでもう、私が現地まで来た意味は達成されたからである。


まとめ

「人間、1人で頑張り続けると壊れちゃうんですよ。」

近年の大日本プロレスにおけるJr.ヘビー級を牽引し続けてきた関札に対して佐藤が述べた言葉は、パニック障害を経て復帰した経験を持つ彼にしか言えないマイクだったと私は思う。

そして、「その重みを俺にも半分分けてくださいよ」と言える今の佐藤は、間違いなく強い。


現状、病気の状況を鑑みて地方遠征に帯同出来ない状況ではあるけれど、それでも、孤軍奮闘していた関札の横に立てる佐藤が戻ってきたことは大きい。


「人は1人では生きていけない」なんて言葉は、生きていく中で結構耳にする。

今の佐藤は1人じゃないんだと思える事実が、この試合には間違いなく詰まっていた。関係者の熱も、ファンの熱も。


だからこそ、『関札皓太vs佐藤孝亮』の一戦は、色んな方に見てほしい・知られてほしい試合でした。
何卒!

この記事が参加している募集

#すごい選手がいるんです

2,731件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?