責任~2024.1.2『丸藤正道vs飯伏幸太』~
はじめに
2024.1.3、私は相原駅から徒歩十数分の場所で行われた『相原プロレス』を観戦した。
無料のイベントプロレスではあったものの、2試合はどちらも内容が素晴らしく、プロフェッショナルなレスラー・関係者の方々は日ごろの努力と鍛錬が凄い事を実感する機会になった。
プロレス観戦をし始めて2024年で9年目を迎える私だが、今更になって何故このような感想を抱いたのか?
それは、前日に大会場で見たメインイベントの内容が、「プロフェッショナルとは何か?」という事を問うような、非常に考えさせられる試合だったからに他ならない。
2024.1.2 プロレスリング・ノア有明アリーナ大会。
大会終了後、会場ロビーで遭遇したSNSのフォロワー様達とお会いした中で聞いた言葉の数々だ。
メインイベントで行われた『丸藤正道vs飯伏幸太』の試合中から、実況ツイートがてら覗き込んだSNSの画面上では様々なざわつきがタイムラインを埋めていった。
それは試合後も留まる事を知らない。
前置きすると、私はテレビで飯伏幸太を知らなかったらプロレスのことを好きになっていなかったし、NOAHの事も丸藤という選手も好きだ。
ショックを受けたのは事実だが、このメイン1試合を以て大会の評価が不出来だったとは思わない。
ただ、この一戦で考えさせられたり、気付かされたりした箇所が私自身ある。
それは、プロフェッショナルとしての姿勢だ。
露呈したプロ意識の差とコンディション不良
2024.1.2プロレスリング・ノア有明アリーナ大会。
メインイベントで組まれた『丸藤正道vs飯伏幸太』は、GHCヘビー級王座戦をセミファイナルに差し置いてメインになった経緯もあり、戦前から試合順で大きな波紋と話題を生み出した。
今回の試合が終わってから「メインはGHCヘビーが良かったじゃないか」という意見も見聞きしたが、私はそう思わない。
試合順が逆だったら、そもそもGHCヘビー級王座戦が見てもらえたかどうか分からないし、大会の話題性から言っても妥当だったように思うから。
結果論なんて幾らでも言える。
今回のカードが決まった当初、私はこんなことを書いていた。
有明ビッグマッチに抜擢されたものの、征矢のGHCヘビー級王座初挑戦となった今回のフラッグシップタイトル戦は、ある種挑戦的にも感じられた。
誤解を恐れず言うならば、『丸藤vs飯伏』のメインによって、GHCヘビー級王座戦の盛り上がりに保険が懸けられる状況が実現したと私は考えている。
結果として、GHCヘビー級王座戦が『丸藤vs飯伏』の保険となり、私が見当外れだった事を証明したのだが、これもまた結果論だろう。
この日『拳王vs征矢学』が盛り上がった事実は、間違いなく今後のポジティブな面として繋がっていくと私は信じたい。
ただ一つ、『丸藤vs飯伏』が決定した直後に私が不安だったのは、現在の飯伏のコンディションであった。
振り返れば、飯伏の日本国内久々の試合となった2023.8.4 GLEAT両国国技館の10人タッグマッチでは、素人目で見ても分かるくらいに飯伏のコンディション不良が露見していた。
チェック島谷からギブアップを奪った変型サソリ固めでは、腰を深く落とせず無理矢理相手を立てて極める不格好な形で、得意の蹴りの当たり方もどこか弱い。
後日、扁桃炎に加えて試合後に足首の疲労骨折が明かされた事を知り、そういう現実も無理は無いと察した。
ただ、今回はシングルマッチである。
タッグマッチではある程度カバーも誤魔化しも出来ていた事が、シングルでは否応なく曝されることになる。
戦前、「20代の頃よりも絶対に印象に残る試合になるという確信」や「今後の進退を懸けてみます」と飯伏が語った一戦は、皮肉にも辛辣な評価を以て後世に残されるであろう結末を迎えた。
飯伏の蹴りは、昨夏の両国出場時に比べれば当たりは強くなっていた。
コンディションも幾何か改善されたのだとホッとしていたが、そんな私の感想はすぐさま覆されることになる。
その後から徐々に露見していく、飯伏のコンディション不良の数々…。
私が最初に印象に異変を感じたのは、飯伏が丸藤に締め技を極めていた時だった。
未だ中盤戦にもかかわらず、「ギブアップしろよ!」というような事を飯伏がしきりに叫んでいたのである。
本来、そのような煽りを挟まずとも極められる実力者だと私は思っていたので、このタイミングで発された言葉に違和感を禁じ得なかった。
今考えると、この時点で身体が自分のやりたい動きを実行できていなかったのかもしれない…。
飯伏のスイッチが入った瞬間に繰り出される得意の掌底も、当たりは強いが放った直後に足元がふらつく。
コーナートップの攻防で繰り出したカミゴェも、正調で決めたカミゴェも、ただ足を動かしただけのような当て方。
そして何より印象的だったのが、セミのGHCヘビー級王座戦に比べて、会場中から明らかに声援が飛んでいなかった事実である。
別に、ファンが試合順に対して拗ねたりボイコットしたりした結果ではなく、本当に盛り上がるポイントが希薄だった。
私自身、会場の空気にいたたまれなくなり、後半から丸藤の名前を発するようになっていた。こんな感情は生まれて初めてだ。
試合開始から10分~15分が経った頃だっただろうか?
会場から、ある声援が飛んだ。
「丸藤!もう試合決めちゃえよ!」
ある男性が放った声は、怒りとも悲痛な叫びとも取れる聞こえ方で、私の耳朶を打つ。
声量は大きなものではなかったが、盛り上がりに欠ける会場内には痛いほど響き渡ったのだ…。
戦前の飯伏インタビューの意気込みとは対照的に、大きな事故が起こりかねないコンディション不良を抱えていたのは飯伏の方で、試合も30分以上にわたり行われるという皮肉な結末を迎えた。
『丸藤正道vs飯伏幸太』を見て私が感じたのは、栄華を極めた男の哀愁とか凋落ではない。
この一戦を見せる為に準備したプロ意識の差みたいなものが、丸藤と飯伏の間でハッキリと分かれた事。ただそれだけだ。
もしかしたら、飯伏は過去の怪我によってコンディションが戻っていないのかもしれない。
ただ、前述したようにGLEAT両国の時も試合後に足首を骨折してたと明かされたり、今回も試合後に踝や右手の骨折が明かされているのだ。
連続してそんな話が出てしまうと、流石に決まった試合に向けたコンディションの調整や試合に臨む姿勢に疑問符がついてしまうし、何より戦前の雄弁なインタビュー記事の内容が口だけになった事で、これまで私自身が抱いていた飯伏への幻想はとうに消えてしまった。
このコンディション不良や姿勢は、自身のSNSや出演するラジオ番組で「1.2の試合後まで酒を飲まない」と語るなど、飯伏戦の1週間以上前からコンディション調整に務めていた丸藤とは対照的だったように思えてならない。
「プロならばこれくらい当たり前だろう」と言われるのかもしれないけれど、20代や30代で出来ていた動きが出来なくなっている40代にして、数々の抽斗を開けながら試合を成立させて存在感を示した丸藤の姿は、評価されてしかるべきだと私は思う。
丸藤と飯伏の対照的な姿勢に、私はプロフェッショナルとしての矜持を考えさせられたのである。
まとめ
記事の冒頭で、『丸藤vs飯伏』戦の翌日に見た相原プロレスに触れたのは理由がある。
それは、出場した全選手がプロとしての責任を果たしていたからだ。
これに関しては、他の団体にも当てはまっている事だと私は思う。
個人的にプロレスは、何か良くない事があっても、その事象を今後バネにしていくことでプラスに昇華していける所が素敵だと思っている。
今後この試合が笑い話になるくらい、飯伏の復活劇があったら面白いとも私は思う。
でも、今はそういう事を安易には言えないし、美談にもしたくないし、そういう心境でも無いのが私の正直な感想だ。
率直に言おう。
私は、今回の一戦を以て「丸藤が終わった」なんて言われたり思われたりする事実が、非常に悔しくてならないのだ。
正直な所、危険なコンディションを抱えていた飯伏を相手に、色んな抽斗を以て場を成立させることが出来た選手自体、NOAHで丸藤以外にいたのだろうか?
私には丸藤以外に考えられない。
プロとしてコンディションを作ることも責任な一方で、今回のような高難度のミッションを背負わされて受ける批判の責任も負わなくてはいけないというジレンマ。
それもプロなのだろうと言われれば、それまでなのだろうけど…。
でも、「この試合や大会を現地で見ない方が良かった」とは全く思っていないし、後悔もしていない。
セミファイナルのGHCヘビー級王座戦『拳王vs征矢学』は非常に盛り上がっていたし内容の満足度も高かったし、その前に組まれていたNOAHと新日本プロレスの連合軍が、新日本プロレスのヒールユニット『HOUSE OF TORTURE』と対決した一戦も大いに盛り上がった。
普段私が観に行っているプロレス観戦において、今回のような生涯ワーストバウトに残る試合はそうそう現れないし、訪れない。
それはきっと、選手・関係者によるプロとしての姿勢によって成り立っているからだろう。
私にとって『丸藤正道vs飯伏幸太』の一戦は、2024年の仕事始めを前にして、「プロフェッショナルとは何ぞや?」という疑問や、仕事における姿勢や向き合い方について考えさせてくれる試合だった。
だからこそ、丸藤正道のようなプロフェッショナルに、私はなりたい。
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