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老害って言うけどさ…

タイトル:カレーの時間
著者:寺地はるな
出版社:実業之日本社

今回は再読本。


女は弱い。男らしく守らなあかん…。
時代錯誤もいいところのこのセリフは、男尊女卑の代名詞みたいなもんになる。
この時代、一体何から女を守るというのか。
言っている人物が、もはやハラスメントの加害者であることもままある。

時はコロナ禍で世の中が自粛ムードの中、僕、こと桐矢は83歳のおじいちゃんとの同居を半ば押し付けられる形で始まる。

失敗しない様に、できる限り自分の精神的なエリアを汚されない様に。
例え周囲に「細かすぎる」「神経質」と笑われようと、
自分のテリトリーを守ってきた。
6人の姦しい女性に囲まれて育った唯一の男性。
もう現代っ子の極みみたいなタイプともいえる。

一方、戦時中に少年時代を生き、昭和の親父のテンプレを地でいくおじいちゃんは、
声が大きくこの令和の時代には時代錯誤としか言えないルッキズム、男尊女卑、横柄…。
コロナ禍と言えば年寄りたちがマスクやティッシュの買い占めなんてのもありましたが、やってます、この人も。
突然自宅に押しかけ、焼酎を開け、気に入らなければ怒鳴り散らす。
暴力こそせずとも、その姿はまさにザ・老害。
女性たちどころか「男たるもの!」の思想を持ち合わせない桐矢からも苦手意識を持たれ、疎外されている。
若いころは大阪にあるピース食品で営業を務め、当時開発をしていたレトルトカレーの売り込みに精を出していた。

このちっとも合うとは思えないこの二人だが、融通が利かず、正義感があって頑固で精いっぱいであるところは共通していた。
ただ、時代による価値観が違うから、形が違う。
それぞれを思いやる、不器用な優しさが節々に感じられる部分は細かな描写で描かれている。

「誰もが腹いっぱい食べられるように」
「もうあんな思いはしたくないし、子供たちにさせたくない」

こんな思いで仕事をしていた人の、どこが冷たいといえるだろうか。
何十年も重ねてきた価値観は、そう簡単には変われない。
いい部分も悪い部分も。

若いころのおじいちゃんは、レトルトカレーの営業が上手くいかず悩んでいた時に、女性の一言で公園での試食会を思いつく。
食べに来ていたのは、戦争を体験したことのない若者たちだった。

その時代と言えば大人数で食事を食べるもんだから、大きな鍋でたくさん作れるカレーが主流だった。
逆に言えば単身者には不向きな食べ物で、おじいちゃんは単身者に向けての営業を行う。
試食会でカレーを食べている彼らの顔は、まさに

「まだみんな、ほんの子供だ。」


激動の中を生き抜いたおじいちゃんのこれまでと、ある秘密が明らかになった時、その家の全責任を負って生きた、おじいちゃんの姿が映っていた。

今日、我が家の夏休み真っ最中の息子のお昼ご飯はレトルトカレーだった。
ピース食品のモデルは、ウィキペディアを見る限りハウス食品ではないだろうか。
レトルトカレー先発の大塚製薬(が、元となったと思われる会社)の社員も、実は重要人物として登場する。

おじいちゃんに思いを馳せながら、ごちそうさまでした。

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