甘猫美香

手軽に読み切れるような短い小説を書いていきます。

甘猫美香

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最近の記事

焦燥の赤い糸③

焦燥 私たちが次に会うことになったのは、出会ってから2週間目の事だった。インターネットの発展のなんとありがたいことだろう。大人になれば、独身でも週末に予定があって期間が開いてしまうことなんてよくある話だ。そして大人になってよかったことは、2週間という期間が、あっという間に過ぎて行く事。その間にも、私たちはラインや電話で少しずつ距離を埋めていけていた。  着信が鳴るたびに気になるスマホ、入浴後に着信がないか見る癖がつくなんて、私には考えられないことだった。30代になってから、

    • 焦燥の赤い糸②

      目覚めの朝に 次の日も相変わらず、糸は見えている。この糸は触ろうと思えば触れるようだが、普段生活する上では特に支障はないらしく、X線のように体を突き抜けていく。複雑に絡まりあいながらも美しく伸びている糸を見るのは、決してハッピーエンドでは終わらない人間模様を映し出しているようでもあった。    楽しそうに早朝の慌ただしい街を歩く、高校生のカップルの指に繋がっている糸はそれぞれ別の方向に伸びていて、女子高生の方は信号待ちをしている隣の若い男性に繋がっているし、男子高校生の方は

      • 焦燥の赤い糸①

        帰宅の憂鬱 憂鬱と喜びを引っ提げて、私は自宅のドアを開ける。よく晴れた日差しの中で、風に乗って桜の花びらが散っている。地元に帰省することが、年々億劫ながらも年老いた両親や祖母の様子も心配になってきていた。が、今日に限っては憂鬱の割合の方が多い。地元の友人が結婚と新築祝いを同時にするというのだから、立ち寄ることになったのだ。  「言わなきゃよかったなぁ……。」  一人暮らしが長くなると独り言が増えるというのはきっと嘘で、一人暮らしが長くなるということはそれくらい年を重ねる

        • スマホ依存

          朝起きたら、スマホの画面が液状化していた。 昨日の夜、SNSを見ながら寝落ちしたらしい。とっくに真っ黒になった画面は、目が覚めると水銀のようにベッドの上に零れ落ちていたのだ。 仕事をバックレて、数日経過している。店長からの鬼電でも来るかと思ったが、俺の存在そのものはそれほど重要なものではなかったらしい。 そんな存在であったとしても、貯金する程度には給料をくれていたのだからバックレてもありがたいとも思っていたりする。 何もかもが嫌になる。そんなことは誰にでもあるはずだろう。

        焦燥の赤い糸③

          10年後の君へ④

          電話を切った香也子はため息をついた。廊下にある古い電話をおろすとひんやりとした空気が覆ってきた。外の庭のどこからか、軒から落ちる雫が何かに当たる音がする。 突拍子もないことをしだすのはあの男のいつもの事である。丹力の据わった女だと彼は思っているようだが、実際には突然起こされるあれこれに慣れ切ってしまっていて、どこか自身でも慣れてしまっている節さえ感じている。 「子供を連れていくんで、風呂沸かしといてくださいってことでした」 近くの公衆電話からと思われる奥田からの連絡は、い

          10年後の君へ④

          10年後の君へ③

          その男は五十嵐という。 この組の中でも一風変わった男で、敷地の中には、めったに顔を表さない。一見するとごく普通のサラリーマンのように見えるため、取り立てに行っても恫喝されてしまうような風体をしている。しかし、持ち前の頭の切れ味を活かした頭脳プレイで普段なら俺たちに媚びへつらってくるような客からも驚くような方法で金を回収してくる。 喧嘩などは得意ではないと本人は語るものの、常に相手の出方を先に読むため、五十嵐の顔を拝む前に海の藻屑かカラスの餌になっていることも多い。俺が異動す

          10年後の君へ③

          The game

          目が覚めると街の中だった。木と石でできた古めかしいながらも落ち着いた街並みは、ほっとさせる気持ちさえある。 ここは街中の中心地。さまざまな場所から訪れる旅人たちは、街の外を一歩踏み出すと襲い掛かる魔物の討伐で戦力とスキルを上げるべく街の中の取引相手との交渉やパーティーの募集をひっきりなしに行っている。無論、どの旅人たちも皆、ギルドに入っているためギルド内のメンバーと組むことが圧倒的に多く、強くなるためには大前提の関門ともいえる。 今日は新しく、街の老人からの依頼があったら

          10年後の君へ②

          日はとっくにくれていた。11月の夕暮れはないに等しい。あまつさえ、土砂降りともいえるこの天候でなおさら辺りは暗く見え、人通りは少ない。冷えた小さな手を握り、ぐちゃぐちゃとした音を立てながら4人で歩いた。 「兄さん、大丈夫なんすか」 口を開いたのは奥田だった。こいつは俺と一緒に君と初めて会った町でも一緒に取り立てていた。俺は既に取り立てを本格的にやる立場ではなくなっていたが、偶然同じ街に異動になってからも同じような仕事をこなしていた。今日だって、行う家の徴収の下見に、来ていたの

          10年後の君へ②

          10年後の君へ①

          いつもより早咲きの梅が雨に打たれている。 お構いなしに届いたばかりの制服を着た君は、あの日と同じ天気だなんて気にも留めないかのようにくるくると回った。 今にも消えそうになっている眼の光と、怯えるかのような目で俺を見る君の事を思い出す。 君に今の俺はどう映っているだろうか。庭先の黒塗りの車が君の姿と恐ろしくミスマッチに感じている。 あの日よりもずっと前、俺は君の母親をなじっていた。 夫と離婚し再婚した相手に騙されながら哀れにも暮らしていたその女と、君は少しずつ似てきている。

          10年後の君へ①

          不発する家出

          扉の前で息を殺した。 彼女は気づいているだろうか。もう私と二度と会えなくなるということを。呼吸が荒くなるのを確認し、深く息をつくともうすぐ3月というのに白く濁っている。 あのクローゼットの中は段ボール一つだけになっていて、そんなことにも気づいていない彼女の鈍感さに、初めて感謝した。 少しずつ動き始めた駅の構内にあるカフェで、味気のないコーヒーを飲んでいると男が声をかけてきて、私が持っている手帳の中の一片と交換にあのチケットをくれる。とても重要な仕事の話、だけど誰にも言って

          不発する家出

          たんぽぽの脱走

          騒音と共に目が覚めた。原因は耳元。 小学二年にもなるというのにまるででかくなったことに気づいていない息子が、ひたすら私を呼んでいる。 またこの周期が始まるのか。 元々ホルモンの影響で聴覚が過敏になる私には、可愛い我が子の声が途端に騒音となってしまう時期がある。 甘ったれで昔からママの元から離れない息子は、私の歯科の診察中にお腹の上に乗せたままで診てもらったこともあった。 今となってはさすがにそんなことは出来ないけれど、私にとってはその当時とさほど変わらず私の老いていく体と

          たんぽぽの脱走

          桃より赤く

          お気に入りのソファに身を沈めてスクリーンをセットする。 この前別れた彼が私にくれた観葉植物は、あっという間に成長した。 サボテンさえ枯らしてしまう私が、こんなにも青々とさせた鉢にさせるなんて奇跡としか言えない。 あの部屋に行くことはきっともうない。 だけど、夢のような一室だった。 10畳ほどのワンルームに所狭しと並べられたモンステラやアンスリウムは、入った瞬間にどこでもドアで密林にでも迷い込んだかのようで。 「いい景色だったなぁ…。」 キャンドルに火をつける。 最近買

          桃より赤く

          菫色の憂鬱

          「まぁ、あなたにはもう関係ない事かもね。」 何度目の夢だろうか。あれから2年も経つっていうのに。 今でも幻のようにちらつく元姑が私の睡眠を遮っていく。 一番の原因である人物が、さも自分のせいではないというような表情で話す顔は、こんなにも滑稽だったのかと改めて感じるような瞬間だった。 いつの間にか我慢の糸はとっくに切れてしまっていたらしいのに、見てみるふりをしていた自分自身も、今となってはバカらしいと感じてしまう。 結婚前と離婚直後はあんなにも大騒ぎしていた実家の母も、今では