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詩とか

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記事一覧

詩(ここちのよい睡眠)

詩(ここちのよい睡眠)



呼気

夏の夜に寝覚めしたときに
ふと窓の外に痕跡もうしなって
吹きだまっていた
明かりを消し
樹木のざわめきが耳の奥で軽くなり
あえかな感触をさがす
なにかが脈打っている気がする
幼いわたしは眠りの内を白ませ
見つからないように
溶け入りたいとおもう

「本質的なものはつねに失われる」
そう書き写していた人
命を言葉に変えてしまった人
おしだまっている人
言葉は
イメージ
あるいは
先触れ

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詩(肉体的なもの)

詩(肉体的なもの)


ひのいり

ぼくら姉弟はずっと 柚子の
木に群がる椋鳥を眺めていた
そして考える あのどろりと
熟れきった肉に沈む種こそは
かつて姉が産みつけた 卵だ
円形に散開し整列し食われる
クリイム色の卵から 微かに
甲高い幼児のような笑い声が
聞こえてくる 姉は横でひっ
きりなしに息を吸いこんでい
る いっこうに膨れない影の
ような身体は蛙が失神した時
のようにふるる と揺れぼく
は吐精する たえまない

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詩(土地・写真・忘却)

詩(土地・写真・忘却)

水写真

三匹の干からびたイヌの死骸が鉄条網に吊り下げられている
私は
薄目を開いて、

光なのか、霧なのか、白い
「右部分はかすれているんだ」
そうして、背後から友人の声が聞こえた
「ポンペイの悲劇詩人の家に行ったとき、イヌを象った床絵を見た
そこにはかすれた文字で“CAVE CANEM”とあった」

中央には腕だけが欠けた人骨がある
三日前に要介護認定を受けた母親のものだ、と
思った
ここに生

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詩(水のイメージ)

詩(水のイメージ)

水洞

そうして雨が止んだ。
私はくしゃみをした。
最近さむくなってきてるから、
苔のなかにも風が通る。
私は黄色い辻に立ち尽くして、

しかし同時に
長いあいだ雲を見下ろしている。
「水瓶に水を張っておいてね」
姉の声はいつもどこか遠くから聞こえてくる。
ここには水穴が/いくつもの風穴を

音を立てず、
視線だけ投げかける。(緑の印象──)
「まだ夕ぐれだから」
完熟した長実雛芥子の実を食む、

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詩(否定的なもの)

詩(否定的なもの)


多重翻訳

それは見えるだけです。
それらは白い雲のように上昇します。
私は自分自身を覚えています。
考えてみれば
私たちは暗闇を調べて、
これ以上の暗闇を見つけようとし、
まずは深い森へ。
 
緑の花が道に落ちる。立ち去る。
ねじれた形状が、
まさに女性の体を連想させ
彼は草に入ります。
死んだ友人の声、静かな声が
声に上がり、彼の行った方向を見ようとします。
暗闇から
暗闇の中で生きるために

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詩(いち、に)

「彼は混合ということにのみ讃辞を送っている」
 

「テノチティトラン──では、メカパルやワカルで運んだ。だがベルナル・ディアス・デル・カスティリョによると、赤い街を囲む水路はすでにカヌーで満たされていた。おれはそれには乗れなかった」
トオヤマくんが言った。
「おまえも乗れないだろう」
 
           *
 

「サンタ・テレーサの遺棄された醜い教会のはずれ、死のたえず打ちよせる沼地

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詩(はじめの)

洪積

おれたち人間は 生きることにたえられない
背に張りつめるしじま 翻り 愛するものよ
おまえは 錆びついた絵筆で
むき出しの層理面をなぞった

《くすくす、と彼女は笑った。》

かつて水が ささくれた地平を覆い 細く青く
とけだす瞳をこらすと ことばもマタ黒い波に
浮かんでは沈み ふるえる 瞼をぬらした
ああ汀にひそむ死者よ 歌うとき 暗い胸底に
ねじくれた法螺貝吹きどよもし 歌え

かつて

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詩を/と読む1(平出隆)

詩を/と読む1(平出隆)

  「(詩はつねに先触れである)」という断言めいたつぶやきを目にしてからというものの、こうして生きているうちにも見えないだけで、書いた詩や読んだ詩がなにかを暗示しているのではないかという気がしてきた。これはアガンベンというイタリア人の『哲学とはなにか』なる本にあった一節だが、そこで彼は哲学を後奏曲、詩を前奏曲になぞらえている。わたしは頭の固い人間なので、こうした区別を目にするとすぐ「代補」などとい

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