詩(水のイメージ)
水洞
そうして雨が止んだ。
私はくしゃみをした。
最近さむくなってきてるから、
苔のなかにも風が通る。
私は黄色い辻に立ち尽くして、
しかし同時に
長いあいだ雲を見下ろしている。
「水瓶に水を張っておいてね」
姉の声はいつもどこか遠くから聞こえてくる。
ここには水穴が/いくつもの風穴を
音を立てず、
視線だけ投げかける。(緑の印象──)
「まだ夕ぐれだから」
完熟した長実雛芥子の実を食む、
「まだ弟だから」
口に黒い種は弾け、
露ぬれた苦い苔の味がした。
私は、
「鏡の夢を見ないように」
と、姉に言いつけられたものだった。
私は好奇心から
そこにあるだろう水瓶のもとへと
近づいていく。
無数の種をまろばせつつ、
音を立てず。
暗点
目を閉じると私は水に辿りついた。
沈む影があり、
そこに光を閉じ込めたりする。
「苗字に使っていた文字が消えた」
──(声のはじまりを書きつける線)
と隣に眠る女の子──名前を知らない──が言ったとき、
その先にまた泡の声がたちのぼる。
私も声を上げる。
たとえば
──(描くことのはじまりを記す線)
クロマニョン人の陰影をもたない身体
暗い線を撚り集めて(彫り)、かたちを
そして(洞窟に)
写真の中を黒いシミが跳ねまわる。
──(初期人類の腕の動き)
ネガ。フェニキアの女兵士たちが墓に
突き立てた槍、泡の先で
それは白い影──時を測っている。
「私はあなたの夢を見た」
──(槍を)
『光りの墓』という映画のトレーラーで耳にした台詞が
記憶の断層に染み込んで
私は声を上げる。
(地層は瞬く間に流出していく)
──(線形の時間)
影は泳ぎ、泡は沈むことなく、
クリーニング屋の薄いビニール越しに
見る危険な光だが
これが燐光というものか。
──(光り)
冠水のおりに
私はため息をついて
黒い水が引くまで待っていた。
──(水の境界)
波の縁に落ちる
紋白蝶
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この詩は浜口陽三の「青い蝶」という銅版画を見て書いたものです。
半蔵門線 水天宮前駅にある「ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション」にて私の詩と版画がいっしょに展示されてるので、よろしければお立ち寄りください。
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