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歴史探偵エッセイ:京都旅行の写真祭り①

皆さん歴活してますか?
歴史探偵Qです。

2月の京都旅行での旅行エッセイを
五本ほど書きました。
もう4月も終わり、5月に入りますが…
まだまだ書きたいこともありますので、
今回からは旅行で撮った写真と思い出を
一言書いていきどんどん皆さんに
紹介したいと思います。

皆さんに京都歩きは楽しいんだよ!と
いうのが少しでも伝われば嬉しいです。

■平安高校
京都旅行の初日に平安高校の前を気づかずに
歩いていました。(笑)

平安高校といえばやはり野球部でしょ!
炭谷銀次郎選手や高橋奎二選手、
古くは衣笠祥雄さんなどの有名選手を
数多く輩出しています。

そんな野球強豪校の校舎を見ることができて
うれしかったです。野球グランドは別の
ところにあるそうですが…

■三井家にとって大事な場所?
 皆さんは三越の創業者:三井高利という
人物はご存知ですか?
私もあまり知らなかったのですが、
非常に面白い人間でドラマにできる人物
ですので今後記事にまとめたいと思います。

■家康のお抱え商人:茶屋四郎次郎

 「京の三長者」の一人:茶屋四郎次郎の
邸宅跡です。
大河ドラマ「どうする家康」では
中村勘九郎さんが演じていましたよね!
あの商人が住んでいたと言われています。

現在はお寺の敷地の一部となっています。
ちなみに京の三長者は
①茶屋家→将軍家御用達の呉服商であり
     朱印船貿易で大きな財を成しました。
②角倉家→医者の家系でありながら、
     角倉了以の代に土倉となり、
     朱印船貿易で財を成す。     
     また京都の河川事業を自費で
     行い高瀬川などを開削するなどの
     業績を挙げる。
③後藤家→金工であり、室町時代から続く
     彫金師の家系。     
     大判・小判の製造に深く関わり
     後藤家の印がなければ作れないほど
     金に深く関わっていた。

■本能寺に向かっていた見つけました。
 羽柴秀吉がこの付近の旅籠を
利用していたそうです。
普通の一般家庭の家の前にこのような石碑が
立っているのもすごいなと思いました。

この立て看板は正直書いたもん勝ちだな…と
思いながら写真を撮りました。(笑)

■歴史の教科書に載っているあるお寺の跡地
 ある、マンション?学生寮?の
駐輪場に見つけました!
「南蛮寺」の跡地の石碑と立て看板です。

■京都所司代跡と明治天皇行幸所

■京都の空爆被害を伝える碑
 ある公園に休憩しようとベンチに座っていたら
ある石碑が横にあり確認してみると
京都の空爆被害を記録する碑でした。

多くの人は
「京都には戦争の被害はなかったから
現在ある多くの文化財が守られたんだ」と
思っている人がいると思います。
私もその一人でしたが、決してそのような
ことはなく戦争の傷痕というのは確実に
京都にもありました。

この碑を発見したことで
また一つ勉強になりました。

■佐賀鍋島藩邸跡

 普通に住宅地を歩いていたら「鍋島藩邸跡」が
ありました。ここでふと思ったのが、そりゃ藩の
財政厳しくなるよなと思いました。

まず藩の支出を考えると
①自分の領地
②江戸藩邸(しかも2カ所)
③大坂藩邸
④京都藩邸
での俸禄、生活費などそれに参勤交代。
そりゃみんな金がないというよな。

■晴明神社
 今話題の大河ドラマ「光る君へ」で
いろんな意味で話題を集めている「安倍晴明」の
邸宅跡に建てられたという晴明神社です。

 安倍晴明が世に出てきたのが40歳くらいと
言われているのでアラサーの自分としては
ちょっと心揺さぶられるというか、そこから
天下に名前が残せるのかと感激しました。

次回も京都で撮った写真を
載せていこうと思いますので
よろしくお願いいたします。

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