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平氏をブッッ倒す! 源頼朝ついに挙兵じゃーーーーーーーーー!!!!

歴史って超おもしろい。でも、学ぶにはちょっと難しいしとっつきにくいイメージがある。
でも、人物相関図があれば少しでも分かりやすくなるかも。
歴史に興味を持ち始めてる人の手助けになれば、と思いつくってるnoteです。

さて、このシリーズでは源頼朝&源義経の波乱万丈ブラザーズを数回に渡ってご紹介中。

前回の記事で、お兄ちゃんの源頼朝の伊豆での2度の禁断の恋に迫りました。

もちろん頼朝は恋ばっかりしてたわけじゃないです笑。

今回の記事では、頼朝が挙兵します!!
ついにキターーーーーーーーーーーーーー!!!


流人中の頼朝を支えた「頼朝応援隊」 ありがてぇ…

頼朝を京都から支えた2人。超ありがてぇ

平清盛によって14歳で伊豆に流された源頼朝。
その後、32歳で挙兵するまで18年の歳月がかかります。ながっ……

そんな頼朝を京都から支えてくれた2人がいます。

頼朝の乳母の比企尼(ひきのあま)
頼朝は罪人で無職ですから収入なんてまっったくない。
そんなひもじい頼朝にずっと仕送りをしてくれていたのが比企尼なのです。
その縁あって、今後、この比企一族と頼朝は強い絆で結ばれていきます。

そして、のちのち、頼朝なきあと、鎌倉幕府の実権を握る北条一族と比企一族はめっちゃバトルになっていくのですが、まぁそれは後々のお話。
(でも、こういう展開が歴史のめっちゃおもしろいところ)

そしてもう1人が京都の下級貴族・三善康信(みよしやすのぶ)です

三善康信は手紙で京都の情勢を頼朝に送り続けます。

電話もLINEもない時代。
日本の中心である京都の情報を知ることはめっちゃくちゃ大事なことです。

三善康信はせっせと「頼朝さん、京都で今、平清盛がこんなことしてます!」などの情報を送り続けます。
これによって頼朝は世の中の最新情勢を知ることができました。

2人の支えなくして、頼朝の挙兵はありませんでした。
マジありがてぇ。。。

「もう、あいつホントゆるさねーかんな!」
以仁王が平清盛にブチ切れ

皇族の以仁王が平氏の世の転覆を画策

頼朝が伊豆で比企尼と三善康信に感謝し続けている間、京都では…。

平清盛が武士で初めて太政大臣というスーパー偉い役職にまで出世。
平氏が世の中を仕切りまくります。

「平氏にあらずんば人にあらず」という言葉が残っています。

「平氏じゃないヤツってありえないじゃん。平氏サイコー! フゥーーー」
というめっちゃ調子にノッてる状態ですね。

それぐらい、平氏はこの世をぎゅうじっておりました。

1179年、清盛は険悪な関係になっていた後白河法皇を幽閉するというムーブに出ます。
法皇という最高の権威まで自分の力でねじ伏せてしまいます。

そんな清盛とおごれる平氏一族に、だんだん世の中に「もう平氏、かんべんしてよ」の空気が満ちていきます…。

そんな中「ガマンならんわ」と立ち上がった2人の人物がいます。

1人は後白河法皇の第三皇子の以仁王(もちひとおう)

世が世なら天皇になる可能性のあった人ですが、平清盛の治世では、その可能性はゼロ。

父である後白河法皇は幽閉され、以仁王自身も平氏のせいで不遇な目にあっています。

以仁王はついに「平氏打倒」を決意します。

タッグを組んだのは源氏の武士である源頼政(よりまさ)

この源頼政という人は源氏なのですが、源頼朝&義経兄弟のお父さんが平氏に倒された「平治の乱」(紹介記事はリンクでどうぞ)では、平氏チームに味方して、その後も平氏に従っていた武士となります。

「ここは平氏についていたほうがいい」という判断をしたんでしょうね。
そういう意味では、頼政はきちんと時世を見極めていた人物といえるかもしれません。

そんな頼政も「もう平氏、この横暴はアカンだろ」と思い、以仁王と共に平氏打倒のために動くことになります。

立ち上がれ! 全国の源氏たちよ! 今こそ平氏をやっつけるぞー


以仁王が全国の源氏に熱いメッセージ

以仁王は「今こそ平氏をやっつけるのだ!」という令旨(りょうじ)と呼ばれるメッセージを出します。

この令旨があれば、平氏に不満を持っている源氏たちも「皇族の方がおっしゃっている正式な命令だから」ということで決起しやすくなる、ということですね。

結果的には、この「以仁王の乱」は準備が整いきる前に平氏にバレてしまい、以仁王も源頼政もあえなく亡くなってしまいます…。

ですが、この以仁王の令旨が全国の源氏を動かす原動力となりました。

ついにやったるで! 源頼朝、挙兵じゃーーーー!!


北条ファミリーの支えで挙兵

以仁王の令旨はもちろん、源頼朝の元にも届けられました。

14歳で伊豆に流された頼朝はもう32歳になっています。

頼朝、令旨を受けたときは、めっちゃコーフンしたでしょうね。。。
本当に「ついに!」という感覚だったと思います。

同時に「本当に決起して大丈夫なのだろうか」とも思案したと思います。

そんな頼朝の挙兵を支えたのが、北条時政!

頼朝は時政の娘の北条政子と正式に結婚してこの人たちは家族になっています。
北条家は平氏に仕えていたわけですから、北条時政にとっても頼朝と共に挙兵することは一大決心が必要です。

でも、時政も頼朝につくことを決めたんですね。

北条ファミリーとその郎党たちの力を手にすることで頼朝は、ついに挙兵します!
ついについに、平氏打倒の道への一歩を踏み出すことになったわけです。

源頼朝の軍団、旗揚げです。

でも、もちろんその道は険しいワケで。。。

次回の記事では頼朝の初戦勝利とその後のボロ負けもうヤバいじゃん、、、の流れを追っていきます。

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