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宇宙人のボケ封じ

 俺が通う学校の、屋上のフェンスに幾何学的に切り取られた空は、今日も快晴。ベンチに上を向いて寝転んで、何もない青空をあくび混じりの涙目で眺めた。

 なにもない。平和である。

 過去の詩人は謳う、「世は平らかにして、残躯天の赦す所、楽しまずして是を如何せん。」鳥が囀り風は薫り心地良く頬を撫でている。足りないのは女の子の太腿の膝枕ぐらいである。平和だ。へいわだ。

 そう思っていた青空に、黒い点が一つ浮かんだ。飛蚊症か。いや、そうではない。あれはなんだ。どんどん近づいてくる。黒い点はいつしか、銀色の機体となって、円盤となって、我らが学園の屋上に浮かんだのである。

 未確認飛行物体、UFO。ずいぶんベタな形してるな。焼きそばかよ。円盤の底がかぱっと開くと、びびびび、とベタな光線と共に人影が降りてくる。これはあれか、未知との遭遇だ。こうして、校舎の屋上に降りた銀色の人影、グレイは、喉にチョップをしながら俺に向かってこう語りかけたのである。

 『ワレワレハ、ウチュウジン、ダ。あ、これ複数形でんがな。まちごうてましたわ。えらいすんまへん。ワタシハ、ウチュウジン、ヤデ。』

 関西の出身かお前は。なんで初対面の地球人にボケを披露すんだよ。しかもつまんねえよ。ボケとツッコミというぎこちない異文化交流を経て、地球人高峰と宇宙人グレイはコミュニケーションを始めたのである。

 宇宙人っておっぱい大きい?ビキニ鎧着た女宇宙海賊っているの?あ、君、雌なの?ごめんねセクハラだった。君、名前呼びにくいから「ナンバ」って呼ぶな。なんば花月。関西ノリだし。えっ、ナスカの地上絵におまんこマーク描いたのお前なの?結局この話題かよ。宇宙的下ネタかよ。あれ駄目だよ空撮しても放送禁止だもん、教科書にはのらねえよ。

 ミステリーサークル?あれがお前の性器なの?えっ…興奮はしないな…むしろ引くわ…。公共の場にああいうの描くのどうかと思うよ。露出狂かよ。中二病かよ。中二病の宇宙人。学校からやり直せよ。えっ、うちに来るって?

 ────夢を見ていました、姉上。誰も見たことのない夢を、十分すぎるほど。ラインハルト・フォン・ローエングラムは、死の間際にこう語ったという。俺も夢を見てるみたいだよ。昨日の邂逅は夢だと思っていたのだが。

 転校生を紹介します、と担任が言う。「ツァラトゥストラかく語りき」の壮大なテーマと共に、奴はやってきた。

 『ぷぁー♪ぷぁー♪ぷぁーー♪ぷぁぷぁーん(でんどんでんどんでんどん)ぷぁーぷぁーぷぁー、ぷぁぱーん♪』

 自分で2023年宇宙の旅を演出するなよ、しかも自分でボイパかよ引くわ。あ、喉チョップ。『ワレワレハ…』またそのネタかよもういいよそれは。自己紹介の名前、難波花月って俺のつけた名前まんまじゃねえか。…まあ、外見は合格だな。一応、人間の雌の美人に見える。一応な。いちおう。努力は認める。

 その後、宇宙人・難波花月は人間のふりをしながら、この学園に通っている。外見は美少女だが、中身はぽんこつで、奇人変人の転校生として毎日を暮らしている。

 この宇宙人の目的は何なのか、さっぱりわからない。最近は、地球の現地ローカルなアミニズム的宗教の精神性を研究すると称して、甲子園球場に通っている。要するに、単なる阪神ファンである。道頓堀には飛ぶなよ。猛虎魂を大いなる宇宙の意志とか称するの止めろよ、単に飛びたいだけだろ。

 ナンバは、たまに「生物学的同等性試験」と言いながら公然と交尾をねだってくるので、適当にあしらっている。お前、首筋からチャック見えてんだよ!萎えるんだよリラックマかよ。しかもYKKかよ宇宙的技術で変身するんじゃないのかよ。

 ────我々のすぐそばに、既に彼らは存在している。何気ない日常の顔をして、そこに、ここに、どこかに。

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