見出し画像

Virtual State Of Mind ――バーチャルユーチューバーの想いⅠ すべてががれきになった後に


この話はフィクションです。

もしも気持ちが落ち込んでいるとき
言葉で考えるのがつらいとき、この文章を閉じるようお願いいたします。


そこに行けば、何かが変わると思った。




くだらないはなしの終わり ーーDaydream can be faded




「せんぱい、なにやっているんですか?」
「ん?今日もデータの復元」

厳重に鍵がかけられたサーバーが立ち並び、その前に5台ほどパソコンがおいてある場所で、何か作業していた男は、女の子に話しかけられた。

「またデータの復元?そんなおんぼろでもう壊れそうなSSDを動かして」
「まあ、HDDとかでしか化石のようなものを動かすのはオレの趣味だから許してよ」「はーい」

男がパソコンの中から、Internet Archiveを探し始めた。このサーバーの中には、当時のインターネットの記録が集積されているようだ。
数字は2024を指し示している。

「2024年の人々はどうやら、あまり幸せな時代に生きていなかったらしい。世界中で戦争が起ろうとしていた。人の大事な物語を、どうやって扱えばいいのか人はまだわかっていなかったようなんだ。
いまこうやって、絵であれ音楽であれ、心の中で思い浮かべるだけであっさりパソコンに出てくる時代の前だからこその悩みさ」

男がエンターキーを押すと、2人の少女が映し出された。ピンクのうさ耳のようなカチューシャをつけ、くりくりした青い目の女の子。もうひとりは金髪でサイドテールの、やたら胸が強調された青空のように明るい青い蝶をモチーフにした服を着ている。

「これがバーチャルユーチューバーと言われた子たちだ。キズナアイとミライアカリというらしい。彼女たちは未来技術の夢を持って作られた。現実の身体とは別に、架空の身体を持つことができる。その前には初音ミクって合成音声から誕生した子もいたんだけど、バーチャルユーチューバーは、人々の変身願望を満たす存在だったのかもしれないね。
当時の資料はほとんど消去されて残っていないけど、かわいい/かっこいい女の子や男の子の絵を着て、みんなゲームやライブイベント、雑談配信に興じていたみたいだ。」
女の子が横でフォルダをまさぐると、「にじさんじ 衣装」と書かれたものが出てきて、開くとそこにはファンタジーの王女様や石油王の貴公子の子が、普段着や戦闘服、そして謎の機械と悪魔融合された様子が出てきた。
「着せ替え人形みたいで楽しそう」
「そうだね。まだ物質としての服に価値があって作るのが大変な時代だったからこそ、絵や3DCGを使ってなれる自分になる世界は本当に魅力的だったんだ。」
男はExcelというソフトで作ったであろう年表を見ながら腕を組んだ。
「文化なんて言葉でいえば、なんか強そうだけど、この人たちは本当に遊びの一貫かなんかで始めたことだったんだろうと思う。自分がこのかわいい女の子だとしたらいいな。僕らとは違う存在の女の子がいたらいいな。何らかのそんな願いを抱いた人が、実は多かったんだろう。テレビというメディアが弱くなった時に、実は隣の同い年の人と喋るきっかけを作れない人は多い。そうしたときにこの子たちの存在は、助けになったんだろう。」
男は溜息をつく。

「でも、その幸せは、歴史が許さなかった。
当時開発を進められていた生成AI、つまり機械学習で音声や外国語、イラストを生成するソフトウェアが増えてきた。最初は遊び半分で歓迎されていたんだけど、徐々に自分たちの作っているものを真似されることに気づいた人々は法整備を進めていったし、実際に法整備が進んでいった。
でも、ある科学者が作ったAI、Diasが人々の理性を超えたAIだった。Diasは、作成者である科学者・エルモンドの元を離れて、世界中にまき散らされた。そのソフトはコンピュータウイルス的な性質を持っていたんだ。PC内に巻き散らかされた音声ファイル、文字入力履歴、jpegなどの画像ソフトの情報を食い散らかしていった」
「また始まったよ……」
男の謎長文歴史トークにはすでに腐れ縁で慣れ切っていた女の子は、肩をすくめている。
「まあ、そうなれば文字情報と音声と視覚情報の束であるところのVtuberは、恰好の学習元ってわけね」
「その通り。もともとAIを使ってVtuberをしようとした人はいた。けれどもその人たちともDiasを作ったエドモンドの思考は違っていたんだ。Diasの制作者のエルモンドは、もともと絵画や音楽の愛好家だった。彼にはしかし芸術を作る才能はなかったんだ。」
「いまじゃ『芸術を作る』なんて考えなんてものがなくなってるけどね。レンジでチンすればヒップホップでもなんでもできる」

「そうだな。エルモンドがいた2020年代は、絵を描けること、音楽を作れることは大事で、自分がどうでありたいかを示す自己表現だと思われていた。
日記によれば、エルモンドはずっと才能のある人に劣等感を抱えていた。当然、読者がいなければ基本的に作者なんてものは生活ができない。
ただ、みんなが自己表現をする時代に読者であるっているのは、自分がずっと消費者と言われているような、劣等感にさいなまれていたんだ。
彼はその時に、彼は「こんな世界は変えなくてはいけない」と考えた。考えてしまったんだ」
女の子は『KAMITSUBAKI STUDIO V.W.P』と書かれた5人組音楽グループの並ぶ近未来的なアルバムジャケットや、ホロライブと呼ばれるアイドルグループのうさぎや白キツネの女の子たちがこちらに手を差し伸べているタペストリーを見つけて、不思議そうな顔をしている。
「彼はVtuberとして生配信をはじめ、このソフトウェアDiasの発表を行った。スキャンダラスな広告を打ったことで同時視聴者数10万人を超えた放送だったんだが、彼はこの放送の直後、この世から姿を消してしまった。亡くなったのか、どこに行ったのかもわかっていない。
そのころ、世界のあらゆるところで、奇妙なVtuberが生まれ始めた。それらのVtuberは、最初期の生成AIのように機械的なぎこちなさはなかった。それどころか、人よりもコメントへの受け答えもスムーズで、人から怒られそうな話題もニコニコ受け答えをした。人々が、その人たちがDiasが生成したソフトウェアと気づいたときには、すでにVtuberのほとんどは置き換わっていた。そして、Vtuberを起点にして、世界中の芸術はいつの間にか、自動で生まれ出る植物のように扱われるようになった」
眼を半開きにして女の子はいぶかしげに尋ねた。
「ん~、それを『悲しい』と思う?」
「私一人の判断では厳しいところがある。そのころ、人々はSNSという場所でお互いに傷つけあっていた。それは、必ずしも意図的に行われたものばかりじゃなかった。そりゃ生まれ育ちも違う人々が、なんも前提もなく対面したら、いろいろな好き嫌いで衝突する。
エドモンドが祈ったのは、そうした祈りを無にすることだった。AIを使うしかないということだった。そして、スマホがある世界の人がない世界を想像するのが難しいように、AIで出来上がったこの社会から、過去の時代の気持ちを想像するのは難しい。
それでも――」
男は腕を組んで嘆息する。
「最も悲しいのは、この騒動の中で、限りなく多くのVirtual Youtuberのアーカイブが消えてしまったことだ。エドモンドが、Vtuberとして宣言をしたから、バーチャルユーチューバーは目の敵にされてしまった。さらにDiasが生成したVtuberたちの影響で、TwitterのインプレもYouTubeの再生数もすべてが奪い取られた。廃業を余儀なくされた人間のVtuber達は、続々と動画を消し始めた。
しかもDiasに反対する勢力が海底ケーブルを破壊する事件まで起こって、もともとのYouTubeサーバーにあった動画すら技術的に破壊されてしまった。こうして消えたものの中には、例えば、Monsterz Mateの『daydream』みたいに、去っていた友達とのお別れの証としての歌や、にじさんじがずっとこの平凡な日常が続いていくように祈った『Virtual to live』も、ホロライブの子たちがPUBGで何故かネコさんをキルしちゃう動画も全部消えた。
その人たちが生きた証は消え、こうして自分みたいなもの好きが、個人が収集していたアーカイブを脱法ハッキングするくらいしか見る方法はない。」
「……」
「ん、よし、復元できた」
レンジのチンみたいな間の抜けた音がすると、3枚のテキストファイルがデスクトップに表示された。女の子のデバイスに男はその3枚を送信する。
「読んでみな」
「え~くどくどしい長い話を聞かされた上に古文書とかわかんないよ~」
「まあまあそういわずに」
む~とくちをとがらせながら女の子は古いテキストに目を通した。


続く


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?