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溶解して凝固せよ #5

溶解して凝固せよ 98-01

たまに、自分自身が昔に書いた文章を読んで「なぜこんな小難しいことを言っているのだろう」と思うことがあり、実際に読み込んでみてもそのときに考えていたことが思い出せない。けれど、妙に昔の自分が言っていることにも納得できたりする。こういうことがあると、過去の自分をくだらないと一蹴するよりもむしろ、感情やそのときの自分なりの論理性のようなものを尊重して自信を持ってなにもかも書いておくべきだ、という考えに至る。

いまの自分が正しいとことを言うとは限らない。それは過去も同じである。もちろん逆のことを言うこともできる。
「いまの自分が間違っているわけではない。それは過去も同じである」

いまの自分と過去の自分の間で生まれてしまった矛盾を解釈し直すよりも、過去の自分が間違っていた、と言ってしまったほうが簡単だ。自分自身の矛盾までそっくりそのまま否定せずに抱いたままでいることは、いまではとても難しいことなのだ。それは世間が許さないのである。世間というのは、この世界のことではなく「自分は他者に意見を述べて制裁することのできる崇高な精神を持つ社会の一員である」という意識を持ったヒトたちのことを言う。

黒歴史は残しておくのがよい。
どんどん残すがよいのだ。
自分の黒歴史と向き合わずに何と向き合えるというのだ。

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