ショートショート小説2「繋がり合い(Bond)」

こちらはこのショートショート↑の続編です!

🌟🌟
心が沈んでいた。
ひとりぼっちで膝を抱え過ごす夜はひたすら孤独なのに、いつからか私は心のどこかで心地よさをほのかに感じている。
なぜだろう。この孤独だけが私の唯一の居場所のように思えてしまうのは。
朝が来れば普通に仕事に行くし、人に会えばどうでもいい世間話とかしてのんべんくらりと、たまに仕事の愚痴とか言いながらも筒がなく1日を過ごす。そういう自分が嘘であるというわけではない。ただ、振り幅の大きい私という人間は悲しいも嬉しいも人一倍感じやすく、不意にやってくる無力感や虚無感のようなものをうまく飼い慣らすことができず、1人になるとそれらの感情が唯一気心の知れない友人のように思え、私は自分の心の部屋にそれらをそっと迎え入れてしまう。
そんな今の状況に甘んじてしまう自分の弱さも嫌になる。だけどそれでも、私は何度もこの孤独な部屋に来てしまうのだ。
はぁ、と小さくため息をついた。
「すぅー」
という音と共に、私のため息を誰がが吸ったような気がした。
あたりをきょろきょろ見回しても、誰もいない。すると、
「ここ、ここだよ」
と声のする方を見た。いつの間にか、私の抱えた膝の上に器用に乗っかったふわふわのわたあめみたいな可愛いゆうれいがいた。
「あっ、あなた」
「やほ。今日もやってんね」
一度、このひとは同じような夜を過ごしていた時にそっとこの部屋にやって来たことがある。彼のことを私はゆうれいさんとひっそり呼んでいた。
このひとと一緒にいる時間が心地よくて、私は密かにまた会いたいと思っていた。
「相変わらず君は人間臭いことやってんねぇ」
「人間臭い?」
「僕はもう解き放たれちゃったからなぁ。掴めないんだよ」
わかるような、わからないようなことを言われた。
「掴めないもクソも、あなた、ゆうれいですものね」
「姿形だけの話じゃなくてさ、感情とかもさ、ぜーんぶそうだって話」
「死んじゃうと、悲しみや苦しみも掴めないってこと?」
「ま、そゆことでもあるけど、そんなのに振り回されたり馬鹿やっちゃえるのは生きてる人間の特権だよ。ま、可愛いとも言えるね」
「はぁ」
「でも、俺はずるいから」
「?」
「俺の生きてた頃のやり残しが、君のもとに来ていてさ、それがこの夜に繋がっているみたいなんだよ」
「…どういうこと?」
「今こうして君がどうしようもないクソな夜を過ごしているのは、俺にも責任があるってこと」
「この夜と、あなたが生きていた頃にやり残した何かが、どう関係あるの?」
「ほんとうのところ、自分の行いにどういう因果関係があって、それがどこの誰につながっているかなんてわからないんだよ。ただ、俺たちはどうしようもなくつながり合っててさ、君が1人で誰も見てないだろうって思ってどうしようもなくやるせなく過ごすこの時間は、生きていた頃俺が感じてた、誰といてもどこか1人だなって想いに繋がっていたりするかもしれない」
「あなたが生きていたのは、私がこんな夜を過ごすようになった頃よりも前なんでしょう?」
「時間とか距離とかは越えちゃうからね。」
「…」
「だからね、君は決して1人にはなれない。たとえどんなに心を閉ざして、永遠に引きこもって生きるとしても。君が自分を傷つければ、生きてた頃の俺や、見知らぬ誰かや、地球の裏に咲く野の花が孤独を感じて生きることになったりする」
「…」
そんな話は、1人でいると投げやりになりたくなる自分にとっては不都合な真実だった。
誰も見ていない場所では自分をどう扱おうが関係なくて、ただ、自分自身の不甲斐なさを責めて、そんな自分に酔うことが心地よかった。本当にどうしようもないことをしているとわかっていても、どうしてもやめられなかった。
「だからさ」
窓を見ながらぼんやり話をしていたゆうれいさんは私に向き直って、こう言った。
「自分で自分を傷つけるのは、やめなさい」
「…」
「あんたがあんたを傷つけると、生きてた頃の俺が傷つくんだ。君の知らぬ誰かが傷つくんだ。地球の裏にひっそりと咲く野の花が傷つくんだ。あんたは自分1人傷つけてるつもりでも、世界はあんたを見逃しちゃくれない」
「…」
「世界はどうしようもなく、繋がっているんだよ。あんたが今そんな風にどうしようもないのは、生きてた俺の行いのせいかもしれなくて、俺のその行いは、あんたが幼い頃にずっと引きこもっていたからかもしれない。お互いがお互いのせいであり、同時に、誰のせいでもない」
「…」
「だから、どうしようもなく皆繋がっているなら、今あんたにできることは、目の前に現れるすべてを自分の力の及ぶ限り、丁寧に、愛を持って接することだけだよ」
「…」
「あんたのもとにある道具は、あんたを傷つけるためじゃなく、あんたの役に立ち、あんたから愛されることを願っているよ」
「…」
「だから、その道具はそんな風に使うな」
「…」
「見て見ぬ振りができないってのは、どうしようもなくぜーんぶ繋がってるってのは、とても面倒で億劫で怖くなるよな。だけど、その繋がりこそが、お前がどうしようもなく恋焦がれていたものなんしゃないのかい?」
「…」
「そんな繋がりを、本当、お前はずっと求めていたんじゃないのかい?」
「…」
「どうしようもなく繋がっているというのは面倒であり、同時にどうしようもなく愛の世界に生きているということだよ。あんたが愛に開けば、世界もまた愛に開かれていくよ」
「…」
「愛しているよ」
「…」
「相変わらずあんたは人間臭くて可愛いね。じゃあね。俺はいつでもあんたの中にいるから。またどっかで会お」
「…ありがとう」
ゆうれいさんは私の頬に静かに口づけをして、そっと消えた。
しばらくぼんやりして、視界が霞み、頬を拭ったらたくさん涙が流れていたことに気がついた。
魂の奥底から流れているかのような、とめどなく流れていた涙が少し落ち着きはじめ、窓の外を見ると静かに陽が登り始めていた。

…ああ、朝日が、綺麗だ。
こんな光を、私は待っていた気がした。
世界はいつもより優しく、私の目にはどこまでも愛に溢れて見えた。


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