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オヤジ、大丈夫か

今は「亡き」オヤジには、いい思い出がほとんどない。

物心ついた頃には、もうすでに両親は仲が悪くて、夫婦ゲンカが絶えなかった。原因はオヤジのギャンブルだった。

そんなクソがつくほど、嫌いなオヤジだったが、忘れられない思い出が二、三個ある。

今回は、その中の一つを紹介してみたいと思います。

中学校の3年生まで僕の家には風呂が無かったので、それまでは銭湯に通っていました。

オヤジは職場にある風呂に入ってくるので、銭湯に行くことはほとんどありませんでした。

仕事のない日曜日や祝日は趣味のパチンコに行きます。そして、パチンコ屋の店員さんの「最終~最後のお時間まで~」のアナウンスを毎回きっちり守り、閉店までパチンコを打ち続けるので、銭湯へ行く時間がありませんでした。

そのため僕は、オヤジと一緒に風呂に入ったことが、あまりありませんでした。

小学校低学年の頃、ある日、久しぶりにオヤジと銭湯へ行くことになりました。そこで、僕はオヤジの変わった行動パターンを目ざとく見つけてしまったのです。

オヤジは体を洗い終えた後、お風呂から上がるときにかぶるお湯を、あらかじめ洗面器に張ってから、湯船に向かったのです。え、なんで、なんで。普通、湯船から出てきてから、洗面器にお湯を張りますよね。

オヤジの変わった動きを目ざとく発見した僕は、すぐさまイタズラを思いつきました。そのイタズラとは、オヤジが洗面器に入れたお湯を熱湯に変えるという、何とも子どもらしく、とても無邪気なものでした。

善は急げ、オヤジに見つからないように洗面器に近づき、素早く洗面器のお湯を捨て熱湯に入れ替えました。僕は、少し離れた所から何食わぬ顔をして、オヤジの様子を眺めていました。

オヤジはとてもリラックスした表情で湯船を出て、洗面器の置いてある洗い場へと向かいました。

「いよいよくるで」と僕はドキドキしながらも、まず、成功はしないだろうと思っていました。

しかし、オヤジは洗面器のお湯の温度を確かめもせず、いっきに洗面器の熱湯をかぶりました。それと同時に「あついー」だか「あっひゃー」だか、オヤジの悲鳴にも似た大きな声が、風呂場全体に響き渡りました。周りで体や頭髪を洗っていた他のお客さん達は一瞬手を止め、「何事や」といった表情で、オヤジの方を見ていました。

その一連の動きを見ていた僕には、「まんまと成功したぜ」という嬉しさよりも、「オヤジ、アンタはアホなのか」というショックの方が大きかったのでした。

普通、自分が入れたお湯とはいえ、かぶる前に温度の確認はするはずですよね。だから、イタズラは成功しないだろうと思っていたのです。せいぜい、オヤジが温度を確認する際に、手が「ア・チ・チ」となるくらいだろうなと思っていたのです。

それが、その確認をせずに熱湯をかぶってしまったオヤジは、アホの極致としか言いようがありません。

僕はショックのあまり、今後は二度とアホなオヤジにはイタズラをしかけないようにしようと、心に固く誓ったのでした。ウソ。






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