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海外生活17年、ガッツリ鬱病になりました

鬱病になりました。

私は24歳からニューヨークに住んで17年経ちます。
世界のどの大都市もそうですが、ニューヨークは、世界中から上を目指した有能な人間が休みなく訪れ、そして去っていきます。
大都市で仕事をするという事は、椅子取りゲームのような状態で、生活水準をキープアップするだけで精いっぱい、何か月も精神的に落ち込んでいる余裕もないほど、これまでほぼ休みなしで突っ走ってきました。
もちろん過去にも、家族の死や自分の体調、職場のストレスなどで落ち込んだ時期というのは少なからずありましたが、私は感情を無理に抑え込むのが嫌いなタイプなので、とことんどっぷり落ちて回復するという事でどうにか自分の精神を保ってきました。
しかし今回は、そこまで決定的な理由もなく、徐々に徐々に心に澱のように溜まっていた不安や怒りなどの複雑な感情が一気に溢れ、自分が地道に蓄積してきたあらゆる自信を喪失し、この先の人生に全く希望を持てなくなってしまい、周囲の勧めもあって人生で初めて医療機関に助けを求める事となりました。

これを書いている現在もゆっくり治療中で、まだまだ日によって、理由もなく不安にさいなまれる日もありますが、すでにピークは過ぎて、通常の仕事や人と会う事も普通にできるようにはなり、少し心に余裕が出てきたので、今感じていることを整理したい気持ちになり、noteに書きとめておくことにしました。
私はnoteを普段全く更新しておらず、更新するときは基本思いつきなので、いつも読んでくれる特定のフォロワーさんがいるわけではないのですが、偶然読んでくれた方に一人でも届けば幸いです。

そもそも私は、きつい仕事のストレスや生活の変化も受け入れられる方なので、自分のメンタルは割と強い方だと自覚していたのと、瞑想や海水浴、お散歩などをメンタルケアの一環として取り入れていたので、鬱病とは無縁の人生だと思っていました。特に10代や20代の頃は、鬱病になる人は自分の精神力や考え方を高める努力が足りていないだけだとすら考え、精神的に不安定な人を「メンヘラ」呼ばわりして避けていた横柄な過去すらありました。
それが一転、41歳になって鬱病診断されることとなってしまい、自分が傍観していたはずの「メンヘラ」状態になり、それを身近な存在以外の他者に話す事に、始めは相当な抵抗がありました。
とはいえ興味のない人に無理に押し付ける話題でもないので、こういう話題に興味のある方だけに共有出来たら良いなと思い、普段自分の作品やプロジェクトを時々シェアしているインスタグラムではなく、あえてほぼ更新もなく誰も見ていないnoteに書こうと思いつきました。


発症のきっかけ

今年に入ってから先々月まで約半年間、私はこれまでの人生で一番長期に渡る、また今までニューヨークに来てからこなしてきたお仕事の集大成ともいえるようなお仕事に取り組んでいました。そのお仕事が終わった瞬間に、張りつめていた気持ちが一気に安堵し、俗にいう「燃え尽き症候群」のような状態になりました。その直後、恋人と些細な言い合いをした事がきっかけでメンタル・ブレイクダウンを起こしてしまい、まるで人格が変わったように、その後しばらくは外出はおろか会話や食事、掃除や洗濯など、普段何事もなくできている家の中のちょっとした作業ですら困難な状態になってしまいました。

原因がわからない

メンタル・ブレイクダウンを起こした直後は、本当に体が動かず、心配してかけられる声にも全く応えられる状態ではありませんでした。
何をするのもとにかく体が動かず、何を見ても聞いても全く感情が動かず、涙が出ては止まらず、無理に笑ったり普通に振舞わなければいけない事が何よりも辛く疲れました。
家族やペットを亡くした時も、一時的にそのような状態になったことはなりましたが、今回はそのような物理的な理由もなく、何しろ直接的に落ち込む原因が自分でもはっきりとわからない。
今まで何度ももっと大変な状況を乗り越えてきたのに、なぜ今自分がこんな状態になっているのか。
調子はどうかと聞かれるたびに、回復していると言わなければいけないというプレッシャーに押しつぶされそうになり、それだけで動悸が止まらなくなりました。
運動や散歩を勧められても、普段できていることが全くできないので、それを出来ていない自分を責めてしまい余計に辛くなりました。
良かれと思ってかけられる言葉や、「気晴らしに」と勧められることの全てが自分にとっては重荷以外の何物でもなく、頭では理解していてもそれを言われ続ける事で罪悪感が募り自殺願望まで生まれてくる始末でした。どんなに辛くても自殺だけは絶対に考えてはいけないと言われ、死にたいと思うことすらも禁止されるなんて、一体私はこの感情をどうすればいいんだろうと、実際に死ぬ勇気もない自分を呪い、途方に暮れる毎日でした。

無理に外に出ても疲れるだけで、自分でもどうすることができず、普段から自宅で仕事をしていることも相まって家にふさぎ込む日々が続きました。
その環境が幸か不幸か、遠隔でのお仕事は最小限で何とか続けていましたが、集中力は地に落ち、普段なら1時間もあれば終わる簡単な作業が何時間もかかりました。
人と関わる事がとにかくしんどく、心配した恋人から話を聞いた彼の家族が連絡をくれても、電話をとることができない、そして返事ができない事への焦り、罪悪感のループ。
誰もいない世界に行きたい、放って置いてほしいけれど、それを言えば心配されて余計に面倒臭い。日本で離れて暮らしている家族には余計な心配をかけたくないし、その複雑な気持ちを一緒に暮らしている彼と彼の母親だけに泣きながら伝えました。
彼らの理解とサポートもあって、少し気持ちが落ち着いた時点で、医療機関の受診とサイコセラピーのカウンセリングを始め、現在はサイコセラピーのカウンセリングのみを受けています

サイコセラピー(心理療法)を始める

カウンセリングというと、アメリカでは非常に一般的です。特に一見何の問題もなさそうなアメリカ人の友人が週に1回カウンセリングを受けているのも幾度と見てきているし、事が起こる前に私も気軽に始めておけば良かったのですが、以前に短期間試したカウンセリングで大きな変化を感じられなかったことと、それなりにメンタルには向き合っていると思っていた為、メンタルケアをおざなりにしている自覚症状すらもありませんでした。
人間誰しも、他人の事は客観視できても自分の事はなかなかできないものです。
そもそも変化が訪れたのは、好きで続けていた瞑想が半年程前から徐々にできなくなった頃から始まっていたのだと思います。
私はそれを、忙しい仕事のせいにしてあまり考えないようにしていたのですが、サイコセラピーで心理カウンセラーの方に誘導尋問をされ、今回の鬱の原因が表面的な仕事のストレスなどではなく、幼少期~十代後半迄の母親からの圧倒的な支配と束縛、恐怖、そして共依存関係にあったことを指摘されました。
約18年間もの間そのような状態で育ってきた為に、その心理状態が自分の人格形成のデフォルトになっていたこと、またそれが40を超えた今でも心理的に強く続き自分を追い込んでいること、またこの共依存やトラウマ感覚というものを反動にして高みに行く努力ができてしまったという成功体験がある為に、克服できたと思い込んでしまっていたこと、しかしきちんと向き合って消化しない限り、(高い確率で)また何かのきっかけでトラウマがフラッシュバックしてしまうこと、その利点と欠点を両方抱える「ダブルバインド」という状態であること、トラウマというものは、一人ではなかなか克服の出来ないものだということ…
色々なことを、専門的な見解で順を追ってセラピストの方に説明していただきました。

初期経過

詳細は控えますが、私の家庭は昭和の感覚から言えばギリギリ「普通」の範疇は越えていなかったと思います。普通が何かと聞かれたら人それぞれ「普通」の基準も違うので一概には言えませんが、私が子供の頃は親や教師が子供を叩く事などは当たり前の範疇でした。ただそんな中でも、思い出すと辛くなる為、今まで誰にも言えずに心の奥底にしまい込んでいた思い出がいくつかありました。
支配的な恐怖は常に抱えつつも、両親には愛情を持って育ててもらったという自覚も同時にあり、今の関係はしごく良好なので、大好きな自分の両親が所謂「毒親」「虐待」と言われるような育て方を自分にしてきたという事を認めるだけでも、ものすごく抵抗がありました。
サイコセラピーによって、自分の心の奥深くに閉じ込めている感情に対して向き合えていない=セルフケアが全くできていなかったという事実を目の当たりにし、表面的な「セルフケア」によってそれを見て見ぬふりをしていた自分を痛いほど思い知らされました。同時に自分の感情に対して理解が生まれたことで、底辺から引き上げてもらったような肉体感覚があり、今では少しずつそこに向き合おうという気持ちの穏やかな変化を体感しています。

カウンセリングと、指定されたトレーニングのおかげで、気持ちに少し余裕が生まれてきた時点で、数人の信用できる友人にその事を話せるようになり、驚いたことにその中の何人かは私と同じ精神状態を経験している、または過去に経験したと告白してくれました。
体が不調になるのと同じで精神も不調になるのはごく当たり前のことであること、鬱が発症するのは恥ずかしい事でなく脳の反応だということは皆一様にセラピストに言われている事項であり、そしてこの事に向き合っているのは一人ではないという安堵感も生まれ、お互いに深い話を共有することで繋がりを感じ、今ではかなり前向きな気分になりました。
また、自分が経験したことによってそのような状態の人にかけるべき言葉とかけるべきではない言葉や態度がわかるようになりました。
鬱状態の時というのは、まさに崖のふちに立っているような状態なのです。
目の前に平行な道が続いている場所で少し体を押されても、ふらつく程度で何ともなくとも、崖っぷちでポンと背中を押されたら一気に下に落ちてしまい、それがきっかけで死んでしまうこともあるという心理状態を、身を以て体験しました。

アメリカでも日本でも、メンタルヘルスや自分の不調に関しては若い世代の方が最近では積極的に発信していて、私達や少し上の世代の方が、自分の良い部分しか見せない傾向が多いように感じます。
しかしAIが恐ろしいスピードで発達し、便利さと引き換えに泥臭い人間らしいものが失われていく中、同時により生でリアルなものを求める人々も増え、またメンタルヘルスの問題はこれからさらに重要になっていくような予感がしています。

カウンセリング以前は、自分の精神不調や仕事の悩みなどについて公に話す事に対し、SNSでは特に抵抗がありタブーのように感じていました。
しかしカウンセリングによって自分一人では触れる事の出来なかった深い感情を出せたことで、それは何も恥ずかしい事ではなく、むしろそろそろ自分もメンタルヘルスについて発信してもいいんじゃないかという気持ちになり、何回かに分けてそのことをnoteに記録しておこうと思いました。
都合よく切り取られ、フィルターのかかったキラキラした自分だけをアピールしたブランディングは、私には向いていない気がします。もし私がこの先何かの理由で全く絵が描けなくなったらその事だってきちんと隠さずに話したいし、これからは格好悪い自分も含めた、等身大の自分を愛していこうと思えるようになりました。

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