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人事の顧客は誰か?~社内広報の視点になぞらえて考える

社会人の基本動作を語るとき、よく「顧客視点」や「顧客志向」というものがその下支えとなる概念として取り上げられますが、人事にとってそれが具体的に何を指すのかは、諸説あるところです。

一般的に本社機能、あるいはコーポレート部門は、売上をつくりだす事業部門がプロフィットセンターと位置づけられるのに対比して、コストセンターと表現されます。

現実に、社外から対価を得るようなアウトプットを創出しているかどうかという違いは確かにありますし、直接的に価値を届ける相手が社内外どちらにいるのかという違いもあるでしょう。バリューチェーンの中に組み込まれているどうか、という言い方もあるかもしれません。

このような分け方をすることにどんな意味があるのかと言えば、コストセンターたるもの、経費を最小限に抑えて仕事をしましょう、プロフィットセンターが稼ぎ出した原資を最もレバレッジの効くやりかたで大切に使わせていただきましょう、という目標の立て方や仕事のしかたに帰結するわけです。そして、目標の立て方や仕事のしかたが異なるのであれば、その従事者に問われる能力や評価尺度も変わってくるのだ、といった言説も存在します。

さて、ここで考えたいのは、人事部門にとっての顧客とは誰を指すのか?です。

多くの場合は、経営と社員の両方が顧客であると考えられています。ただし、会社や個人によってそのどちらに比重を置くのかは多少のグラデーションがあるでしょう。いずれにしても、社内顧客を相手にする仕事、というわけです。

実は私はこの点で、何年も前に当時の上司と意見を闘わせたことがあります。私の主張は「人事として第一に考えるべきは、未来も含めた当社事業の顧客である」というものでした。

この議論を行うには、そもそも論として「人事は何のために存在するのか、その本質的な役割とは何か」という足場が必要になります。

経営層が顧客であるというときは、経営戦略が描く道筋に沿って経営ビジョンを実現するために、今後どのような組織能力が必要になるのかを見定め、自社の文脈に適した形でその組織能力を実装していくという役割が想定されています。

また社員が顧客であるというときは、社会からお預かりした大切な人財に対して、この会社ならではの働きがいや働きやすさを実感してもらい、そのポテンシャルを最大限に発揮してもらえるような環境をつくるという役割が想定されています。

そしてこの両者を別々のものと扱うのではなく、表裏一体のものとしてデザインし機能させていくところに、人事としての腕が問われているとも言えるでしょう。

ここでさらに考えたいのは、人事にこうした役割が期待されるのはなぜか、より上位に位置する目的とは何か ― 換言すれば、人事は究極的に誰に対して何を創り届ける存在なのか?ということです。

この問いに答えを出す前に、少しだけ回り道をしてみます。

多くの会社にはコーポレート部門のなかに広報機能が存在します。コマーシャル部門が行うPR活動との違いは、特定事業の商品やサービスの宣伝にとどまらず、自社が社会に存在する意義を多様なステークホルダーに認知・浸透させて心理的側面からパートナーシップを形成し、中長期的な企業価値向上への貢献を目指す点にあります。

同時に、広報機能のなかには、社内に向けた働きかけという側面もあります。社内報や社員用サイトなどの媒体、また社内で開催するイベントを通じて、経営層からのメッセージを届けたり、企業理念浸透の一翼を担ったりするものです。これは自社の向かう先や拠り所とする価値観・行動規範などを、職種や階層に関わらず、社員がそれぞれの立場なりに理解し実践できるよう啓蒙することにより、企業価値向上を目指す活動と言えます。

つまり広報の本質は、広く社外のステークホルダーに視線を向けて、自社を社会から期待され、待ち望まれる存在へと発展させていくために、社内外とコミュニケーションを重ねていくことにあります。社内向けの広報の仕事をインナーブランディングと呼ぶ意味のひとつには、社外へ訴求するブランド価値を「ハリボテ」にせず、内実を伴ったものへと変えていくという意志の現れではないか、とも思います。

ではここで改めて、人事は究極的に誰に対して何を創り届ける存在なのでしょうか?

人事部門が直接関わるのは、経営層と社員(現職者だけでなく、将来の候補者やアルムナイも含む)ですが、その仕事の終着点は経営者や社員だけをよろこばせることにあらず、です。当然ですが、彼らの先には事業活動の成果を届ける社外顧客がいます。人事の仕事が必要となるのは、将来にわたって自社を顧客に必要としてもらえるような組織能力を獲得し、その力を最大限に発揮させていく土台をつくるためです。

私自身の経験を振り返ると、事業部門に在籍してプロジェクトマネジメントと組織管理を担っていた頃は、事業活動の計画・実行とともに、常に人と組織のメンテナンスにも追われる日々でした。当時の所属企業が正社員が数百名の小さな所帯であったためにコーポレート機能が脆弱で、現場サイドで採用からオンボーディング、育成やメンタルケアなどを全てやりきる必要に迫られ、なかなかに苦しい状況が続いていました。

そこに人事専門部隊から中長期的な展望を伴った人員の質的・量的な充足への支援があれば、管理者としてどれほど助かっただろうかと思わずにはいられません。同時に、そこでともに働く方々にとっても、経営サイドにとっても、より良い就労環境・事業運営・成長機会が担保されることの価値は計り知れないものであったはずだと思います。

そう考えると、人事の仕事の本質とは、現在から未来の事業活動の先にいる顧客に視線を向けて、より良い価値づくりに必要な人と組織のありかたやそこへ向かう道筋を専門的見地から探究し、経営および社員と手を携えて前に進むことではないか。将来にわたって、社外のお客さまに「人的資本」が生み出す果実をお届けすべく、価値創造のための組織的なプロセスを丁寧に編んでいくことこそが、人事の第一の役割ではないか。

こうした役割を全うするためには、経営の関心事、社員の関心事を表面的に追いかけるのではなく、自らが長期的な時間軸で社会の動きに目を凝らし、そのなかで自社のありかたを考え抜くことが求められるのではないでしょうか。

これから世の中は何を志向し、企業に何を期待するのか。どんな実現手段や社会的規制が生み出されるのか。自社は誰のため、何のために活動する存在でありたいのか。そのとき自社はどんな人でみたされ、どんな組織へとアップデートしているのか。

人として、企業人としての世界観、未来観、組織観。そこに人事としての人財観を交差させて、社内外のステークホルダーとともにありたい未来を描き、実装へと動いていく。

これが「人事として第一に考えるべきは、未来も含めた当社事業の顧客である」と私が考える理由です。

人間の心理を扱う分野であり絶対的な答えのない仕事であるだけに、たくさんの衝突や葛藤、見えない壁や落とし穴も当然ある。そんな道のりではあるけれど、未来の顧客が生きる社会のよろこびを見据えて、真摯に組織の土台づくりに励んでいこうとする気概をもって歩んでいきたいと思います。

※私がこのような考え方をとる背景には、かつて出会った経営者の言葉が大きく影響しているように感じています。託されたバトンを大切に受け取り、自分なりの挑戦を通じてその意味を形にしていきたいと、思いを新たにしています。


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