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怖がりな私の乳がん生きのばし日記 ⑩運命の手術日~目ざめて思ったこと~

2021年6月14日

ついにこの日がやってきた。運命の手術日。
無事生還できるのだろうか、その前に手術予定の15時まで空腹に耐えられるのだろうか……と考えにふける暇もなく、朝一番に看護師さんから点滴をうたれる。

ところが、なかなか入らない。看護師さんは
「あれ? 失敗しちゃった! どうしよう」と言いながら、刺しては抜くのを3回くり返し、
「すみません、交代しますね」と去っていく。
次に〈IV〉という札をつけた看護師さんがやってきて(IVナースというのは静脈注射のプロの証らしい)、1回やり直し、2回目(合計5回目)にてなんとか点滴成功。

けれども、できれば避けたかった手の甲にうたれてしまったので、今日一日不便やな~とため息をついていると、今度は病棟担当の乳腺の先生がやってくる。
「あとで(主治医の)先生も来られますからね」と言いながら、私の胸や鎖骨にペンで落書き、ではなく、マーキングをする。

しかし、9時を過ぎても先生はまだ姿を見せない。もう1ステージ、というと芸人の営業みたいだが、1本目の手術がはじまっているのではないだろうか。昼頃に来るのかな? 
ぼんやりしていても不安が増すばかりなので、何か作業をしようと思い、前々回に書いた朝日カルチャーの課題や、病院で読もうと持ってきた『英語の読み方』に目を通してみる。

その途端、先生があらわれて、机に向かっていた私を見て、
「なになに、何読んでるの?」と聞いてくる。
「なんでもないです!」と、まるで授業中にマンガを読んでいるのが見つかった生徒のように、あせって本を隠す。5回も点滴を刺される羽目になったと愚痴をこぼしたあと、なんとか生きて帰れますようにと先生に懇願する。
「まかせといて」と言って去っていく先生の後ろ姿を見ながら、ほんまやろな、嘘やったら承知せえへんで~と念を送る。

そのうちに正午になる。当然昼食も抜きなので、やることがなく、点滴を引きずって1階のファミリーマートや図書室、屋上庭園を徘徊する。
といっても、想像していたよりも時間が経つのがはやい。空腹もさほど感じない。手術の恐怖が空腹の苦痛を凌駕することがわかった。
気がつけば、手術の準備をしないといけない14時が近づいていた。

だが、ここで体調に異変を感じつつあった。
考えたら、入院した昨日から便が出ていない。おなかが張っている。
さまざまな手術体験談から、前日に下剤、あるいは当日の朝に浣腸が出されるのかと思っていた。ところがそうではないようだ。あわててスマホで検索したところ、最近は腸の手術でないかぎり、下剤や浣腸を出さない病院が多いらしい。
大丈夫だろうか、まさか全身麻酔中に……
なんてことはないだろうな。また新たな不安が生じる。

そこへ看護師さんがやってきて、どうやら前の手術が押しているらしいと言う。いつ手術室に入れるのかわからないが、とりあえず着圧ソックスをはいて準備しておくように指示される。

「あの……ちょっとおなかが張っているんですけど」と言うと、
「浣腸しますか?」と看護師さんがさくっと聞いてくる。しかし、いまから浣腸したら、さらに悪い事態を招くような気もするので、
「いえ……結構です」と答える。

予定の15時を過ぎたが、まだ呼ばれない。手術が怖いうえに、おなかはごろごろ鳴るし、精神的にはもう極限状態だ。そこで、kindleに入れてきた秘密兵器を開ける。『後ハッピーマニア1&2』。

『ハッピーマニア』の二十年後を描いたこの作品、気持ちがどうしようもなく切羽詰まったときのために取っておいたのだ。
タカハシに離婚を切り出されたシゲタもつらいだろうが、でも健康なだけ私よりマシなのでは……と読みふけっていると、ほんの少し恐怖もまぎれる。あともう少しで2巻目も読み終わるというところで、手術室へ呼ばれる。

看護師さんに付き添われて4階へおりると、手術室が並んでいる。
引き返したい。逃げ出したい。
念のため、最後にもう1回トイレに行かせてもらうが、何も出ない。

手術室から手術着に身を包んだ看護師さんが出てきて、私の腕を取る。
「昨日はよく眠れましたか?」と、ものすごく優しい口調で聞いてくる。優し過ぎて怖い。(なんだか歌の歌詞のようだが)

看護師さんに連れられて、よろよろと手術室に入る。
「朝から食べてなくて、おなか空いてない?」と先生が聞いてくる。でも返事をする余裕はない。手術台の上で、手術着に着がえさせられる。看護師さんがバスタオルで身体を隠してくれるが、どうせ寝ているうちに脱がされるのに……と思う。

ベッドに横たわると、これまでドラマで何度も目にしてきた、てんとう虫の柄みたいな丸い照明が見える。血圧をはかるために、太ももを思いっきり縛りあげられる。
「脳波を測定するシールを貼りますね、ちょっとチクチクしますよ」と麻酔科の先生が言う。マジックテープのような感触がおでこに広がる。ビックリマンチョコのシールではないようだ。続けて、
「では、眠くなる薬を入れますね」という声が聞こえたかと思うと、一瞬で意識が遠のいた。

先生に呼ばれて目がさめた。
「リンパきれいでしたよ」と先生が言う。もう終わったのか……と考えていると、先生が父ヒロシに電話をして、「リンパもきれいでした」と報告している声が聞こえてくる。

そういえば!!と気がついて、下半身に意識を向けると、漏らした形跡はない。拭かれたりもしていないようだ。
おしっこの方も……、いや、おしっこは管が入ってるんだっけ? と確認しようとする。といっても身体は動かせないので、目だけで下半身を見ようとすると、電話を終えた先生がすかさず、
「どうした?」と聞いてくる。漏らさなかったか? とは聞けず、
「おしっこの管、入ってるのかなと思って……」と言うと、
「入ってるよ」と返ってくる。そこで安心して、再び眠りに落ちた。

しかし、それにしても、全身麻酔から目ざめた瞬間に発したのが、安堵の言葉でも感謝の台詞でもなく、「おしっこの管」だったとは……。一生の不覚(のひとつ)である。

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