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職場に「わかり合えない人」がいるのはむしろ正常なことかも

前回は「ダイバーシティ」について思うことを書きましたので、今回はもう少し掘り下げてみたいと思います。

いきなりですが、皆さんは職場で「何なの、この人は」と思ってしまうような人に出会ったことはありますか?
同僚でも、部下や後輩でも、上司でも構いません。

程度の違いはあると思いますが、例えばこんな感じです。
・空気を読まない
・誰もが普通にできることをやらない
・あり得ないことを平気でしてしまう
・いきなりわけのわからないことを言ってくる
・こっちの都合を全く考えようとしない
(ただし、法律や就業規則には反していないという前提です。法律や規則に反した場合は社会や会社が対処する問題になります)

さて、「職場にこのような人は全くいない」という場合、考えられる可能性は二つあります。

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一つ目の可能性は、偶然にも全員がまったく同じ個性を持っている、ということです。
仕事に対する考え方も、仕事を遂行するための能力もみな同じであれば、他人の行動が理解できないということはありません。

もう一つの可能性は、本当はそれぞれ違う個性だが、組織の暗黙の了解に合わせて行動している、ということです。
例えば、この場面では必ずこういうことをする、この場面でこういうことをしてはいけないという暗黙のルールがあり、全員がそれにしたがって行動すれば互いにストレスに感じることもなく、職場で波風も立ちません。
ここで「暗黙の了解」という言い方にしたのは、ルールや理念といった誰もが守るべきもので明文化されているものではなく、本来は人によって異なってよい部分で自分の個性を出さずに組織全体に合わせるということです。

これらの状態は正常と言えるのか?

全員が同じ個性を持つのは絶対に不可能とは言いませんが、実際はかなり難しいと思います。それこそ採用の段階で個々の人格、思想や信念まで踏み込み、同じタイプの人を厳選して採用しないと実現できません。

一方で、後者の全員が組織の暗黙の了解に合わせるというのはやろうと思えばできないことはありません。それこそ暗黙の了解に合わせない人をみんなで「村八分」にすれば、結果的に誰もが周囲に合わせて行動するようになります。

では、皆さんは「誰もが自分と同じタイプの職場」、もしくは「自分を含めて誰もが暗黙の了解に従って行動する職場」で働きたいと思いますか?

こういう職場のほうが居心地がよいという人もいらっしゃるのかもしれませんが、少なくとも私なら息苦しくて耐えられそうにありません。

一方で、企業の立場で考えると、社員が皆が同じというのは「同じことしか考えられない、同じことしかできない」という大きなリスクになり得ます。

ということは、やはり組織として健全なのは下図のようにそれぞれが最低限守るべきことだけは守り、後はそれぞれの個性を自由に出せる状態だと思います。

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しかし、この状態では個々人の個性は違うため、互いに「相手の行動が理解できない」、「相手の行動が許せない」といったことが起きてしまいます。
とはいえ、異なる個性が共存できれば、組織としては様々な人の強みが活かせるようになり、組織としての力は向上します。

とはいえ、自分にとって「わかり合えない人」がいるのはやはりストレスになりますし、自分自身が誰かにとって「わかり合えない人」かもしれないというのはあまり嬉しいことではありません。

「わかり合えない人」とは距離をとって「共存」を目指す

職場に「わかり合えない人」がいるのは「よくない状態」として捉えてしまうと、相手が悪いか自分が悪いかという思考になりがちです。

相手が悪いと考えると、相手を無理やり変えようとするか、もしくは相手を排除しようとしてしまうので、攻撃的な言動を取ってしまいます。

自分が悪いと考えると、自分の個性を押し殺して相手に合わせるか、もしくはその職場から去るということになってしまいます。

いずれにしても、誰にとっても幸せな結果にはならないと思います。

そこで、「わかり合えない人」がいるのは正常な状態として捉えると、どちらが良い悪いという話ではなく、単に「お互いかなり違うよね」というだけの話になります。

相手の性格や考え方、行動が気に入らないなら無理に仲良くなる必要もないし、それこそ距離を縮めるために無理に飲みに行く必要もありません。(自分のことを嫌っている人が居てもお互い様と思えばよい)

一方で、互いに同じ職場にいるということは、少なくとも会社から見て「両方とも必要な存在」であることは間違いないので、一緒に仕事をしていくことは可能です。

そこで大切なことは、自分は相手のことがわからない、相手も自分のことがわからない、という前提でコミュニケーションを取ることです。

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仮に相手にそのような意識がなく、自分に対して「何でわかってくれないの!」と責めてきたとしても、「相手は自分のことがわからないよね」という前提があれば、多少気分が悪くなることはあっても「相手が悪い」と捉えず、自分のことをもっと知っていただくための工夫をすればよいだけのことです。

余談ですが、個人的には職場でもっともわかり合えない関係は上司と部下(もしくは先輩と後輩)ではないかと思います。

それこそ互いに「何でわかってくれないの!」という姿勢で相手に接してしまうので、両者にとって不幸な関係になるのを何人も見てきました。

おそらくその裏には「(上司なら or 部下なら)わかってくれるのが当たり前」という期待があるのかもしれません。

この話も根深いものがありますので、改めて考えてみたいと思います。

今回もありがとうございました。

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