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落下の解剖学/ジュスティーヌ・トリエ監督(2023年)
サスペンス、みたいな感じだろうか、と薄い前情報だけがあった。
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かっこいい、痺れる。
怖い、ハラハラするのは苦手、と公言してきたし、心臓が痛くなるのは無理だと自覚していたので観るのは迷ったけれど、えいやと鑑賞後には、なんだ、ある面で観ればありきたりの、だけど豊かで深い人間ドラマだったんだ、と胸を撫で下ろした。
特に、脚本・演出の素晴らしさを見た。
雑に言ってしまえば「小説家の夫が亡くなった話」、という情報でほとんどが完結するようなものを、脚本の技巧と監督の演出で素晴らしすぎるヒューマンドラマに仕上がっていた。
夫婦間の諍い、問題、すれ違い。
万国共通、老いも若きも経験してきたであろう普遍的なものを、こうもドラマティックにできるのか、と感動せずにはいられなかった。
言語、かつての事故、息子の障害、それぞれが持つ人生の目的、等々。
すべてが無駄なく作用していて美しく流れていく様は本当に心地よく、生活を細やかかつ具に見つめる脚本には心から感激した。
詳細な前情報を入れずに観てよかった、と思う。
もちろん、例え結末がわかっていたとしても感動したと思う。
そこには心の交流や真実があったから。
それは間違いない。
この映画のキーの一つというのは、"当人同士しかわからないことがある"ということだと思う。
伝聞により事実が歪められて認識されたということは誰しも経験があることだと思うが、まさに裁判というものは、そこのせめぎ合いなのだ。
劇中でも弁護士が、「他人からどう見えるかだ」と発言したこともあったが、まさにその通りで、裁判官や検察をはじめとした"当事者外"の人たちからどう思われるか、判断されるか、が結果を左右する。
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この存在感にも胸を打たれる。
けれど、夫婦関係なんてやはりクローズドなものであるし、その場の雰囲気や気分はもちろん、出会った時から今に至るまでの微細な感情・経験の積み重ねにより出来上がっているものだから、それを一朝一夕で第三者にわかってもらおうとする方が難しいのだ、と思ってしまう。
親子関係にしてもそう。
長い年月寝食を共にして、目を見たり見なかったり、話したり話さなかったり、たまには連れ立ってどこかへ出かけたり、それから家族以外との関係性も交わったりしながら、細く長く紡がれていくそれは、今さら解いて全貌を見ようとしたって無理な話である。
それでも、もつれたものを当人たちだけで解決できるわけでもないので、第三者機関というありがたい場所は今も存在しているのだけれど。
話を戻すと、そういう密な関係性の中では"当人同士にしかわからない"のオンパレードだと思う。
表面的にはこう見えた、こういう行動をした、けれど心はこうだった、というのは近しい者たちでしか感じられないから。
いや、近しい者同士ですら見誤るのだから。
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この写真だけでも泣きそうになる。
今作はフランスの映画だったけれど、地球のどこを見てもそういう話は変わらないのだなと親近感すら沸いたし、この言葉が合っているかはわからないけど、少しホッとした、というのもある。
そしてこの夫婦というのが、小説家の妻と、小説を書きたい夫、という組み合わせであることも話をややこしくさせた(脚本の妙)ように思う。
夫婦であり、養育者であり、表現を志す同志であり、そして密やかにはライバルなのであった。
ただ、「フィクションで現実を壊す」という言葉に表されるように、私生活を解体していくような妻のやり方に、夫は本当に解体されてしまったのではないかと思う。
実際、フィクションで現実を壊すことで己を昇華させていく表現者は多く、それはある意味で現実や自身への諦観が必要だと思うのだが、それがままならないと心へ多大な負担だけがのしかかってしまうのだろう。
そしてこの夫は、息子や生活、自分の夢、そういう人生にまつわるいろんなことを区切ることも、背負い切ることもできなかったのだと思う。
それは自分の責任だと妻は言う。
誰もあなたに人生を強制はしていないと。
わたしはそんな両人の気持ちがよくわかる。
今はどちらの気持ちに近いかも、自分でわかっている。
そうやって作中の夫婦を通して自分の過去や今を振り返ることになるとは思わなかったが、思いがけず今の自分の意思の場所を確認することができた。
だからこそ、単なる裁判モノではなく。
深く深く人間を観察した者たちによって描かれる現代の鏡であった。
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素晴らしい名演を見せてくれたメッシくん。
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