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【論文紹介】前庭刺激は視覚空間の取得に影響する

前庭の主な働きは、身体(頭部)の回転や傾きを感知し、身体のバランスを保つことだと考えられてきました。

近年、前庭の働きは姿勢制御のみならず、社会的認知や空間の構築に影響するということが明らかにされてきています。

今回は、そのような前庭の機能に関して調査した研究を紹介します。

DEROUALLE, Diane, et al. Changing perspective: The role of vestibular signals. Neuropsychologia, 2015, 79: 175-185.


論文の概要

こちらの論文では、2つの実験が行われています。

1つめは、回転イスを使用して身体を回転させる前庭刺激を加えた際、VRを用いた視覚空間視点取得の取得に要する時間を調査しました。

2つめは、同様に身体を回転する前庭刺激を加えた際の、3次元物体の心的回転に要する時間を調査しています。

2つの実験の結果、『visuo-spatial perspective taking(self-centered mental imagery)』、視覚空間視点取得(自己中心心的イメージ)に影響を与える一方、心的イメージには影響を与えないと考察しています。


前庭系は姿勢制御だけじゃない

私自身、前庭に関する論文を色々読むまで、『前庭は身体の傾きを感知する』程度の理解でした。

今回紹介したような論文をいくつか読んでいると、前庭系は受動的に傾きを感覚するだけでなく、非常に多くの機能を持っていることがわかります。

特に重要だと考えているのは、前庭系が空間の構築に重要な役割を担っているという点です。

今回紹介した論文では、幾何学的な物体を心的に回転する課題と、自己身体を中心とした空間の構築を比較し、前庭の持つ機能が調査されています。

そして、前庭刺激は物体の心的回転には影響せず、自己身体を中心とした空間の構築にのみ影響したという結果が示されています。

ここで用いられた前庭刺激というのは、回転イスを用いて身体を回転させるという単純なものでした。

この単純な前庭刺激によって自己身体を中心とした空間の構築に影響を受けるのだとすれば、自己身体を中心とした空間を構築できない方(脳卒中片麻痺者など)に対して前庭系の機能および訓練を考慮するというのは必須になってくるのではないでしょうか。


リハビリテーションにおける意義を考える

脳卒中片麻痺者のリハビリテーションにおいて、ご自身の身体がわからない、空間の中で自身の身体を定位することが難しいという方は少なくないのではないでしょうか。

特に急性期では、そういった状態になってしまうことが多いように感じています。

今回紹介した論文では、自己身体を中心とした空間の構築に前庭が関与していることが示唆されました。

この論文の結果から具体的な練習・訓練を提案するのは飛躍になってしまうため難しいですが、少なくとも自己身体の空間構築ができていないと考えられる方に関しては前庭機能を考慮した介入が必要であるということは言えるかと思います。

身体が傾いていると、口頭で指摘して直すように指示したり、徒手的に姿勢を修正してしまうこともあると思います。

立位で傾いていると、下肢の力が弱く支えられないという問題と結論付けてしまうこともあるかもしれません。

身体が傾いている方は、どのように世界が見えているのでしょうか?

前庭と視覚の統合はできていて、視覚空間は適切に構築されているのでしょうか?

姿勢制御を考える上での新たな視点の一つとして、前庭機能を考慮してみることは有用なのではないでしょうか。


まとめ

今回は、前庭刺激が視覚空間視点取得(自己中心心的イメージ)に影響を与えるとする論文を紹介しました。

前庭は傾きや回転を感知するのみならず、様々な機能を持つことが明らかになってきました。

姿勢制御が上手くできない患者さん・利用者さんに理学療法や作業療法を提供する場面において、前庭機能を考慮した介入を考えていくことが必要なのではないかと考えました。

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