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団地の花子さんと死にたい死神くんの人生実況解説動画 第15話

 正直、今お使い行くのはツラいのだ。

 おばあちゃんの家は団地の端っこだから、駅前のスーパーへは我が家を通り抜けて歩いて十五分くらいかかる……とか、いい歳してネギの買い出しにおばあちゃんのお財布を借りて行く不甲斐なさ……とかではない。

 例の如く、あのおじいちゃんがいる場所を通るからである。

 ……いや、もちろん他の道を選ぶこともできるんだけどさ。やっぱり「いるのかな〜」て好奇心もあるじゃん? 今もあの場所で一人で日向ぼっこしてるのかなって。あの女性を待っているのかなって。

 はい、自分で自分の心臓じわじわ揉んでいる心地です。
 反省はしない。だけど後悔する。

 やっぱりあのおじいちゃん微動だすることなく座ってるんだも――んっ!

 い――や――――っ! いたたまれないっ!

 花子は走る! 年甲斐なく一人で猛ダッシュする‼

「ぜえ……はあ……」

 気管支をヒューヒューさせながら、スーパーでネギだけを買います。なんたっておばあちゃんのお財布だからね。無駄遣いはいかん。汗だくだし、レジの人に「袋ください」と言っても三回ほど聞き返された。それでもちゃんとノルマはこなしたぞ。誰か褒めて。

 そこでさ……さすがの花子も、今度こそ他の道を通ると思うじゃん?
 やっぱりまだいるのかなぁって気になっちゃうよね――――⁉
 私が猛ダッシュで一瞬チラ見しようとすると、

「……ヨネ子さん」
「へ?」

 だけど、猛スピードの花子が急停止しようとすれば、どうなるか。
 アンサー、ずっこける。

 ずべべっとした結果どうなるか。
 アンサー、真っ赤になった花子はダッシュで逃げる。

 こうして命かながらおばあちゃんの家に帰還すると、あたたかいお言葉が出迎えてくれました。

「アンタ……いい歳して何やってんだい……」

 うん、さすがのおばあちゃんも口調が優しい。ありがとう、おばあちゃん。さすがに今怒鳴られたら、花子も涙ホロホロしちゃうところだったよ。

 ネギを切り終えたおばあちゃんに小言を吐かれながら、擦りむいたお手々を消毒してもらって。まだ冬だか春だかわからない季節でよかった。薄着だったら大惨事してたところだった。

 そして、美味しいカレーをいただきました。サバ缶カレー。……いや、これが美味しいんだよ。なぜサバ缶? と、私も最初思ったけれど……お肉とは違う渋みが旨味になりまして。これは食べてみないとわからないと思いますので、ぜひ一度騙されたと思って食べてみてください。

 おばあちゃんに遅めのお昼ごはんをご馳走してもらって、その後。可愛い孫の花子は「片付けは私がやるよ☆」なんて殊勝さは持ち合わせていない。

「あ、漫画読むよー」

 それはほぼ事後承諾。あの漫画の結末を確認して、死神くんに報告せねば。奥の本棚にずらっと並べられたおばあちゃんの秘密の蔵書を容赦なく漁ろうとした時だった。ふと、下の方に横に積まれた冊子が目に入る。

 これは……アルバムかな?

 おばあちゃんは「まったく、本当にうちの孫は気が利かない」とブツクサ言いながら洗い物に勤しんでいるので……チャンスしかないですな?

「……おばあちゃん、アルバム見るよー」

 ジャージャー水道の音が響く中、小声で許可を取った可愛い孫は、「ふひっ」とそのアルバムを開く。色褪せた写真は若干見にくい。だけど若かりし頃のおばあちゃんは意外にも美人で……。

「ん?」

 あれ、この派手めなお姉さん、見覚えが……?
 そしてこの隣にいる精悍な青年は――

「ちょっと花子! なに人の家のモン勝手に見てんだいっ!」

 腰に両手を当てて見下ろしてくるおばあちゃんに、ちゃんと許可とったも――んっ、と胸を張る余力はなかった。私はパクパク空回ろうとする口を、一生懸命動かすしかない。

「……さっきね、桜通りにずっと座っているおじいさんが『ヨネ子さん』って……」
「アイツのことは口にするんじゃないっ!」

 唾を飛ばして怒鳴ってきたおばあちゃんに、私は襟首掴まれて。言葉通りつまみ出されてしまった。

 帰り道も、やっぱりあのおじいちゃんはいたんだけど。さすがに気まずくて、目も合わせず足早に通り過ぎて。

「ねぇ、死神くん聞いてる?」

 我が家に帰り、当然一連のことを死神くんに話します。そりゃ話すでしょ。だって動画に出てきた悪女が、まさかのおばあちゃんだったんだよ? 一人胸の内に秘めておくとか無理無理。そんな殊勝さ、この御手洗花子が持ち合わせているわけないじゃん。

 てっきり死神くんも驚きビックリ仰天してくれると思ったのに――

「そうですか」

 淡々と台所に立つ死神くんは、淡白な返事しかくれなかった。
 それに、私は眉間に力がこもる。

「え、それだけ?」

 もっと「どひぇええええ」とか「うおおおおおい」とか、リアクションはないんですかね。いつも動画の時は私にコメントがないとか文句言いまくりじゃないですかアナタ。

 だからこそ、私は余計にぶーたれのぶーこちゃんですよ。

「ちょっと死神く~ん、なんで今回はそんなノリ悪いかなぁ? もしかしてあれ? 死神くんも生前女性を弄んで、こういったネタには罪悪感があるとか?」
「僕は一人しか女性を知りませんよ」
「嘘オツ☆ そんなイケメンに女が寄ってこないわけないじゃ~ん」
「本当ですって。たしかに女性から誘われることは度々ありましたけど、学生自体は勉強どころで遊んでいる暇はなかったし、就職してからも……研修中は寝る暇もありませんでしたから」

 お、覇気はないながらも、いつになく雄弁だな? つまりアレか。私には誤解されたくないって? そうか、ふふふ……。

「うふふふふ」
「どうしました花子氏。いつも通り気持ち悪いですよ」

 いつも通りとは失敬な。だけど、それも照れ隠しなんだよね? だったら花子も聞き流しちゃうよ♡

「私に誠実男性アピールしてくれるなんて、花子冥利に尽きるなぁって♡」
「はあ……そりゃあだって……」

 包丁の手を止めて、ようやく振り返ってくる死神くん。その呆れ顔もミハエル様ほどじゃないにしろ圧倒的に神がかっているイケメン具合に、私は思わず――まばたきを三回。あれ、そういや他にもなんか似ているの見たな。なんだっけ?

 だけど、ぱちくりしている間に、死神くんは顔を背けてしまった。

「話しすぎましたね。今回の動画も、今週中にはいい感じで纏めておきますので。それよりも、今日の夕飯は和食でいいですよね?」
「え、ハンバーグ食べたい」
「……お昼カレーだったのでは?」

 だってー。なんかお口がハンバーグの気分なんだもーん。なんだよ、そのジト目は。私の舌がお子様だっていうのか? いいじゃないか、二十四歳なんかなってみてわかったけど、お子様に毛が生えたようなもんだい。どこに生えたかは聞かないでおいてもらえると助かりますが!

「やーだー。ハンバーグがいい! 肉汁たっぷりのジューシーなやつ!」

 私がテーブルをだんだん叩くと、死神くんが肩が大きく上下した。いや、ため息隠せてないから。背中から「このお子様は」っていう呆れがにじみ出ているから。

「……でもお肉買うお金は厳しいので、魚と豆腐で作りますからね」

 そう言って、死神くんは棚から缶詰を取り出す。遠目から見て、あれはサバ缶だ。なんでわかるかって? だっておばあちゃん家にあったのと同じデザインだからね。

「サババーグ……?」
「文句は食べてから言ってください。まぁ、言えなくなると思いますけど」

 サバか。またサバか……。さっきもサバカレーだったんだよなぁ。私の肌が青白くなっちゃったらどうしよう?

 それでも、今からハンバーグを作るなら、夕食までまだ時間はかかりそうである。それでも、時計のリッキーが指差すのは五時半。正直まだお腹も空いてないし、ご飯できるまでデイリー消化でも……とスマホを取り出そうとした時、死神くんが「あっ」と言う。

「どうしたの?」
「いや……ちょっとサバの量が足りなさそうで」

 いつもご飯は死神くんも食べる。本当は死神だから食べる必要はないらしいが……空腹は感じなくても、食べないと心が乾いていくのだという。よくわからん。

 おまけに眼球くんと耳惠ちゃんも、それこそお供えみたいな量だけどご飯を食べるから……それなりの量が必要になるのだ。

 そこで、私はピンと閃いちゃいました。

「あ、じゃあ私貰ってくるよ」
「買ってくるのではなく?」
「おばあちゃんの家にたっぷり置いてあったから」

 適当なことを言いながら、私は鞄を開けます。そして、こっそりここの畳を持ち上げれば……おぉ、畳の下にミニチュアハウス。眼球くんたちのサイズに合わせたお部屋のレイアウトはうちよりオシャレで、ソファに仲良く座った二人が「どうしたの?」と言わんばかりに見上げてきます。どうしたのじゃないよ……なんですか、そのモデルルームみたいなお部屋は。どうして目と耳が私よりいい生活しているのさ。

 私は涙を呑みながら、小声で「ちょっとお出かけしようね」と二人を鞄に詰め込みます。

 死神くんには内緒。ちょっぴり元気ない彼に、おもしろ映え動画をプレゼントしてあげるのだ。きっと喜んでくれるはず! 

「僕が言うのもあれですが……あまり老人にタカるというのも――」
「じゃ、行ってくるねー」

 そして、花子はダダッと飛び出しました。
 待っててね、死神くん。代わりに、花子がひと肌脱いであげる。名付けて『五十年越しのラブストーリー』。あのおじいちゃんも、うちのおばあちゃんもハッピーになるは、感動ストーリーに動画再生回数も上がって一石二鳥。

 私は、うふふっと笑いながら走り出します。
 あの頃は、それが最善だと何の疑いもなく信じていたのです。


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