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団地の花子さんと死にたい死神くんの人生実況解説動画 第13話


「ねーねー、花子氏~。次のターゲットは~?」

 今日はのんびり日曜日。まだまだお外は寒いけど、三月って数字を見ると春らしくなった気がするのはなぜだろうね。それでも花子はごまかされずに、お布団に潜ったままの偉い子なのですが。

 昨日の土曜日にいっぱい寝たので、朝の九時でも眠くありません。だけど布団から出る用事もないので、うもうもと全ゲームのログインボーナスを回収したいのですが、今日も爽やかな死神くんが全力で私を揺さぶってきます。

「もう一ヶ月も投稿出来ていないんですよー。せっかくフォロワーも十人超えたのに、昨日見たら一桁に戻ってたんですよー」

 なんかもう、諦めたらいいんじゃないかな、それ。
 でも死神くんも『それ』が仕事らしいから、そういうわけにもいかないのか……。

 最近のBGMも、はちゃめちゃテンションが高かった。というか、めちゃくちゃ迫力があった。もう要所要所で「ハッ」と掛け声を入れたくなるくらい。

「はあ……」

 私は「あのころっはー」と言われたタイミングで首を伸ばして、死神くんに言う。

「でもね、死神くん」
「なんですか?」
「私に、知り合いが多いと思う?」

 そりゃあ、会社の人ならいますとも。でも仲の浅―い顔と名前は知ってる人たちがたくさん。だけど、同じ会社の人たちばかりだと視聴者に飽きられるって言ったの、死神くんじゃあないですか。

 ネタ切れです。

「で、でも、まだ二人ですよ? もっと大学時代の友達とか、昔の初恋の人だとか」
「初恋は漫画のキャラだったな~。おばあちゃん家で読んだ漫画の王子様がかっこよくてね……あの漫画、結末どうなったんだろ? それ動画にする?」
「その手のネタバレ動画は違法ですぞ~」
「盗撮動画は合法なのか?」

 死神界のさじ加減は一切わからない花子は、ごろんと窓の外を見る。

 うん、いい天気。今日は買い出しに行こうかな。トイレットペーパーがそろそろ切れる。ちょっと贅沢して、駅前のハンバーガー屋で百円シェイクを飲もうか。死神くんもいるかな?

「ねーねー、死神くんはバニラとチョコとストロベリーのどれが好き?」
「青汁ですね」
「……わたしゃ、シェイクの好みを聞きたいんだが?」

 その時、枕元がブルブルした。眼球くんじゃないよ。私のスマホちゃん。どうせまた津田さんだろう。毎週『どうせ暇なんだから』とランチやお買い物のお誘いが来るんだ。三回に一回しか乗らないけど。私に優雅な娯楽費なんかないってば。

 先々週にカレー屋さんに付き合ったから、今日は断る日~と、既読スルーしようとした時である。メールじゃなくて着信だった。しかも画面には『おばあちゃん』の文字。

「げっ」
「どうしましたか?」
「いやあ……ちょっと静かにしててね?」

 シーッとしてから、深呼吸して。私は着信ボタンを押す。

「あ、もしもしおばあ――」
『ちょっと花子! いつもすぐに出んしゃいと言ってるだろ!』

 相変わらず口が悪い……そして耳がうるさい……。
 ちょっと耳からスマホを離しつつ、私も声を張る。

「で、何の用?」
『用がないと掛けちゃいかんと言うのかい⁉ あーあー。一人息子にも先立たれた老い先短い哀れな老婆に対して、ひどい孫だねぇ』
「大丈夫。おばあちゃんは、絶対あと一世紀生きると思うよ」
『やだよ。あたしゃ、太く短く生きたいんだ』

 そう言い切るおばあちゃん、なんやかんや七十一歳だったはず。去年なんかのお祝いしたような……ともかく。まだまだ元気なおばあちゃんが言う。

『お昼にカレー作るから、食べにおいで』

 プツ。ツー。ツー。
 クソッ、有無を言わさず切りやがったな。

 私がお布団の一番ふかふかそうな部分に向かってスマホを投げると(壊れちゃいかんからね)、死神くんが苦笑していた。

「では、お昼食べに行く前に、適当に誰かの人生覗きましょうか」
「え、なにそれ。動画はともかく、私おばあちゃんの家行くの確定なの?」

 まぁ、本当は動画もともかくならんのだが。

「親孝行ならぬ祖母孝行もいいものですよ」

 死神くんはミハエル様顔負けのキラキラ笑顔でイイコト言ってるような気がしないでもないけど……えーやだやだ。せっかくのお休みなのにめんどくさいよー。

 そだ。ちょっと嘘吐いちゃお♡

「でも、おばあちゃんの家って片道二時間以上かかるし~」
「はい、嘘オツー。ここから五百メートルもない道のりをどうやったら二時間かかるんですかな? 匍匐前進でもそんなかかりませんぞ?」

 くそぉ、ここぞとばかりに饒舌になりやがって……て、なんで死神くんが知ってるの? 

 たしかに、おばあちゃんも同じ団地内に住んでいて、うちから徒歩五分くらい。実家も違う方向に三分くらい。みんな近くない言うべからず。実家はともかく、おばあちゃんもマジで知らん間に高齢者枠で入居してたんだ。さすが公団。同じような間取りで、家賃がうちより安いらしい。

 とにかく、今の問題は家賃ではない。なんで死神くんが私のおばあちゃんの家まで知ってるんだ?

「私、死神くんにおばあちゃんの話したっけ?」
「してませんね」
「じゃあ、なんで嘘だってバレたの?」
「そりゃあ……」
「そりゃあ?」

 死神くんが、急に真面目な顔をした。
 ドキドキ。え、なになに? やめて、急な真顔。愛の告白……じゃないよね? 明らかにそんなタイミングではないよね⁉ 本当に真正面から見る死神くんの顔は、綺麗で。ミハエル様に似ている似ていない関係なく、ものすごく好みな顔で。

 死神くんの手が、私の両肩に乗せられる。
 そして――

「はい、回れ。右」
「へ?」

 ぐるっと私は百八十度回転。死神くんに背中を押されて、ベランダへ。そして両目が塞がれる。

 一瞬、『今から一緒に心中しようってか⁉』と焦った時だった。

「さぁ、花子氏。ぱっと目に付いた人が今回のターゲットですぞ! せーのっ」
「へ?」

 素っ頓狂な声を上げている暇もなく、私の視界が開ける。わー、桜通りは今日ものんびりだなぁ。枝の様子からして、今年は少し早く開花するかも。お、日曜だってのに、今日もあのおじいちゃんがいる。やっぱり家族いないのかなぁ。

「お、あのご老人ですか?」
「あ……その……うん?」

 私が付いて行けずにいるも、死神くんは「かしこまり~」とお部屋へ戻っていく。洗濯物も干していないベランダにポツンと残される御手洗花子。二十四歳。休日の派遣社員。

「ちょっと死神くううううううん⁉」

 今日も私のお部屋では、ド迫力の古い歌謡曲がガンガン流れている。


「花子氏のことならなんでも知ってるに決まってるじゃないですか。僕だって素性のわからない人と同棲なんてしませんよ。死神情報網を舐めてもらっちゃ困ります」

 個人情報保護法の適応はどうした死神情報網。
 そんな肩の力が抜けることを話しながら、私は遅い朝食をモグモグ。軽めの死神くんお手製ハンバーガーだ。ハンバーグの代わりに魚肉ソーセージ。フレッシュな野菜とほんのり甘いマフィンは、まさに朝バーガー。もちろんドリンクにレモンの香るアイスティー付き。

 そんな素晴らしいモーニングをもしゃもしゃ頬張っているうちに、死神くんの準備が終わる。

「さて、それじゃあ今日も元気にいきましょ~」

 ズズズーと返事の代わりにアイスティーを啜って。
 机の上で準備満タンの眼球くんと耳惠ちゃんが踏ん張った。
 動画撮影が始まる。

「さぁさ大人気の『人生実況動画』も大台の三回目! みなさんおはこんばんは、死神くんです!」
「ズズーズズズーズ」
「……花子氏花子氏。そろそろストローから口を離しては?」
「ズズッズ」

 だってお家でストロー付きドリンクとか、超豪勢じゃん? しかもこの紅茶、すごく美味しいし。

 もう数ミリもないティーをギリギリまで啜っていると、死神くんがため息を吐く。

「……冷蔵庫にたくさん作ってありますから、いつでも飲んでください。寝る前にボトルにティーバッグ入れて水道水注ぐだけで出来るんで。ストローもたくさん常備しておきましたから。いつでもどうぞ」
「ズ?」

 そっか。ケチケチしなくていいんだ!
 やっほーい、と晴れ晴れストローから口を離した私を見て、なぜか死神くんはもう一度嘆息した。

「それじゃあ、今日のターゲットは……どこどこどん。桜通りで座っていたおじいさん! 花子氏、このおじいさんと面識は?」
「ないっすね。でも、昔からよく見かけるおじいちゃんです」
「ほう? 昔とは如何ほどから?」

 気を取り直した死神くんに尋ねられ、私は顎に手を当てた。
 うーん、改めてそう聞かれると……

「いつだろう……そういや、学生の頃からいた気がする」
「学生っていっても、花子氏の人生のほとんどが学生では?」

 まぁ、なんやかんやまだ二十四歳ですからね。たしかに6+3+3+4=16で四分の三ですか。やだなー。それだけ勉強した結果がこれですか。

 でも、そんなこと考えるとさ、

「そういや、ランドセル背負ってる頃からいた気がするぞ?」

 そんな頃からずっとあそこで座っているおじいちゃん、すごくないか?
 死神くんが「フヒッ」と笑う。

「そんなおじいさんの半生、気になりますな?」
「めっちゃ気になる」

 お年的に半生というよりほぼ全生だね、ていう点も気になる。

「てなわけで、ずっと桜通りで座ってるおじいさんの人生実況解説スタート~~パフパフ~」
「ぱふぱふー」

 死神くんのぱふぱふを合図に、ブルッとする眼球くん。
 いつも通り鮮明なハイビジョンに映し出されたのは、これまたどこかの田舎町。野球バットを持った少年が庭先で懸命に素振りをしている。

『康太郎~ご飯よ~』

 夕暮れになって、お庭に母親らしき声が響く。それでも、その少年は一心不乱にバッドを振り続けていた。

 眼球くんがブルッとする。

『代打、安沢康太郎やすざわれんたろう

 そんなアナウンスの後に映るのは、大きくなった少年の凛々しい横顔。精悍な高校生くらいだろうか。肌は日焼けして、帽子の下の髪も坊主頭。だけど真剣な眼差しで振りかぶったバッドは、ボールをフェンスの向こうへと跳ね返す。

『ホームランッ! 形勢逆転のホームランですッ』

 立派なグランドにいた大勢から歓声が沸き上がる。片腕を掲げて走る彼の汗が、とても眩しかった。そんな青春が全く似合わない体幹が弱そうな死神くんが言う。

「ほう、甲子園球児とは凄いですな!」
「甲子園なの? これ」
「花子氏、神宮球場を知らないので?」

 いや、アニメでは知ってますよ? ちょっとBGMを呼吸を止めたくなるような曲に代えたい気分。マ、実物に興味ない私はそこから何も言えなくなるのですが。

「まぁ、昔の少年皆の憧れですな~。拙者も生前は少しだけ憧れました。バッド振って手首を捻挫して以来止めたのですが」

 うん、ツッコもうにも野球経験が全くゼロの花子氏なので、死神くんが笑っていても笑いどころがわかりません。

 そんなこんなで、再び眼球くんがブルッとしました。
 映るのは病院。そして項垂れる甲子園球児。
 彼と向き合う医師は言う。

『膝の損傷は激しいです。もう二度と本気で走れないかと』

 リハビリすれば、日常生活に支障がないレベルには戻りますよ。

 続く医師の言葉が、彼には届いているのだろうか。松葉杖を付いた彼が家に帰って、玄関に置いてあったバッドを薙ぎ払う。悔しそうに噛み締めた唇から血が滲んでいた。

 そんな画面に見入る私を、死神くんが突っついてくる。

「花子氏花子氏」
「なに」
「実況」
「私、テレビは黙って見るタイプなの」
「それじゃあ動画にならないですぞおおおおおおおお」

 うっさいなぁ。今、野球ネタがわからない私でもいい所だってのに。

 私がずびっと鼻を啜ってもなお黙っていると、眼球くんが震える。

 夜の駅前。客引きのお兄さんを無視してタバコをふかす青年に、あの青春の面影はなかった。いかにもな昔の不良っぽい出で立ちになってしまった彼に、ある一人の女性が話している。

『おにーさん、いつもここで何してんの?』
『何も』
『ふーん』

 赤いピッチリとしたワンピースが、そのくねくねしたパーマ頭に似合っていた。真っ赤な口紅が引かれた口角がニヤリと上がる。

『じゃあ、アタシん家来なよ』

 私はヒエッてした。

「ししし、死神くん。このあとはNGなんじゃ? 私、二次元なら触手からゴブリンまでワリカシなんでもイケるけど、三次元はアウトなんですが⁉」
「どうせなら二次元もアウトでいてもらいたい死神ゴコロですが、ご安心を。こちらのレートは健全ですぞ」

 眼球くんがブルった後は、朝チュンだった。畳の狭いワンルーム。うちよりも狭く、布団に丸テーブル。派手な洋服も雑多に積まれた狭い部屋。

 半裸の状態の青年が再びタバコを吹かせば、布団の中の女が笑う。

『アンタそれ、咥えているだけでしょ?』
『……ほっとけ』

 照れくさそうにタバコを消す青年に、女は言った。

『タバコ止められるんならさ』
『あぁ?』
『一緒に東京行かない? アタシ来週でここ引っ越すの。一緒に暮らそうよ』

 ――アタシ、タバコ嫌いなんだよね。

 朝日に照らされて笑う女性は、とても楽しそうで。
 でも、私はちゃんと首を傾げるよ。

「健全?」
「健全」


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