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#4店内に普通の方はいらっしゃいますでしょうか?-モンスター登場-

モンスター登場

この仕事の思い出を語る時に、彼女なくしては語れないであろう。
その人、「かの子」はある日突然現れた。
カスタマーハラスメント・モンスターとして。
 
日野くんがぐったりして「はいたにさんはあの女の人接客したことない?」と話してきたのが始まりだ。当時はカスハラなどという言葉はなかった。
 
かの子は年中ほぼ裸に近いレースのスリップドレスをご着用されている。
寒いときは毛皮(本物)を羽織る。足元はいつもミュールで、ものすごく大きなヒールのカツカツ音を響かせているので遠くにいても存在がわかる。
顔はドーランのごとくファンデーションで真っ白に塗られ、前衛舞踏のようだ。
 
時折おつきの人を連れている。おつきの人はなぜか店外で微笑のような、困ったような表情を浮かべながらかの子を見守っている・・
ような見ていないような。立っているだけで何もしない。
 
とにかく本をたくさん買う。あれもこれもと積み上げてたくさんの本を買ってくださる。
それだけならいいお客さんである。
 
何が問題かというと、要求がとても多く、ずっと怒っている。これとこれは袋に入れろ、なぜこの本がないのか?カード払いの回数を聞くな、包装のセンスが悪い!!!
責任者はどこなの?!と。
 
館内中でいろいろとやらかしていたので噂は聞いていたが、私自身が実際に接客する機会がなく、いつ来るかと怯えていた。
 
そしてその日はやってきた。
これをちょうだい、これも、それも。カウンターに30冊は積みあがったところで、「安くしろ」と言い出した。もちろんできるわけはない
丁寧にお断りすると、彼女は烈火のごとく怒り始めた
 
「なんでそんなこともできないの?わたしも本屋をやってるけど常識でしょ?私、ラジオ局に番組を持っているのでこのことそこで言いますからね。新聞にも連載を持ってるので投稿します!」とまくしたてた後、じゃあ他の本屋で買うからすべてリスト化して渡せと言う。それもお断りすると、自分で書くと言って猛烈な勢いでメモをすると意気揚々と店を出て行った。
カツカツ遠ざかるミュールの音を聞きながら、わたしは呆然としていた。
これは疲れるな。

虚言

こういう時に役に立つのがねちょねちょと粘着質な日野君である。調べ物が得意だ。
彼はラジオの件が気になったようで、県内のラジオ局に問い合わせてみると面白いことがわかった。ラジオ局の親切な人が言うには、「ジャズバーのオッサンが持っている番組があって、そのオッサンがたまに連れてくる女の子がかの子という名前だったかもしれない」とのことだった。それを「わたしの番組」と言っているらしい。
もちろん新聞の連載も本屋をやっているのもウソ。全部ウソ
 
かの子はもちろんウチだけで騒いでいるわけもなく、この建物内はもちろん、あちらこちらでやらかしているのでどんどん情報が集まってきた。
 
資産家のお嬢様で大学生らしいのだが、
他人の名前で勝手に領収証をきる。
「私は美人なので安くしなさい」と値切る。(これは今思い出してもじわじわくるな・・)
カフェでパーティーの予約をしたきり来ない。
よくわからない企画を持ち込んでえんえんとわけのわからないことを話す。
特別扱いしてほしいのだ。要求が通らないと騒ぐ。
 
友達がいないのか、受付の人に「ちょっと聞いて!」と婚約したことを報告しにきたが、一カ月で破棄されたり。(受付の人は「すごく毛皮の毛が飛んでくるからこっそり鼻息でフーフー飛ばしてた」とのこと)
 

恐怖のクリスマスプレゼント

クリスマスも近いある日、友達認定されてしまった受付の女性の「困ります!」の叫びもむなしく、かの子は「クリスマスプレゼント!」と大きなクッキー缶をカウンターに置いて去ってしまった。

受付の人が「怖いから見てほしい」と持ってきたクッキー缶は自作のマトリョーシカ方式になっており、開けても開けても空のクッキー缶が出てくる。クッキーなぞ1枚もない。なんならところどころへこんでいて使用感がある。
 
最後に人の指でもで出てきたらどうしよう、と恐る恐る3つめの缶を開けると、そこには1センチほどにちぎられた脱脂綿がひとかけら、ぽつん。
こわい。
受付の人とわたしは無言で見つめあった。

 転機

文字で今書き起こすとたいしたことないかな・・?と思えてきたが(そんなことはないか)ミュールのカツカツ音が聞こえるたびに戦々恐々とし、私たちは疲れて店内がどんよりとし始めた。
住んでるのかな?と思うぐらい館内にいるし。

が、転機は突然訪れた。
日野君が行ったコンサートか何かにかの子も来ていたらしい。日野君が地元の文化人ネットワークに属しているため、主催者と話しているのを彼女はじっと見ていたらしい。本当にジイッと。

その日からガラリと彼女の日野君(とウチの店)への態度が変わった。権力者(?)と仲良くして損はないと思われたのだろう。
まず、日野君を見ると嬉しそうに声をかけるようになり、店内で騒ぎを起こさなくなった。嫌味な男だが、この時ほど感謝したことはない。私たちのストレス指数も下がり、どこそこで騒ぎを起こしたんだって~と完全に他人事として噂話を聞くようになった頃、ぷつりと姿を見せなくなった。
 フィールドを変えたのだろうか。

さよなら、モンスター

今彼女を思い出すと孤独だったろうと思う。誰かと楽しそうにしているイメージが全くない。ドーラン?を落としたらキレイそうだったし、お金持ちだったのに。
ある雑貨屋の店長さんが、かの子に来襲された時に「さみしい人なんだな」、と思って辛抱強く(!)優しく話し続けたところ、いたく感激してメールアドレスを渡されたらしい。素晴らしい洞察力と接客である。
おそらく、お金を使ってお客様として優位に立つことでしかコミュニケーションがとれなかったのだろう。
私たちは被害を避けるのに必死でそこまでのケアはムリだった。

なんか生命力が強かったイメージがあるので(カフェでお嬢様とは思えぬバクつき方を目撃したのとデフォルトで声が大きいため)、どこかで元気にモンスターしてるような気がする。小さくなっててほしいけど。
裸足にミュールでカツカツと闊歩しながら。


本当にあったことをベースにしたフィクションです。すべて仮名。あったかもしれないし、なかったかもしれない何十年も前のおはなし。


#5につづきます!

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