お兄ちゃん
高校生の木下和大はその日、街へ買い物に出掛けていた。特にこれといって用もないのだが、何か妙に行かなければならないような気がしたからである。
しばらくショッピングモールの店内を眺め歩いていると、僕に声をかけてきたのは一人の4歳くらいの幼児の男の子だった。
「お兄ちゃん!…」
和大は振り返るとその男の子は僕の顔をしっかりと見つめ、嬉しそうな表情を浮かべていた。
はて、僕は一人っ子で弟などいない。きっとこの子も間違えたのかもしれない。
僕はニヤりと表情で返した、するとその男の子は僕に寄り添ってきた。
「どうしたの?」僕は男の子に尋ねた。
「お母さんがいなくなったの」男の子は悲しそうな声と表情で言ってきた。
「ふ~ん…そっか〜、それは大変だね〜、じゃ、お兄ちゃんと一緒に探そうか!」
「うんっ!」
どうやらこの子は一緒に買い物に来たお母さんとはぐれ、迷子になったみたいだ。
和大は男の子の頭を撫でる。
モールの一階はインフォメーションセンターがあるから店内放送で呼び出してもらおう、和大はそう思った。
「よ〜し、じゃ一階に行こうか〜」
「うん」男の子は和大の手を握ると、二人は手をつないだ。
「ねぇ、ボクのお名前は」
「ヒロ太」
「上の名前は」
「ボク分かんない」
「う〜んそっか〜」
「ヒロ太君か〜お兄ちゃんの名前はカズヒロって言うんだよ」
「お兄ちゃん!」
「フフッ…お兄ちゃんか〜」
「ま、お兄ちゃんでいいっか〜」
「待ってね、すぐにお母さんと会わせるからね」
二人は一階のセンターへ行き、店員にヒロ太の名前で店内放送してもらったのだが、母親が迎えに来ることはなかった。
「お母さん来なかったね〜」
和大はこのままモールの店員に任せてヒロ太君を置いていくか、となってしまうが、でも何か可哀想な気もした。そこで和大は店員に事情を説明し、近くの交番までヒロ太と一緒に行くことにした。
二人は手をつないで交番へ向かった。
交番へ着くとヒロ太にアレこれ質問する警察官、優しく問いかける対応だったか、突然ヒロ太は交番を飛び出し去ってしまう。
「あっ、ヒロ太君!すみません、ちょっと見て来ます!」警察官にそう言うと和大はヒロ太のあとを追いかけた。
ヒロ太は近くのミニ遊園地の前にいた。
「ヒロ太君!、どうしたの?お母さんのところに行きたくないの…」
するとヒロ太は「お兄ちゃんと遊園地で遊びたい」そう言い出した。
「お巡りさんのところへ行こうよ」和大は応える。
「やだ、ボクお兄ちゃんと遊びたい」
「そっか〜ヒロ太君はお兄ちゃんと遊びたかったんだね」
その時和大はヒロ太の目的がはっきりしたのであった。
「よし分かった!じゃお兄ちゃんと遊園地行こう!」
「やった〜!わ〜い」ヒロ太君は嬉しさを露わにしはしゃいだ。
二人は遊園地の受付で入場券を購入し、中へと入っていった。
「乗り物にのろう!」
「うん!」
「そうだゴーカートに乗ろうか」
「うん、乗りたい」
和大は二人乗りのカートを運転、ヒロ太を助手席に乗せた。
「わ〜い!」
「お兄ちゃん、ボクも運転したい」
「おっ、いいよちょっと待ってね」
コース端に止め交代した。ヒロ太が運転するカートを時折ハンドルを修正に入る和大。
「わ〜い、お兄ちゃん楽しいね」
「そうだね〜、ヒロ太君上手いな〜」
カートを降りる二人。
「お腹空かない?何か食べようか」
「うん」
二人はフードコーナーへ行き、ラーメン屋の前で足が止まる。
「そうだ、ラーメン食べようか!」
「うん、僕ラーメン食べたい」
「じゃ決まり!」
二人はラーメン屋コーナーに入った。
「らっしゃいませ〜!!」ラーメン屋のおやじ(筆者・カメオ出演)
「あっすいません〜、ラーメンとお子様ラーメン下さい」
「はいっ、どうも…ラーメン一丁にお子様ラーメンで」
席に座る二人。
「ねぇヒロ太君、お兄ちゃんと遊んだらお母さんのところに行こうね、いいよね?」
「うん、分かった…」
「お母さん優しいんでしょ?」
「うん…優しいよ」
「兄弟とかはいるのかな」
「うん、いるよ」
「弟さんとか、お姉ちゃんとか…?」
「お兄ちゃんがいる」
「へぇ〜そうなんだ」
「お兄ちゃんってどんな人?」
「お兄ちゃんみたいな人」
ヒロ太は和大の方を見て答えた。
「えっ、僕みたいな人なの…」笑いながらの和大だった。
「へいっ!、お待ちっ!」
ラーメンとお子様ラーメンが運ばれてきた。
「わぁ〜美味しそう!」
ラーメンの香り漂うテーブル
「いただきま〜す」二人は言った。
「お兄ちゃん美味しい!」
「うん、そうだね〜」
まだ幼児なのにラーメンの美味しさが分かるのかと和大は思った。
「ごちそうさまでした〜」
二人は観覧車に乗ったあと、モグラ叩きゲームなどをして1日楽しんだ。
そして、出口ゲートから退出するとヒロ太は和大に歩みより、
「お兄ちゃん、今日はとっても楽しかった、ありがとう…」
そう言うとヒロ太は群衆に紛れ姿を消してしまった。
「あれ、ヒロ太君!」
もうヒロ太の姿はどこにも見当たらなかった。
ヒロ太君とは一体何者だったのだろう…。
ただ兄弟のいない僕にとって唯一、たった1日だけであったけど、本当の兄弟と呼べるような時間を過ごした感じがしたのだ。
…後日、母親が家の仏壇にお菓子とおもちゃが供えているのを和大は目にした。
和大は問いただすと、過去に子を身ごもったが、事情により堕ろした命があったという。
僕は全てを理解し、涙した…。
了
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