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育児休業とアダプタビリティ

前回のnoteで、育児休業という機会をプロティアン・キャリア理論(ダグラス・ホール)をベースに私なりに捉えなおし、自律的な変幻自在のキャリア=プロティアン・キャリアを作っていくために育児休業はまたとない有意義な機会となるという仮説をまとめました。

その中で、自身と所属組織、そして、自身と家族との新たな関係性の構築は、プロティアン・キャリアを支える軸となる概念であるアダプタビリティを高める機会と位置づけられると述べました。

今回は、このアダプタビリティと育児休業という経験とのつながりをほどいていきます。

■アダプタビリティとは

ホールは、プロティアン・キャリアを歩んでいくために必要なメタ・コンピテンシーとして、アイデンティティとアダプタビリティという2つを掲げています。この「メタ・コンピテンシー」という用語は、すんなりとは理解しにくいかもしれません。ここでは、プロティアンなキャリア形成に向けて、様々な大切にしたい要素がある中で、特に重要な2点として理解しておきたいと思います。

さらに、ホールは、アダプタビリティに関し、次のようなモデルとなる等式を示しています。

アダプタビリティ=適応コンピテンス×適応モチベーション

つまり、適応のための素養(能力・知識・姿勢)と意欲が掛け合わされたものがアダプタビリティ(適応性・適応力)。ここで重要な点は、適応のための意欲なくして適応力は存在しないということ。アダプタビリティの向上のためには、素養と意欲の両輪が不可欠であると言えます。

また、ホールは、適応のための素養(適応コンピテンス)とは、次の3点で構成するとしています。

  • アイデンティティを探索すること

  • 反応学習:環境を踏まえて学習し、自身が変化していくこと

  • 統合する力:環境と自身の考え・行動を整合的なものとして統合していくこと

これらの意味は、のちほど育児休業で得られる経験とリンクさせながら確認していきましょう。

■アダプタビリティの価値

次に、アダプタビリティの価値、キャリア形成にあたり、そもそもアダプタビリティってなぜ必要かという点を見てみましょう。

キャリア構築理論の提唱者であるマーク・サビカス教授は、キャリア・アダプタビリティとは、自身のキャリア発達課題や転機への対処のための準備と資源であり、キャリア構築のhowにあたると位置づけられています。つまり、キャリア形成とは適応そのものであり、適応力こそがキャリア形成力と理解できます。

自分の外の環境は自身がコントロールできない部分も多く、常に変化し続けます。一方、自分自身も、毎日多様な刺激の中で、意識するしないに関わらず、大小様々な変化をし続ける存在と言えます。どれだけ変化したくないと拒んでも、無意識にでも変化を繰り返しているのが現実です。そして、極端に言えば、その変化は、環境に適応する方向か、適応しない方向かのどちらかしかありません。不適応はストレスを増し、適応は居心地を良くします。不適応は外界への拒否反応を高め、適応は学習反応を高めます。このよりよく適応していくための素養と意欲がアダプタビリティと言えます。

プランド・ハプンスタンス・セオリーで有名なジョン・D・クランボルツは、人は学習し続ける存在として、職業選択行動やキャリア・パスを学習経験の結果と位置付けています。この意味でも、学習経験の質・量の向上を促すアダプタビリティは、自身の望むキャリア形成に不可欠なものと考えることができます。

■関係構築プロセスに見るアダプタビリティ

さて、前回のnoteでは、育児休業は、自身と所属組織、自身と家族との関係性を、半ば強制的に、再構築する機会であると述べました。つまりは、次の2つの関係性の再構築がこれにあたります。

  1.  当たり前に組織から必要とされない自分を理解し、その前提のもと、生きがいや働きがいを見出すための組織との向き合い方

  2.  仕事という前提のない妻、子との向き合い方

この2点の関係性の再構築がどのようにさらなるアダプタビリティの獲得につながるのでしょうか。

上記では、プロティアン・キャリアの実現にとって不可欠なアダプタビリティの要素として、適応コンピテンス(①アイデンティティの探索、②反応学習、③統合する力)と④適応モチベーションをあげました。この①~④それぞれについて、育児休業という稀有な経験を当てはめながら見ていきたいと思います。

①アイデンティティの探索
「組織から当たり前に必要とされない自分」。育休直後に感じたこの現実に向き合うには、組織から付与される客観的自己に依存した自己概念ではなく、主観的自己も踏まえた自己概念を新たに構築しなおす必要に迫られます。それは、組織と関係性を新たに定義しなおす機会とも言えます。
会社勤めが長くなると、自然、自身のアイデンティティを改めて探索しようとする姿勢は失われていく可能性があります。この姿勢を思い出し、新たに探索を始めるためには、育休に伴うアイデンティティの揺らぎ経験は、十分なきっかけとなるでしょう。
育休に伴うアイデンティティの揺らぎに関する詳細な考察は以下の通りです。

②反応学習
他者と新たな関係を築くことは、自身が新たな役割を担うことと密接に関係があります。なぜなら、関係性が変化するとは、両者のうちどちらか、あるいは両方の役割の変化を意味するからです。特に、自身から新たな関係性を定義し、それを築くために行動することは、積極的に自身の役割を変化させ、より居心地のよい状況に向かおうとするプロセスと言えます。
一方、自身の役割変化は、周囲の環境に、大なり小なり影響を与えます。そのような環境との調整と歩み寄りを繰り返すことこそが、アダプタビリティの要素である反応学習そのものです。
育児休業は、このような他者との間に新たな関係性を築くことを、半ば強制的に求められる機会。上記で述べた所属組織や家族のみならず、育児休業は、地域、学校、習い事先など、新たな関係性を築く機会、つまり反応学習の宝庫と言えるでしょう。

③統合する力
反応学習の項目で述べたように、新たな関係性を築いていくプロセスは、環境との調整と歩み寄りの連鎖です。これに前後して、自身の大事にしたいことや自分らしさ(=アイデンティティ)も再構築され、次第に明確な輪郭を帯びてきます。さらに、行動や環境との整合性が保たれるよう、アイデンティティ、行動、環境が変化を続けます。このように、何とか整合性を保とうと、自身や環境を含め様々な変化を生み出す力こそが、「統合する力」と言えるでしょう。
育児休業は、アイデンティティと向き合い、自身の人生と向き合い、家族と向き合い、組織と向き合い、その他地域、学校、行政、社会などなど、向き合う対象を拡大、深化し、それら全体として統合された状態に向かうきっかけと位置付けることができるでしょう。サニー・ハンセンの言う「統合的生涯設計」が一気に具体化する機会と言い換えることもできます。

④適応モチベーション
上記①~③を主体的に行う意欲、そして、新しい関係性を築いていくため、自身を変化させていく意欲の源泉は、私の場合、育児に専念し向き合うことによって見出すことができました。つまりは、育児のミッションである「この子が健康で、快適で、幸せな生活を送ること」
私の人生の目的(=心理的成功)のひとつは、まさにこのことにあると気づき、人生の目的のために自分を変えていける自信を得られたのは、育児に専念し、向き合ってこそ。赤ん坊が毎日目を見張る成長(適応)を遂げるように、私を含む人はどんな状況にも適応していくことができる。

以上のように、育児休業は、アダプタビリティを高める有意義な機会となりえます。また、この機会は、同じ組織で会社員生活を継続することでは、極めて得られにくい。だからこそ、自律的な変幻自在のキャリア=プロティアン・キャリアを形成していくために、積極的な育児休業を広めたい。
一方、育児休業に入るだけでアダプタビリティを獲得できるわけではないことも確かです。だから、次のステップは、より多くの人が育児休業をアダプタビリティ獲得の機会に変えるために何ができるか、このことをテーマに考えていきたいと思います。

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