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ライブハウスとジントニック

いつかまた、ライブハウスでジントニックが飲みたい。
からだがクタクタの夜に時々思う。

ショッピングモールや映画館ですら、少し頑張らないといけないような田舎で育った私には、ライブハウスなんて自分とは違う世界のものだった。それが上京して、物理的には一気に近づいた。そしてもともと音楽が好きで、ライブハウスという空間自体にも興味があった私が一人でライブハウスに行くようになるまで、そう時間はかからなかった。

それでも、初めて一人でライブハウスを訪れた時の淡い緊張感は今でもよく覚えている。その初めてのライブは、ソロのシンガーソングライターの引き語りライブだった。画面のなかでしか見たことがなかったアーティストの声に触れに行く。想像しただけでどくどくと鳴る心臓を抱えて辿り着いたのは、都会の路地から少し外れたところに佇む、小さなライブハウスだった。

開場前についてしまってろくに待ち方も、入り方も分からない。それでも必死に右に倣って、なんとなく雰囲気に溶け込む。周りには誰一人知り合いはいなかったけれど、皆同じ一人のアーティストに会いに来ている手前、言葉を交わさずともつながっているような不思議な感覚に陥る。

夕方、陽も落ちかけたころに、待ちわびた開場。暗くなり始めた外よりも、もう一段階暗いライブハウス。スタジオはその地下にあった。入っていきなり階段を、登るのではなく下るわくわく感は、私をさらに非日常へと誘う。

チケットと交換で、ドリンクのコインを手にする。普段、お酒は付き合い程度でしか飲まないのだけれど、この時ばかりは迷わずアルコールを選んだ。カクテルの中でも私が好きな、ジントニックを。

各々が開演を、今か今かと待つ混沌の中、私はジントニックを一口含む。どうしてだろうライブハウスで飲むジントニックは、居酒屋や家で飲むそれとはまったく違う。モノの問題かもしれないけれど、それ以上に、私にとって日常と遠い場所だということが大きいように感じる。

そして開演を迎え、憧れの音を目の前にして、開幕の1曲目の心を掴まれて…
そんな余韻の中で口にする二口めのジントニックに、いよいよ脳と体は溶けだしそうになる。

今はすぐに、この空間を手に入れることはできない。けれどやっぱり私は音楽が好きで、ライブハウスが好きで、日常に疲れてしまったときは、非日常に溶けたくなる。

だから、私はまた、ライブハウスでジントニックが飲みたい。


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