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冬眠していた春の夢 第5話 目を合わせない母

 新しい生活が始まった。
 神奈川県逗子市の実家に戻って初めて知った。
 私の実家は、祖父母が亡くなった後すぐに、同じ市内の別の家に引越しをしていた。
 再会した母は笑顔だったけど、でも、殆ど目を合わせてはくれなかった。
 人の目を見ないタチの人がたまにいるから、そうなのかと思ったけど、父の目はよく見る。
 3人でいる時、私と話しをしていても、なぜかすぐに同意を求めるように父を見た。

 そして、私のために用意された部屋は、全てが真新しくて、実家に帰ってきた懐かしさは全くなくて、まるで寮生活でも始まったような気分だった。
 真新しい机の上に、豊橋から持ってきた祖父母の写真と猫達の写真を置いたら、ようやく自分の居場所になったようで少しホッとしたけど、鼻の奥がツンとした。

 初めての転校も、心配するような事は殆どなかった。
 海が近くてリゾート地のイメージが強い土地柄のせいか、首都圏といえど、豊橋とあまり変わらず、時間の流れ方がゆったりとしていて、大人も子供も皆のんびりと穏やかな印象だった。

 病気がちだと聞いていた母は、想像と違って結構アクティブで、週に2回はヨガに通い、週1でフラダンス、そして週に1回カルチャーセンターで、アロマセラピーの講師をしていた。
 電話ではいつも「学校はどう?」とか、私に聞くばかりで自分の事は一切話さなかったから、こんなに行動的だとは少しも思わなかった。
 病気がちだというイメージと実際の母とのギャップが激しくて、私はひどく戸惑った。

 母は本当に病気だったのだろうか?
 そもそも…なんの病気だろう?

 でも、ヨガもアロマセラピーも、自分の病気を改善していく為に始めてハマっていったとは言っていたけれど。
 母が家にいる事は少なく、2人だけになる時間は殆どなかった。
 父は公務員で、帰りに寄り道をする事なく、定時で帰ってきて、夕食は必ず家族3人だったので、家に戻ってから母との距離は少しも縮まる事がなかった。

 こんなに元気そうなのに、なぜ私を祖父母に預けっぱなしにしていたのだろう?
 そんな疑問が、日に日に大きくなっていった。
 私は母の本当の娘ではないのかもしれない…。
 誰にも言われた事がないそんな疑問が、頭に浮かんでは消える、10年ぶりの親子3人での年の暮れだった。

 第6話に続く。

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