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冬眠していた春の夢 第2話 宗教家の祖父母

 祖父母は仕事はしていなかったけど、何か宗教をやっていたようで、家には、まるでお寺さんにあるような、でもそれよりもやや小さ目の立派な神棚があって、祖父はいつも作務衣のようなものを着ていて、たまに来る信者さん達から「先生」と呼ばれていた。
 それでも、宗教家として熱心に何かをしていた感じはなく、日々同じような繰り返しの日々を淡々と過ごしていた。

 祈りに関して言えば、祖母の方がずっと熱心で、お経を唱えている時の祖母の後ろ姿は、少し狂気じみている感じで苦手だった。
 そんな祖父母の元で暮らしていても、宗教の話をされた事も、お祈りを強要される事もまるでなかった。
 ただ、朝ご飯が炊けた時に、お供えのご飯を神棚に持っていくのと、夕方夕飯の前にそれを下げてくるのだけが、私の役目とされていた。

 後から知ったのだけど、両親は祖父母が宗教団体に属している事を嫌っていて、父はまだ少しは寛容だったけれど、母は絶対に受け入れられず、絶対に私に宗教の話をしないでほしいと、頑なに言っていたそうだ。
 私も今となってみれば、その点は母に感謝したい。

 月に何度か信者さん達が大勢やってくる事があり、そんな時私は、庭の物置小屋でずっと猫達と過ごしていた。
 猫を飼っていたわけではなく、みな野良猫で、祖父が餌をやるものだから、居着いてしまったのだった。
 あまりにもその数が増えてしまった時には、祖母が激怒して、竹箒で追い払ってしまったため、今は長く居座っている古参の3匹だけが残っていた。

 私のお気に入りは、福々しい白猫のおもち。
 座った時のまあるいフォルムがお正月の鏡餅みたいだったので、おもち。
 他は、三毛猫のミケと、黒猫のクロ。なんのひねりもない。
 おもちは私がいる時は、常に私のそばにいた。
 だからいつもおもちに話しかけていた。
 「私は実は拾われてきた子供かもしれない」とか、
 「本当はすっごいお金持ちの子供で、悪い人から守るために、ここに隠されているのかも」なんていう妄想話をして時を過ごしていた。

 だからもちろん、おもちにはいつも夢の話をしていた。
 「あの夢は、もしかしたら現実で、逆に今が夢の中にいるのかもしれないって、時々思うんだ。だって、3人の少年がいる中で、1人だけはっきりとお兄ちゃんだって思うのは、おかしくない?」
 おもちのヒゲがかすかに揺れる。
 「私は自分が1人っ子な気がしないんだ。だから、お父さんお母さんの本当の子供じゃないかもしれない」
 私は丸いおもちの猫背をそっと撫でた。
 「まあ、どうでもいいけど…」

 私はもしかしたら寂しいのかもしれない。
 時々そんな風に思う。それはたぶん猫達を撫でている時。
 私には撫でられた記憶がない。
 物心つく前にはあったのかもしれないけど、憶えていない。
 祖父母も父も、何かで小さな賞をもらった時とかには、「スゴイね〜」とか「エライね〜」と笑顔で言ってくれるけど、いつも言葉だけだ。
 久子おばちゃんでさえ、手を繋いでくれることはあっても、頭を撫でたり、抱きしめてくれたことはない。

 猫達の体温を手に感じながら、私は時々ちょっとだけ泣く。

第3話に続く。

#創作大賞2023 #オールカテゴリ部門

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